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【番外編】 Chain links 前編

高校時代の和人や瑞穂の話です。

本編回想に入る予定だった物の、文化祭を中心としたダイジェスト仕様です。


 ――傍に居て。


 そう言った笑顔が可愛く見えたのは、仕方ないだろう。

 ましてや先輩にそう言われて、嬉しくないワケが無い。

 二つ返事、とまではいかないけれど、一日考えてオーケーと答えた。

 というわけで……


 俺、内田和人にカノジョが出来ました。


 その人は、生徒会副会長にして秀才美人の、白石瑞穂先輩。

 青春を謳歌してみせる! とか思ったり、思わなかったり。


 そんな浮かれた春休みも終わり、俺は二年生に進級した。

 悪友の鈴木司、戦友? の柳恵美も同じクラスで、正直ホッとした。

「あの副会長が、お前にねぇ」

 司の開口一番のセリフが、これだった。

 この長身イケメンの情報網は広いらしい。

「結構広まってるわよ。刺されないよう気を付けてね」

 これは昨年の文化祭以来、一ファンと化した柳のセリフ。

 どうやら事態は、俺の想像を超えている、らしい。



 多忙の瑞穂先輩と一緒に帰ることは滅多に無い。

 もっとも俺は電車通学で、先輩は自転車である、というのが大きな理由なのだが。

 帰りは司や柳といった友人達と帰ることが多い。

 ま、それはそれで楽しいから、いいんだけどね。


「で、先輩とはどこまで?」

「あ? 別に何も無いぞ」

 期待の眼差しの司に、冷たく言い放つ。

「先輩、マジメだもんね」

 柳の言葉に、俺はうんうんと頷く。

 でも、それだけじゃないんだよね。

 俺の心中は、複雑だ。

 あの人の傍にいられるのは、嬉しい。

 けれど、それでいいのか。

 そんなこと、こいつ等には言えないけれど。


 調子に乗って危険な発言を繰り返す司に一撃をくれ、いつものように駅で別れる。

 そんな四月の日々だった。




             *


 五月の連休初日、瑞穂に呼ばれ俺が向かった先は駅前のファーストフード店。

 下校時にも時々寄る、学生常連の店でもある。


 トレイを手に瑞穂に続いて上がった二階で、俺はフリーズした。

 そこには、現生徒会長・斉藤優一郎と、書記の植草留美がいたからだ。

「や、どうも」

 ほぼ初対面の俺に、軽く挨拶をくれる斉藤会長。

 留美先輩は軽く頭を下げてくれた。

 思いっきり場違いな気がするんですけど……。

 といっても、留美先輩の隣の席に瑞穂が座ってしまったので、仕方なく俺も斉藤会長の隣に腰を下ろす。


 俺の記憶が確かならば、この二人は恋人同士だったはず。

 これは、当たり障り無く飯食って速攻で離脱すべき、か。

 先輩三人に囲まれて、少なくともいい気分では無い。

 そんな俺の気持ちを知らずか、普通に談笑してるし。

 まぁ今は合わせて、食べる事に集中しよう。うん。



「ところで内田」

「はい?」

 斉藤会長にいきなり呼ばれて、トーンの高い声が出た。

 今更生徒会に入らなかった云々は嫌だぞ。

 その時は瑞穂には悪いが、ダッシュで逃げる。うん。逃げる。

「去年の文化祭、どう思った?」

「ふぇ?」

 想定外の角度からの銃撃だ。

「そうですね……楽しかった、ですよ? 忙しさもありましたけど」


 楽しかった。

 小さなアクシデントはあったけれども、自分が何かの役に立てる、という自信。

 皆と成し遂げたという達成感。

 それは今までに経験したことの無いものだったし。


 て……まさか?


「決まりだな。今年もよろしく頼むぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 もはや既定路線と言いたげな会長のセリフに重ねる。

 このまま受ければ、よくてセクション長、悪ければそれ以上の大役もあり得る。

 それに……まだGWだぞ? 早すぎやしないか?

