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【番外編】 Chain links 後編

ダイジェスト仕様、後半です。

 迎えた文化祭初日。


 開始にはまだ早い八時前に、主要メンバーは生徒会室に揃っていた。

 疲れは確実に溜まっているはずなのに、誰もそんな素振りは見せない。

 意気軒昂、だな。


「さ、今日からが本番だ。皆、集まってくれ」

 斉藤会長の声で、教室の中心に円が出来る。

 その中心に、会長の右拳が突き出された。

 次いで留美先輩、瑞穂、名取副会長、早川会計と続いて右手を出していく。

 俺も、柳も、田上や他のメンバーもそれに続いて右手を出していく。

 円陣の中に、拳の輪が出来上がった。

「ここまで無事に来れたのも、皆の協力があってこそだ。本当にありがとう」

 会長はゆっくりと皆の顔を見回し、続ける。

「現生徒会、最後の大仕事だ。必ず、成功させたい。その為にはここの皆の、委員全員の力が必要だ。最後まで、宜しく頼む」

 その言葉に、全員が頷いた。

「今日ここに、俺達の歴史を刻む! 信頼する仲間と共に、最高の文化祭となるよう、盛り上げていくぞ!」

「おお!」

 かけ声と共に、全員が拳を天に突き上げた。


 さぁ、文化祭カーニバルの開幕だ!



