06 再会
お互い目を見つめたまま。
和人は七海の答えを待っていた。
違う……のか?
だとすれば、引っ張っても仕方ないよな……。
見つめる視線をそっと和らげ、和人が言葉を吐こうとした瞬間だった。
「和くん……なの?」
懐かしい呼ばれ方だ。
俺のことをそう呼ぶのは、一人しか居ない。
記憶の中で、泣いている少女だけ。
「覚えていて、くれたんだね」
「うん。もしかしたら、って思ってた」
そう言うと、七海は和人の隣にそっと座る。
「その割には、返事遅くなかった?」
「え……。ごめん。その、嬉しくて……」
はにかんだ笑顔。
「和くんも、私の事、覚えててくれたんだ、って」
七海さん、反則です。
不覚にもぐっと来ましたよ?
「何年ぶり、になるかな?」
「んと……十年、かな」
十年。
思ったよりも長い、のか。
それとも、あっという間、なのか。
十年ぶりの幼馴染みは、大きく成長していた。
こう、体つきも大人っぽく……げふん。
「元気だった?」
「うん。両親も元気だよ」
そっか。それはそかった。
「和くんも元気で、よかった」
七海の言葉。感じる懐かしい空気感。
見つめる眼差しはとても優しく。
「積もる話をしたいところだけど……」
「ん?」
「部屋戻らないと、な。色々言われちゃう。出会った初日の後輩を口説くタラシ、みたいに言われちゃうでしょ?」
「あはは。そうかも」
「でも、その前に」
和人はポケットからケータイを取り出す。
「連絡先だけ、いいかな?」
「もちろん」
赤外線を交わし、連絡先を交換する。
「オッケー。明日、は無理だな。明後日以降ならいつでもいいよ。ゆっくり話そう、な?」
「うん。二人で、ね?」
七海は笑顔で応じてくれる。
はぅ、クリティカルですよ? 七海さん。
やべぇ、ニヤけそう。
緩みそうな表情筋を必死に抑え、立ち上がる。
今は、これだけで十分だ。
上がったテンションは、歌にぶつけますかね!
「さ、戻ろうか」
七海と共に部屋へと戻る。
部屋の扉を開くと、全力でアニソンを歌う太一の声が聞こえてきた。
なんとなく予想はしていたけどね。
和人は、微妙に空いている司と恵美の間に割り込んだ。
七海は詩織の隣に落ち着いたようだ。
「お帰り。水沢さんと話してたの?」
着座そうそう、そう来ますか。柳さん。
「ん? まぁ、挨拶程度にな」
事情説明は、こんな状況の中じゃなくてもいいでしょう。
納得したのか、タイミングだったからか。
恵美は頷いただけで何も言わず、マイクを握った。
漆黒の髪を揺らしながら、しっとりとバラードを歌い上げる。
さっきの誰かとは大違いだ。
高校の頃から何回も聞いてるけど、場の雰囲気をゆったりとさせる彼女の歌声は、ある種の才能じゃなかろうか。
本人に言ったら、華麗にスルーされましたけども。
しんみり聞き入っていると、隣から和人の肩を掴んでくるアホがいる。
司だな。コノヤロウ。
「ウッチー、次、コレ行こう!」
「あ、却下で」
「ええー? せめて考えるフリだけでも!」
「ん? 周りがドン引きするから却下。以上」
「しょんぼり……」
ネタに走るのは構わんが、俺を巻き込むんじゃない、と。
そんな俺らをやり取りを、愛さんが微笑ましく? 見てるんですが……。
俺まで同類扱いしないでほしいなぁ。
そんな中、恵美の後にマイクを握ったのは、寺岡兄だった。
宏が? 珍しい。
妹さんに乗せられたか?
メジャーなロックバンドの曲を、なんとか歌う。
以前よりは、大分上手くなってるな。
あ、でも終盤で声、裏返ってる。
無茶しやがって……。
十一時半をもって、カラオケは終了となった。
ちょっと名残惜しい気もするけど。
「それじゃ、またね?」
井上沙紀と柳恵美が連れ立って歩いていく。
柳は、今日は井上宅に泊まりか。
寺岡兄妹は、七海を送ってから帰るという。
「さって、いつものコンビニで待ってるよ。またな?」
和人は司と愛に声をかけ、一人コンビニへと向かう。
お二人の時間を邪魔するような、無粋な真似はしませんよ?
のんびりと歩きながら、今日の出来事を振り返る。
井上の別れ話。
まさかのゲスト。
衝天のカラオケ。
そして、七海との邂逅。
可愛くなりやがって……。
でも、正直、泣いている顔しか、記憶に無いんだよね。
何でだろう。
もっと色々あったはずだよなぁ。
帰ったら、昔のアルバムでも引っ張り出してみるか。
ちょうどコンビニの前で、和人のケータイが振動した。
ん? 司にしては早いな。
『今日はお疲れ様でした。後でゆっくり会おうね♪ 七海』
思わぬメールに、和人は自分がニヤけてることにしばらく気がつかなかった。