 その前に色々イベントもあると言うのに。

「内田君、諦めたほうがいいよ?」

 おっとり笑顔の留美先輩が口を挟む。

 そのまま目線を隣に向けると、涼しい顔の瑞穂がストローを咥えている。

 味方は無し……か。

 先輩三人、しかも名将と謳われる役員相手に、分が悪い。

「はぁ……やれやれですよ」

 俺は早々に白旗を揚げた。

 それだけの期待は、荷が重い気がするけれど。

「まぁ、これも何かの縁、てことだ。それで去年、不便に思った点は無いか?」

「そうですねぇ。例えば――」


 当然、思うことはあった。特に人材の点。

 各個人の能力の話ではなく、縦割りにおける弊害だ。

 セクションによって、忙しいタイミングは違うのに、応援が入ることも、応援に行くことも無い。

 もっと流動性を持たせるべき、じゃないか、とか。


「……そうだな。俺は運営だったが、ぶっちゃけ本番以外は暇だったしな」

「運営部、だったんですか?」

 会長の言葉に思わず声が出た。

 違うセクションの人と会う機会も無かったので、ちょっと驚いた。

「あれ? 知らなかった? あんなに煽りまくったマイクパフォーマンスしてたのに」

 ニヤニヤ顔の斉藤会長。

 確かに、後夜祭でものすごい煽りをしていた司会がいたのは知っているけど。

 斉藤会長だったのか……。

「ダメなのよ、この人は。止まらなくなるから」

 留美先輩の弁。先輩が手綱役ってことですね?