 本番は、運営、巡回の二つがメインとなり、次いで備品の管理がある。

 運営はタイムテーブルとの戦いになるし、巡回は大小のトラブルが予想されるだろう。

 斉藤会長と瑞穂の二人はイベントにほぼ付きっきりとなる。

 だからこそ、秘書役の二人のチェックが必要なのだ。

 留美先輩と柳の二人には、すぐに電話に出れるよう伝えてある。

 俺と柳、留美先輩は、ハンズフリーのイヤフォンを着けている。

 動きながらでもやり取りが出来るようにだ。

 名取副会長には、来賓へのアテンドを請け負っていただく。

 先生方の仕事でもあるけれど、生徒主体の文化祭と銘打っている以上、顔を出さざるを得ない。

 さらに生徒会室とは別棟に、一箇所控え室を確保して仮のベースを置き、田上を中心とした巡回班を置いた。

 いちいち生徒会室へ走るのは非効率だからだ。

 メインの出入り口の昇降口前に運営部を置き、案内や忘れ物といった雑務を任せる。



 ――決して目立たなくてもいい。

 黒子に徹してでも、場を盛り上げていく。

 主役は、その場にいる生徒達、なのだから――。



 文化祭は順調にスタートした。

 斉藤会長の挨拶も過度な煽りもなく、安定感ある言葉選びだった。

 いや、のっけから全開でも困るのだが。

 おかげで生徒会室に詰める俺は、手持ち無沙汰だ。

 まぁ実行委員がドタバタするようなら、今までの準備は何だった、て事になるので、暇に越したことはない。


「内田、暇なら巡回行ってこい」

 せっかくなので早川会計の言葉に従い、巡回に出ることにする。

 左袖に、実行委員の腕章を付けて。



 校内は活況を呈していた。

 出し物の代表となる喫茶店、お化け屋敷、各種ゲームコーナーなど、それぞれに趣向を凝らした出し物が並ぶ。

 まぁちょっとしたコスプレ見たいなのも見受けられるが、固いことは言わないでおこう。

 何より、目の保養だし。

 誰かに聞かれたら、怒られそうだけどな。


 途中すれ違った巡回班から報告を聞きつつ、校内を回る。

 去年も思ったが、こういう盛り上がりを、自分たちが支えている、というのは、感慨深いものがある。

 押し付けられた去年とは違い、自分の意思で立っているというのもあるのだろう、と思うけれど。

 偶然に偶然が重なって、今のメンバーが揃い、盛り上げることに一役買っている。

 誰一人欠けても、同じようには出来ないのかもしれない。

 連帯感とは、こういうことを言うのかもしれないな。

 などと思いながら歩いていると、イヤフォンから聞きなれた声が聞こえてきた。

『ウッチー。今どこ?』

「先輩。どうしました?」

 答えながら、体育館へ走る。


 トラブルはいち早く現場へ。これが鉄則だ。




             *


 二日目。


 初日は大きなトラブルは無かったけれど、今日はまた別だ。

 今日の方が、一般客の数が多い傾向にあるからだ。

 システムは昨日と変わらず、巡回がメインとなる。

 だが今日は、後夜祭の準備も行わなければならない。

 タイミングを見て、スタッフを走らせる必要がある。


「修理用の機材? 管理部の方へ振って立会い人出してもらって」

「特別教室の立ち入り禁止区域に入ってる人がいるそうです。人数集めて押し出してください」

 何ともアバウトな指示だが、仕方が無い。一般生徒に被害が出るより、なんぼかマシだ。

 一般生徒も疲れが見えるのか、些細なトラブルも増えている。

 騒ぎが大きくなる前に摘むのも、一つの仕事だ。

 俺自身も指示を出しながら、校内を走り回っていた。




 午後三時を回り、体育館のイベントは終了になった。

 後夜祭担当の名取副会長の指揮の下、体育館を閉鎖し、体育館担当スタッフをそのまま後夜祭準備へと回す。

 同時に田上に、体育館周辺を中心に巡回を強化するよう指示を出す。

 変なところに溜まられても、困るからな。


「1-Dのお化け屋敷で、怪我人が出た模様。仕掛けの一部が壊れたみたいです」

 いったい、どんな仕掛けを作ってたんだか……。

「怪我人は保健室へ。そこは営業終了で。片付け作業に入るよう通達を」

 今から直しても、残り時間はほとんど無いし。

 どんな仕掛けかだけでも、見ておけば良かったかな……。




 三時半を回り、瑞穂と柳が生徒会室へ戻ってきた。

 さすがに疲れてる感が否めない。

「斉藤君、よくやるわねぇ」

 ペットボトルのお茶を飲みながら外を眺めていた瑞穂が、呆れたような声を出す。

 グラウンドステージでは、運営担当と並んで斉藤会長がマイクを握っていた。

「この後、後夜祭もあるというのに。タフですねぇ」

 同じようにステージを眺めていた田上が、皆の思いを代弁する。

 ほとんど二日間、しゃべりっぱなしだよね。

 まぁそれが斉藤会長らしさ、かもしれないけど。


「先輩、柳。イベントの具合だけど……」

 今年のイベントの進行具合や、気になった点を忘れないうちにメモを取る。

 後で簡単にレポートという形でまとめ、来年度以降の資料にするつもりだ。

 後輩達に、少しでも寄与したい。

 そんな気持ちの表れでもある。




「さ、ラストスパートよ! 行きましょう!」

 瑞穂の言葉で、再び皆が動き出す。

「木崎、備品の返却の方頼む。去年と同じ要領で。巡回班は特別教室を中心に巡回を。備品について何かあれば木崎と連携して回収を」

「校門の装飾類はどうします?」

「後夜祭が始まったら、手の空いてる人を回して。でも、急ぐ必要はないから。それよりも巡回を強化して。外部の人が残っていないように」

「アンケート用紙回収完了です!」

「投票数確認して。手書きでもいいから。集計結果は白石副会長に回して」

 矢継ぎ早に指示を出す。

 皆疲れているはずなのに、誰も手を、足を止めようとはしていない。

 俺はイベントのメモをまとめると、要点を整理していく。

 もう一度、今度は斉藤会長と同じ事をしないとならないしね。




 四時半

 後夜祭、開幕。


「さぁ! 今年も盛り上がったかなぁ?」

 グラウンドステージから、斉藤会長の声が響き渡る。

 それに応えるように、グラウンドが揺れた。

 あの人は、何時間もあのテンションでいられるのだろうか?