 そういや、斉藤会長の立候補演説は話題になってたな。

 それも一つ、俺には無い魅力なんだろうなぁ。

「まぁ、その辺のシステムについては、変えていく必要があるな。じっくり時間をかけて考えるとしようか」

 マジメな表情に戻して、斉藤会長が締める。


 こうして春なのに、文化祭実行委員になることが決まった。



「先輩、知ってましたね?」

 会長達と別れ、二人になったところで瑞穂に切り出す。

「もちろん。君がいなきゃ始まらないわよ」

「買い被り過ぎ、って言ってるでしょうに……」

 溜息をつきながら、彼女の隣を歩く。

「今までも変えてきたけど、これからも変えていく」

「え?」

 瑞穂は真っ直ぐ前を向いている。

 その目が、とても力強く思える。

「学校の小さな行事くらい、自分達で出来なきゃ。ウッチーには、それを影から支えて欲しいのよ」

「あなたの傍にいることで、ですか?」

 俺の言葉に、瑞穂は優しく微笑んでみせた。



 俺達の付き合いは、至って健全なものだった。

 いや、むしろ逆におかしいと思われるくらい、何も無かった。

 その原因は、俺にある。

 自分の中にある感情が何なのか、分からなかったからだ。


 瑞穂は少しずつ、距離を詰めようとしてくれる。

 そう分かっていても、それ以上の事が出来なかった。

 瑞穂の傍が居心地良いと思えても、その先が分からない。


 そんな俺に、彼女は言う。

「焦らなくていいから」と。

 申し訳ないと思う反面、想われる喜びみたいなものは感じていた。


 そんな複雑な思いを抱いたまま、日常が過ぎていく一学期だった。




             *


 夏休み。


 いつも通りそこそこの成績で一学期を切り抜け、無事にサマーバケーションを満喫……といかないのが現実だ。

 多少なりとも羽目を外したいと思うのだが、瑞穂は受験生。

 よって一緒に出かける場所は、図書館だ。

 俺は夏休みの課題を、彼女は受験に向けた演習をしている。

 俺としては、分からない問題を教えてもらえるので、助かるのだが……。


「気にしないで? 私にとってもいい復習になるし」

 帰りにいつも寄るカフェで、瑞穂はそう言う。

 その姿勢に、胸が痛む……。



 それでも、夏休みは満喫したと言える。

 瑞穂とはゆっくり出来てないけれど、他の友人達とは十分に遊んだワケで。

 まぁ相応に充実した夏休みだったと思う。

 図書館通いのおかげで、課題も早く終わったし。

 柳に「嘘? ウッチーが? あり得ない……」と褒められた? 事がちょっとだけ不満のような気もしたけれど。



 夏休みも残り一週間。

 夏の講習も終わった瑞穂から誘われた。

「たまにはオフにして、遊びに行きましょ?」

 思えば、完全オフで出かけたことは、夏休みになって一度も無かったなぁ。

 そう思いながら、駅の改札で瑞穂を待っていた。


「お待たせ!」

 小走りで寄って来た瑞穂は、マキシ丈のワンピース姿で小さなバッグを持っていた。

 彼女には清楚な感じが良く似合う。

 そして綺麗だと、素直に思う。

 とてもじゃないが、口には出せないけれど。

「さ、行こうか?」

 瑞穂はそっと俺の右手を握る。

 柔らかく、温かい手だ。

 ゆっくりと、歩幅を合わせて歩いていく。


 この夏話題の映画を見よう、ということで。

 ベタ中のベタ、なんですけどね。

 恋愛物ではなく、アクション物ですけども。


 久しぶりのスクリーンは、やっぱり迫力が違った。

「もうハラハラしっぱなしだったね!」

「だよな! 特にあの飛び降りるシーンなんかさ」

「うんうん。凄かったよね!」

 やべぇ。めっちゃ楽しい。

 今までこんなにテンション上げて一緒にいたことは無かったからかもしれない。

 ずっと笑顔を見ていられる。

 これはこれで、良いものだね。



 それからゲーセン行ったり、買い物したり。

 久しぶりに休みを満喫したって感じだ。

「うーん。遊んだなぁ」

 隣を歩く瑞穂が、大きな伸びをした。

「気晴らしになった?」

「うん。ウッチーのおかげ、かな?」

「別に何もしてないけどな」

「何かしてくれることを、期待してるワケじゃないし」

 彼女の言いたい事は分かる。けれど……。


 駅に向かい、川の土手を歩いていく。

 表通りを歩いた方が近いのだが、こちらの方がゆっくり出来る。

 彼女は、こういうゆったりとした雰囲気の方が好きだ。

 それくらいの好みは把握している。

 だけど、いまだに分からない。


 人を好きになるって、どういう事か……。


 

「学校始まったら、もう文化祭だね」

「そうだな。また忙しくなるのかぁ……」

 去年以上に汗を掻くことになるだろう。

「斉藤君と話した通り、頑張ってもらわないとね?」

「無茶振りだと思いますけど?」

「理解していて、役職に付いてないの、君だけだし」


 実行委員の組織体系について、時折相談を受けていた。

 話をしたメンバーは皆生徒会役員であり、無役は俺だけだった。

 組織の中枢に俺が割り当てられることになるのは、ある意味自然な話だ。


「やれやれ……。んじゃ、瑞穂の傍には、柳を付けます」

「柳さんを?」

 わずかに表情が曇った気がするのは、気のせいだろうか。

「アイツはあなたに憧れてますから。仕事も出来るし、俺からの意思の疎通も楽です。斉藤会長には留美先輩がいますから、柳はさしずめ、あなたの秘書役って感じです」

 自分が動きやすい状況くらい、作っておきたいからね。

 多少はやりたいようにやらせて頂きますよ。

「柳さん、受けてくれると思ってる?」

「あなたが行けば、まず」

「んじゃ、名取君に行ってもらうわ」

 次席副会長を上げるあたり、瑞穂も狡猾だ。

 ま、それでも問題は無い。

 すでに手は打ってある。


「でも、不思議ですね。去年の今頃は、こんなこと考えてもいなかった」

「そうね。私も、こんなことになるなんて、思っていなかったわ」

 ふと瑞穂が立ち止まる。

 それに合わせて俺も足を止めた。

「多分、答えは出てないんでしょうけど……一つだけ、気になる事があるの」

 真剣な表情で、瑞穂は俺の目を見つめている。


「ウッチーの目、どこか暗い感じがするの」


 え?