 そしてこの歓声。

 それが全てを物語っている。

 なんせ生徒会室の中にいても、その大きさが分かるほどだ。

 ご近所さんに迷惑じゃなかろうか、とか思うんだけども。

 ステージの上には斉藤会長と名取副会長、運営部のリーダーが上がっている。

 瑞穂は舞台袖にいるのだろう。

 万が一、斉藤会長の暴走が止まらない時に出てもらう、保険だ。

 本人は「無い無い」と否定していたけれども。


 でも、これで終わり、か……。

 なんとなく、寂しい気もしてくる。


「内田先輩」

 書類を机に置き、生徒会室の窓から外を見ていた俺に声がかけられた。

「田上、どうした?」

 声を掛けてきたのは、ずっと走り回ってくれた田上進だ。

 彼がいなければ、もうちょっと大変だっただろう。


「行かなくて、いいんですか?」


「え?」


 思わず彼の顔を見る。

 田上はいつもの笑顔のままだ。


「最後くらい、白石副会長の傍に居てあげてください」


 ここは任せて。

 彼の目はそう言っている。

 視線を回すと、残っているスタッフも小さく頷いている。


 気を使われたかな……。

 皆……ありがとう。


 俺は頷いて、右拳を出す。

「頼んだぞ、田上」

「分かりましたよ、先輩」

 俺の言葉に、田上も右拳を合わせて答えた。

 その返事を聞き、俺は生徒会室を飛び出した。



 過去最高の速度で階段を駆け下り、外靴に履き替え、さらにグラウンドまでダッシュして、裏から舞台袖に入り込む。

 そこにはステージ中央を見つめる瑞穂と、彼女の寄り添う様に立っている柳の姿があった。

 俺は呼吸を整えて、後ろからそっと二人の肩を叩く。

 振り返った二人は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「ランキング一位は……3―Cだぁぁぁぁぁ!」

 斉藤会長のマイクを使った咆哮に、それを超えるの大きさの歓声が返ってくる。

 舞台袖じゃ、正直会話も出来ない。

 でも、それでいい。

 今、この場に居る事が出来る。

 瑞穂と、柳と、仲間達と、完走出来た。

 どういう風に評価されるかなんて、今はどうでもいい。

 皆と、ここまでこれた。

 それだけで、十分だ……。



「さぁ、名残惜しいけれど、今年の文化祭も、ここまでです……」

 よかった。会長はちゃんと締めに入ってくれたようだ。

「多くのスタッフに支えられて、ここまでやってこれました。生徒会長として、色々とやってきましたが、この文化祭が……一番……一番、楽しかったぜぇぇぇぇ!」

 結局それかよ!

 ダメだ、あの人……。


 瑞穂は、仕方ないわね、という表情で、マイクを持ってステージ中央に進んでいく。

「私達は、出来る事をやってきました。次代、誰が継ぐのかは分かりませんが、この気持ちが! 熱意が! 受け継がれていく事を、私達は確信しています!」

 凛と響く、瑞穂の声。

 気が付けば、役員全員がステージに上がっていた。

「俺達は、この学校が大好きだ! だからこそ、記憶に残るような事を、やってきたつもりです。それに付いてきてくれた皆に、感謝の言葉を残して、最後の挨拶にしたいと思います」

 会長は一旦言葉を切って、役員を、そしてグラウンドに残る生徒を見回した。

 ほんの一瞬だけ、こっちに目線をくれたのは気のせいでは無いだろう。


「ありがとうございました!」


 ステージ上で頭を下げた生徒会役員を、拍手の嵐が包む。

 俺も柳も、手が痛くなるまで拍手をしていた。

 体が震えていたのは、感動の為だろう。

 やり遂げた達成感が、熱気と共に体を包みこんでいる。

 ステージ上で拍手を受ける先輩達の笑顔が、輝いて見えた。


 支えられた、かな……。


 隣の柳は、ハンカチで目元を押さえていた。

 


 結局拍手は鳴り止まず、会長の「もういい!」の一言で爆笑に変わり、文化祭の幕は閉じられた。




             *


 光陰矢のごとし、とはよく言ったものだ。

 あれだけ走り回った文化祭が、もう遠い過去の出来事のように思える。

 文化祭後、一週間程は報告書や資料をまとめるのに忙殺された。

 中央にいた分、一通りの資料に関わらざるを得なかったし。

 まぁ、それも無事終わって、一ヶ月ほど経ってるんだけどね。


 気が付けば、中間テストが目前に控えている。

 そんなワケで、今日は瑞穂と学校の図書室にいた。

 自分も当然テストを抱えていて、受験生だというのに、本当に申し訳なく思う。

 瑞穂は相変わらず「気にしないで」と言う。

 模試の結果を見せてもらった限り、確かに心配は無いのかもしれないけれど……。



「テストが終わると、選挙ですね」

「そうね。私達もお役御免だわ」

 すでに生徒会役員の立候補者は出揃っている。

 当然その中に、俺と柳の名前は無い。

 何人もの人に、更には一部の先生からも言われたが、二人とも固辞した。

 理由なんて、特に無いのだけれど。

 あの先輩達を目の前にしてきたからこそ、自分には無理だと思える。

 過小評価だ、と言う人もいるかもしれない。

 逃げた、と言う人もいるだろう。

 でも、それでも構わない。

 俺には、あれ以上の形をイメージする事が出来ないのだから。


「田上君が出る、って聞いてる?」

「ええ。柳から聞きました」

 彼が立つことは、なんとなく予想していた。

 彼ならば、今年の熱意を継いでくれるだろう。

 それがどういう形になっていくのか。

 もちろん彼一人ではなく、周りの人にもよるけれど。

 それは彼らの作り上げる形であり、それに納得するかどうかも、彼ら自身の問題だ。

 俺は、それを見守る事しか出来ない。

 そういう立場を選んだのだから。



 帰り道。

 珍しく瑞穂が駅まで付き合うと言ってきた。

「ちょっと本屋に寄りたいからね」

 駅までの道を一緒に歩いていく。

「もう、ゆっくりは出来ないかなぁ」

「随分弱気ですね」

「ウッチーも、来年になれば分かるわよ」

「そんなもんですかね」

 その時になってみないと分からないんだろう。

 プレッシャーとの戦いでもあるんだろうし。

 そして、俺は何が出来るのだろう?

 傍を歩く、この人の為に……。


「また考えてるね?」

 瑞穂が俺の顔を覗き込んでいた。

「いいのよ。君は君のままで、ね」

 この人はいつから心が読めるようになったのだろう?

「敵わないな。瑞穂には」

 いちおう学校の外だ。名前で呼んでも問題は無い。

「人生の先輩、だからね」

 そう言ってクスっと笑う。

 そんな瞬間を、幸せだと思う。

 バカップル脳だとか言われそうだが。



 彼女の傍にいるべき理由。

 その大半は、果たせたと思う。

 そして、いつまでこうしていられるのだろうか。

 これから彼女は、受験を迎える。

 その先、俺達は……。




             * 


 寒さも少しずつ本格的になってきた十二月。


 さすがに瑞穂とゆっくり過ごす時間は無くなっていた。

 センター試験まで一ヶ月ほどしかないし、期末テストも控えている。

 中間テストは、夏から瑞穂の指導を受けたおかげか、かつてない好成績だった。

 それに気分を良くした俺は、期末に向けて勉強に励んでいた。


「ウッチーらしくないなぁ。似合わない」

「ひでぇな。俺だって、やる時はやるぞ?」

「じゃ、勝負する?」

「受けて立とうじゃないか!」

 共に教室で勉強をしていた柳と、そんな会話をしたのは試験の一週間前の事だ。

 中間テストは、ほぼ互角だった。

 ならば、今回もいい勝負が出来るはず!

 どういう風に勉強したら良いかは、瑞穂から教わったし。


 いざ、勝負!