「その顔……自分では気付いてないみたいね?」

「……本当に?」

「ええ。時々だけど、ね。イヤな感じじゃないから大丈夫よ?」

 瑞穂は微笑んでみせる。

「さ、行きましょ?」

 瑞穂はそっと俺の手を握った。


 目……ね。覚えておこう。




             *


 明けて九月。

 ついに、因縁の文化祭へと走り出す。


 さながら巻き込まれの柳は最初は渋っていたけれど、全体委員会で生徒会長の檄が終わる頃には、気分も乗ってきたようだ。

 というか、斉藤会長煽りすぎ。

 アジテーションの一歩手前じゃなかろうか。

 ま、そんな事を考えてる場合ではなくて。

 集められた実行委員を、それぞれの役割に割り振らないとならない。

 去年の様に、セクションに貼り付ける形ではないので、各セクションの中心となるリーダーだけを指名する形にした。

 後は随時スタッフを割り振っていく。


 まずこの時期にすべき事は、備品の管理と企画の精査、だ。

 備品に関しては、去年自分達がまとめてあるし、やり方を変える必要は無いだろう。

 担当に、去年管理部で共に仕事をした同学年の木崎を置き、後は人海戦術で一気に締めてもらうことにした。


 企画は毎年困難を極めるとのこと。

 まぁ、提出期限を守らない所が出てくるから、なんだけど。

 名取副会長と早川会計の二人の所管とし、スケジュールを組んだり、新規備品の発注などをしていく形が基本となる。

 斉藤会長、白石副会長には教職員とのやり取りや、企画書提出が遅いところへプレッシャーを掛けさせる。


 しっかし、本当に、しゃべってる会長、生き生きし過ぎ。

 それを見ている留美先輩。頼むからしっかり手綱引いてくれ。

 瑞穂は時々キツイ発言するからね。柳のフォローに期待……出来るかは分からんが。


 そして俺の手元には、管理、企画両方の書類が上がってくる。

 備品の貸し出し依頼に関しては、企画が出たところから予備交渉を始めていくことにした。

 これが知れれば、幾分書類の提出も早くなるだろう、との期待を込めて。

 そんな予備交渉に、一年生の田上進を当てた。

 たまたま手が空いていた、というだけだったのだが、この一年は拾い物かもしれない。

 まだ童顔で子供っぽさが抜け切れてない印象なのだが、しっかりと仕事をこなしている。

 しかも、来る時はいつも笑顔なのだ。

 これはこれで、やりあう方も気持ちがいいものだ。



 詰め所と化した生徒会室。

 ホワイトボードには、予定が書き込まれている。まとめなければならない書類。出す必要のある通達のメモ。それが逐次書き換えられていく。


 俺は企画担当のスタッフと、スケジュール調整に頭を抱える。

 体育館ステージとグラウンドの野外ステージとあるが、時間や順番をどうするか、という問題がある。


「やっぱ抽選が妥当ですかね?」

「だろうな。組数と所要時間にもよるし、この時間にやりたいという希望もあるだろうが」

 特に演劇部と吹奏楽部は、きちんとコンセプトを練っているだろう。

 そういうところは、学校側としてもきちんと見せたい、という意向もある。

「というか、コレ、本当にやるんですか?」

 俺は一枚の企画書を手に溜息を吐いた。

「斉藤の達ての希望だ。やりたい奴等もいる。好きにやらせてくれ」

 名取副会長が苦笑いで答える。

 斉藤会長に好きなだけしゃべらせろ、という解釈で宜しいんですかね?