 結果。


 合計十ニ点差で惜敗でした……。

「危なかったけど、勝ちは勝ち、だよ!」

 柳は満面の笑みでのVサインだ。

 負けた俺は、柳にケーキを奢る羽目になり、せっかくなので以前に瑞穂と行ったカフェに連れて行く事にした。

「へぇ。さすが先輩。趣味いいね」

 それには同感で、俺も大きく頷いた。

 それ以来、俺も色んな店を探すようになった。

 相変わらず、似合わないとか言われるけどな……。





 クリスマス・イヴ。

 ちょっとだけ時間を作ってくれた瑞穂と出かけた。

 元々そんな予定では無かったのだが、急遽呼び出されたのだ。

 待ち合わせ場所に現れた俺を見て、瑞穂は色素の薄い髪を揺らし、いつものように微笑んでみせる。


 いつもと同じ街を、クリスマスムードを味わうように歩いていく。

「ごめんね? あまり時間取れなくて」

「構わないよ。大事な時期だってことは分かってるから」

 彼女の望む環境を作る事。

 それが俺に出来る唯一の事だから。


 いつかのように川沿いの道を歩く。

 他愛の無い話が途切れた時に、瑞穂が立ち止まった。

「ウッチー。手、出して?」

 彼女に言われて手を出すと、手に小さな袋が載せられた。

「せめてもの、クリスマスプレゼント」

 中を覗くと、明らかに手作りと思われるクッキーが見えた。

 忙しい時間を、わざわざ割いてくれたんだろう。

「瑞穂……ありがとう」

 俺はクッキーを鞄に仕舞うと、代わりに小さな箱を取り出した。

「これは、俺からのクリスマスプレゼント」

「え? ……あり、がとう」

 予想外だったのか、彼女は驚きの表情を浮かべ、次に笑顔を浮かべた。

 それを見て、用意して良かったと思う。


 中身? それは二人だけの秘密だ。




             *


 年が明けて、新年。

 瑞穂との新年の挨拶は、ケータイ越しだった。

 センター試験が目前に控えた状況では、それも仕方ない。

 顔を見ない日が続くと、自然と先の事を考える。


 彼女が目指しているのは、隣県の大学だ。

 合格すれば当然、地元を離れることになる。

 無論、それは彼女が望んでいる行き先であり、俺に止める権利など無い。

 となれば、この関係を続けることは、自然と困難になる。


 俺は何となく感じていた。

 この歪な関係は、遠く無い未来に終わるものだと……。


 それでも、初詣では願いを込めた。

 彼女が、合格しますように、と。

 神頼みなんて、らしくないのかもしれないけれど。

 俺に出来る事は、それくらいしか無かった。





 試験が終わった瑞穂は、すっきりとした顔をしていた。

 手ごたえはあったみたいだ。

「やっとゆっくり出来るかなぁ」

 大きく伸びをした瑞穂は、やはり大きく息を吐いた。

「来年は自分かと思うと、恐ろしいですね……」

 この方ですら、かなりのプレッシャーを感じていたんだろうし。

「大丈夫よ。一人じゃないんだからさ」

 周りに皆がいる、ってことか。

 生々しい経験談を聞きながら、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごす。

 そんな時間も、もう数えるほどしか取れないんだろう。

 それはお互いの共通認識であったと思う。




             *


 二月中旬。

 瑞穂の結果が出る。

 自分の事じゃないのに、落ち着かない俺が居た。

「君がそわそわしても仕方無いでしょうに」

 柳に呆れ顔で言われ、思わず腐る。

 そりゃ、そうなんだけどさ……。


 待ちに待った放課後。

 教室で柳達と話をして時間を潰していると、瑞穂が教室に入ってきた。

 そしてその足は真っ直ぐ俺の元へ。

 残っているメンバーは事情を知る人ばかりなので、構わないのだが。

 俺は立ち上がって、彼女の言葉を待つ。

 瑞穂は俺の前に来ると、満面の笑みで口を開いた。


「合格、だよ!」


「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

 口々にお祝いの声が飛ぶ。

 俺は思わず、彼女の手を取っていた。

 彼女の顔が赤く見えたのは、皆の前だったからか。それとも、単純に嬉しさからか。

「皆、ありがとう」

 答えた彼女の目尻に、涙が浮かんでいた。


「はい。これ」

 瑞穂は皆の視線から隠すように、小箱を俺の手に忍ばせた。

「何?」

「今日、何日?」

 その言葉にはっとする。

 いや、そのイベントの存在を忘れていただけだが。

 そうか。今日はバレンタイン、だったか。

「ありがと」

 俺はそっと小箱を鞄に仕舞う。

「何こそこそやってるんですか? 行きましょ?」

 柳に促がされ、教室を出る。

 近くのファミレスで、ささやかな合格祝いをする為だ。

 瑞穂はそこまでされるとは予想してなかったらしく、ちょっと泣きそうになっていた。

 それでも気丈に振る舞うあたりが、彼女らしさ、なんだろう。


 小箱の中身、それはビターのチョコレートだった。

 ホワイトデーのお返し……おそらく、叶わないだろう。

 ほろ苦いチョコレートを味わいながら、俺はそう思っていた。




             *

 

 卒業式前日。

 放課後の教室に、俺と瑞穂だけが残っていた。

 柳や司が気を利かせたのか、皆を連れて帰ってくれたようだ。

 そういう気遣いには、素直に感謝したい。


「あっという間、だったなぁ」

 窓際の席に座り、外を眺めながら瑞穂が呟いた。

「三年間、早かった?」

 俺は隣の机に座り、同じように外を見た。

 誰もいないし、残された時間も少ない。

 体裁を取り繕う必要は無かった。

「そうね。色々やってきたし。早かったけど、楽しかったなぁ」

「瑞穂が一年の時は、俺は知らないからなぁ」

「そうね。あの頃、自分がこんな風になれるなんて、思ってなかった……」

 瑞穂が俺の顔を見て微笑む。

「ウッチーのおかげ、かな」

「何回目かな、その言葉」

「事実だもん」

 何回も繰り返してきた会話。


 これも、今日で……。


「俺、瑞穂の傍にいれて、良かったと思う」

「うん。私も君を選んで、良かったと思ってるよ」

「期待に応えられた、かな?」

「期待以上に、応えてくれたよ」

 笑顔のままで、瑞穂は答えた。


 期待には、応えられたかもしれない。

 でも、気持ちには、答えられなかった、かな……。


 瑞穂は再び、視線を外に向ける。

 その先には、文化祭で挨拶をしたグラウンドが見える。


「結局、振り向かせることは出来なかった、か……」


 ぽつりと呟かれた言葉。


『振り向かせてみせる。だから……傍に居て』

 それが、彼女の告白の言葉だった。


「ごめん……」

「君が謝ることじゃないよ。私が、君の奥まで入れなかったんだもの」

 振り向いた瑞穂は、彼女らしくない、ちょっと自嘲的な笑みだった。

「入れると思ったんだけどね。思った以上に、深いみたい……」

 そう言うと、瑞穂は立ち上がった。

 そしてそっと俺の体に腕を回し、抱き寄せた。

 その感触に思わずどきっとする。

「え? ……瑞穂?」


「思い出だけ、貰っていくね?」


 頬に柔らかいものが触れた。

 それが唇だと気付くまでに、数秒を要した。

 そして俺が気付いても、感触は続いていた。


 そっと顔を離した瑞穂は、赤い顔で微笑んでいる。

「もし、気付いたなら……大学で、待ってる」


 それが恋人としての瑞穂の、最後の言葉だった。





 別れ際、言い放たれた言葉がある。


「落ち着いていて優しくて。でもどこか不思議で。君はもっと自信を持った方がいいぞぉ」


 本当なのか、冗談なのか。

 いや、そう思考させ悩ませることで、存在を植えつけようとしてるのかもしれない。

 最後まで、色々やってくれる人だなぁ。




             *


 新学期。


 無事に三年生に進級し、新たなスタートを切った。

 相変わらず、柳と司とは同じクラスだ。


「もったいないんじゃないの?」

 なんて言われたけれど、この距離はどうしようもない。

 いっそフラットに戻すほうが、お互いの為、と……何で俺が友人を諭さねばならんのだ?