 何だよ、校内お笑いグランプリって……。


 スケジュール調整と並行して、ステージや設備の設計もまとめていかなければならない。

 特にグラウンドの野外ステージの設営は毎年大変だという。

 基本的に設備や飾りつけは、人海戦術で一気にやるしかない。

 今はその時にあれこれと戸惑わないように、資材を含めて準備をするべき時だ。

 管理部と連携し、必要なものを確保しておく。

 特に電気関係の配線等は、どこから引くか、どれだけ食うか、など色々あるし。

 真っ最中に、ブレーカーが飛んだら洒落にもならない。


 次から次へと出てくるが、今はまだ前哨戦。

 まだまだ本番はこれからだ。




             *


 文化祭三日前。

 この季節、来て欲しくない物が来るもので。

 それは……台風だ。

 幸いに、この辺りは直撃コースでは無いが、強風域には入ると思われる。

 だが、これにより予定通りには進まなくなる。


「撤収した方がいいんじゃないか?」

「大丈夫なんじゃないか?」

 生徒会室に残るスタッフが、ひそひそと話をしているのが分かる。

 すでに校門を始め、各所の設営が始まっていた。

 万が一強風で吹き飛んで周りに被害が出れば、大問題だ。

 この辺りに最接近するのは夜の予報で、まだ帰宅指示は出ていないが、風が強くなってきているのは事実だった。

 俺一人の判断で、撤収か否かを決める事は出来ない。

 あくまで責任は、実行委員長を兼ねる斉藤会長にあるのだが、タイミング悪く、役員全員が生徒会室を離れていた。


「会長が戻り次第、判断してもらいましょう。まずは、目の前の仕事をお願いします」

 統括を任されている俺の考えがあっても、これ以上の指示は出せない。

 連絡をした役員達が早く戻ってくる事を祈りつつ、作業を続ける。

 生徒会室に何となく重い空気が流れていた。


「遅くなってすまない!」

 斉藤会長が生徒会室へ飛び込んできた。

 後ろには留美先輩と瑞穂、柳の姿が続いていた。

 近くの委員が現状と天候の状況を説明する。


「撤収に決まってるだろう!」

 即断だった。

「万が一でも、被害を及ぼすわけにはいかないからな。内田!」

 いきなり名指しされた。

 が、そうくることは予想していた俺は、立ち上がり指示を出す。

「男子は全員で外の設備の撤収へ! 女子はここでの仕事をお願いします。白石副会長の指示に従ってください!」

 一瞬瑞穂に目をやると、彼女は小さく頷いた。

「会長、職員室へ行って、先生方に撤収の連絡と応援をお願いして下さい。可能な限りの人員で、出来るだけ早く撤収を!」

「分かった。皆、行くぞ!」

 斉藤会長を先頭に、スタッフが動き始める。

「田上!」

 俺はその中の一人を呼び止めた。

「内田先輩?」

「外の設営担当に撤収の指示を。同時に、外に資材等を置いているクラスに注意を促してくれ。部活の連中にもだ」

「分かりました!」

 田上はいつもの笑顔で飛び出して行く。

 後は……。

「柳!」

「分かってる!」

 入り口から声を掛けると、間を置かず返事が飛んできた。

 言いたい事を見越してか、柳はすでにケータイを操作していた。

 ここはこれで問題無い。

 そう判断し、俺も校舎を駆け下りた。


 撤収作業は思いの外、順調に進んだ。

 斉藤会長の声に応じて、協力してくれた一般生徒が多数いたことが大きい。

 門柱の飾りは昇降口に収められ、野外ステージの壁の部分は体育館へ退避させた。

 ステージ部分は如何ともしがたく、ブルーシートで覆い、ブロックを重ねて飛ばないようにした。

 他の部分も、田上や走ってくれた委員のおかげで撤収が済んだようだ。

 それらを確認し終えた頃、一般生徒へ帰宅指示が出た。

 ほどなく、実行委員にも帰宅指示が出るだろう。


 俺は生徒会室へ戻り、主要メンバーに家で出来る書類を割り振る。

 明日は設営を含め、動き回る事になるだろう。

 少しでも、先へ進めておきたい。