 その一方で、仲間内に一つのニュースが走った。

 柳が、田上と付き合い始めた、と。


「気持ちを継いでくれた彼の傍に居たい、って思ったのよ」

 放課後の教室で二人になった時、柳は俺にそっと話してくれた。

 ちょっとはにかんだ笑顔を見せて。

「何かあれば言ってくれ。去年の事もある。相談くらいは乗るぜ?」

「ウッチー、ありがと」

 柳にお礼を言われるなんて、なんか照れる。

「まぁでも、当然よね。去年、人のこと巻き込んだんだし」

 う……。まだ言うか、それ。

「君は分からないでしょうけど。皆結構、気を使ってたのよ? 君らだけじゃなく、斉藤先輩と留美先輩にも」

「その割りには、随分と働かされた気がするよ」

「当然でしょ。それが白石先輩の希望、だもん」

 違いない。その言葉に俺は苦笑いを浮かべた。



「お待たせしましたー」

 教室の扉が開いて、田上進が入ってきた。

 今日は生徒会の集まりがある日であり、柳はそれが終わるのを待っていたのだ。

 彼は副会長に就き、統括管理を担うという。

 当に、瑞穂の後釜だ。


「田上、お疲れ」

 声を掛けて、俺は腰を上げた。

「内田先輩、帰るんですか?」

「ああ。用事は済んだしな。またな?」

 二人に言い置いて、教室を出る。


 去年気遣ってもらった分は、返さないとな。






 高校最後の一年は、平穏に進んでいく。

 俺は柳と、時に司や他の友人と、受験生らしく切磋琢磨し勉強に励んだ。

 まぁ勉強一辺倒じゃなく、それ相応に遊んでもいたけれど。

 文化祭も、クラスを盛り上げる為に尽力した。

 三年間で初めて、というのもまた不思議な感じだった。

 去年までの実績からか、実行委員との交渉役に俺や柳が当てられたことは言うまでもない。

 そんな準備期間中、走り回る田上を見つけ、声をかける。

「先輩方のようにはいきませんが、精一杯やってみせます!」

 彼は相変わらずの笑顔でそう言っていた。



 そして迎えた受験戦争。

 やはりそれなりにプレッシャーはあったけれど、先輩から話を聞いていたおかげか、潰される事なく乗り切った。

 そして、結果的に近い学力だった俺達は、地元の大学へ進学することが決まった。


 瑞穂と同じ大学に行く事は出来なかった。

 まぁ学年屈指の実力者だった彼女に、追いつけるはずも無かったんだけどね。


 卒業式では、ちょっと泣きそうになった。

 なんだかんだと、思い出だけはいっぱいある。

 名残惜しさを感じながら講堂を出る。

 見送る後輩の中には、生徒会長に就いた田上の姿もあった。



 それから間も無く、柳が別れた、という話が伝わってきた。

 一年前に同じタイミングで経験した俺は、何となく気持ちが分かる。

 自分を囲む世界が、変わってしまうのだから。




             *


「また一緒だな」

 大学の入学式で、柳と司の二人と顔を合わせる。

「縁は異なもの、と言うけどねぇ」

「そうだな。また楽しくやろうや」

 こいつ等となら、楽しくやれるだろう。

 あの人の傍では無いけれど。

 慣れないスーツ姿で桜の木を見上げながら、これからに思いを馳せていた。


 広がった世界。

 だが、縁が紡ぐ物語が終わっていない事を、俺は知る由も無く……。


               ~to be continued~

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