 委員の思いは、皆同じだ。

「今日は無事帰りつくこと! また明日、ここで会おう!」

 斉藤会長の言葉で解散となる。

 煽るだけでなく、ここぞという時の統率力はさすがだった。



 家に帰ってからも数件電話があり、対応に追われた。

 全体像を把握している人数が少ない、というのも問題かなぁ。


「一部分の負荷が重すぎじゃないですかね?」

 相談がてらに電話をした瑞穂に、思わず零す。

『ウッチーにしては弱気じゃない?』

「元々、メンタル強い方じゃ無いんで」

『よく言うわねぇ。それが先生相手に啖呵切ったり、私達を顎で使う人の言うセリフかしら?』

 前者はともかく後者は……誰ですかね? そうして良いと仰ったのは。

『でも、皆分かってるわよ。君が一番頑張ってるって』

「そうですかねぇ……」

 外の風の様子が気になり生返事になってしまったが、瑞穂は気付かないようだ。

『ま、あと少しだし、頑張ろう?』

「だな。精一杯、支えてみせますよ」

「ふふっ。彼氏に期待出来るってのも、いいものね』

「そんな彼女さんには、倍くらい動いて頂きましょうかね?」

『これ以上ウェイト増やすと、柳さんにも文句言われるわよ?』

 冗談にマジ返ししないで頂きたい。

「本気にするなって。これ以上増える予定は無いよ。……トラブルなければ、ね」

『そうね。そう願ってるわ。それじゃ、また明日ね?』

「あぁ。おやすみ」

 ケータイを充電器に置き、ベッドにダイブする。


 彼氏、彼女……か。

 俺は、彼女に……。


 思考の海に漕ぎ出そうとした時に、再びケータイが鳴る。

 今度は柳からだ。

『ウッチー? 誰と電話してたのよ?』

 ちょいとイラついた声だ。何回か電話していたのだろう。

「悪い悪い。瑞穂と話してたからさ」

『先輩と? んじゃ仕方ないか』

 ご理解頂けてありがたいです。

『それでさ、ちょっと書類の事なんだけど――』

 再び脳内が仕事モードに戻る。


 電話を終え、布団に潜り込んだのは日付が変わる直前だった。




             *


 翌日。

 今日と明日は通常授業が無く、準備期間だ。

 見事なまでの台風一過の空の下、昨日の撤収以上の速さで設営が進んでいく。

 こんなハイペースで大丈夫か? と疑問を呈すほどだ。

 だがそのおかげで、午後にはリハーサルを行える状況が整ったワケだが。


 本当に、今年は士気が高い。

 それを自分が止めるワケには、いかないよな。


「白石副会長、体育館での演劇部のリハ、お願いします。会長は野外ステージの設備のチェックとリハに回ってください」

「了解!」

 上席二人が持ち場へと動く。

 現状、スタッフの大半を設営と管理に回している。

 残りも巡回等で出ている者が多い。

 生徒会室には俺と早川会計しか、上席スタッフは残っていなかった。

 そんな中で俺は、上がってくるリハーサルの結果を踏まえて、スタッフ側のスケジュールの微調整をしていかなければならない。

 早川会計は、文字通り会計処理を一手に引き受けてくれている。

 おかげで俺は企画の方へ集中出来るんですけどね。


 夕方四時を回り、一般生徒は帰宅する者も出始める。

 その一方で、生徒会室はいつも通りだった。


「リハーサルで出た問題点を詰めていきましょう」

 舞台装置の移動など、出てきた問題点に解決作を練っていく。

 それに合わせて、明日の最終リハの準備にかかる。

 同時に巡回班を校内に回し、教室のチェックをする。

 稀にだが、危険物や貴重品を放置して帰るクラスがあるからな。

 巡回班のリーダーに田上を据えた。これは俺の独断による。

 彼の仕事ぶりは、先輩方も認めているようだし。


 そこまでやって、俺はそっと生徒会室を抜け出した。



 統括の立場上、生徒会長から各所の鍵を預かっている。

 その鍵を使い、普段出ることの許されない屋上に出た。

 普段生徒が出入りしないそこは、錆びた配管や管理設備しか無い。

 いちおう、落下防止の柵はあるけれど。

 その柵に寄り、グラウンドのステージを見つめる。


 不思議な気分だ……。

 期待、焦り、充実感、重圧、自信、不安……それらが混ざり合っている。

 表に立つ、ってこういうことなんだろうか。


「こんなところに居たのね」

 不意に後ろから声がかかった。

「留美先輩?」

 ショートヘアーの似合う、書記の植草留美先輩の姿があった。

「はい?」

 先輩の手から軽く投げられた缶コーヒーを受け取る。

「ありがとうございます。それより、どうしてここが?」

「簡単よ。後をつけたから」

 てことは、上がったのを確認して、コレを買いに行って、戻ってきた、と。

「何か用でも?」

「仕事の話なら、向こうでするよ」

 そりゃそうだ。わざわざこんな事をする必要なんて無い。

 留美先輩は俺の隣で、柵を背もたれ代わりにして自分の缶を開けた。

 俺も同じ姿勢を取り、やはり缶を開けた。


 留美先輩と差しで話をするのは稀だ。

「一人になりたい気分、だったかな?」

「いや、そういうワケではないですけど」

「ま、今は皆揃っているし。内田君や私が居なくても問題無いでしょ。それにちょっとぐらい抜けても、誰も文句言わないよ」

「そうですかね?」

 結構無茶振りしてる気がしなくもない、のだが。

「優一も認めてるからね。今年はこのメンバーだからこそ出来るシステムだ、って」

 会長の名前は『優一郎』だったはずだが。留美先輩の呼び方かな?


 このメンバーだからこそ出来る……か。

 結果的に言えば、システムだけじゃ人は動かず、人だけでは物事は動かない、という事か。


「瑞穂の頼みとはいえ、無理させてるよね。ごめんね?」

 留美先輩は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

「いえ、自分で決めて、やってることですし」

「でも、あの子との時間も費やしてるんでしょ?」

 気遣い、ですかね。

 確かに、ここのところ彼女と二人で過ごした記憶が無い。

「元々、傍で支えるつもりでしたし。それに……今年が最後ですから」

「……本当なのね?」

 留美先輩の言葉に、俺はゆっくり頷いた。


 今年で最後。

 来年は、実行委員に名を連ねるつもりは無い。

 もちろん、生徒会にも、だ。

 最後の年くらいは、きちんとクラスを盛り上げたい。

 それに……瑞穂もいないワケだし。


「他にも優秀な人がたくさんいます。例えば、一年の田上、とかね」

「確かに彼は出来ると思うけど……仕方ないわね」

 留美先輩は諦めたのか、溜息ひとつ。

「もう一つ。瑞穂の事よ」

 俺はそのセリフを聞きつつ、コーヒーを一口。

「分からない、のよね?」

 ストレートだ。

「彼女から聞きましたか?」

 俺の質問に、留美先輩はこくんと頷いてから口を開く。

「お願いがあるの。分からない時は、安易に触れないで」

 留美先輩は遠くを見つめたまま言葉を続ける。

「能動的に触れるのと、触れられるのでは、情の出方が違うから。……あの子の親友として、それだけは……」


 それは分かる気がする。

 されれば嬉しい。

 そうやって持ち上げて、落とす事になりかねない、と危惧しているのだろう。


「……分かりました」

「うん。ごめんね?」

「いえ。こちらが礼を言う方です」

 俺は軽く頭を下げる。

 言い難い事を言わせてしまった気がするし。

「うーん。そこまでされると、ちょっとね」

 留美先輩は苦笑いを隠すようにコーヒーを飲み干した。

「私は先戻るね。残りも頑張りましょ!」

「そうですね」

 返事を聞いた留美先輩は、空き缶を片手に下りていった。

 俺は扉の閉まる音を聞いてから、残りのコーヒーを喉に流し込んだ。




             *


 文化祭前日。

 今日も今日で、最終リハーサルに追われる。

「最近、記憶が曖昧なんだよな……」

 さすがに疲労の色が濃くなってきたスタッフの言葉だ。

 気持ちは分かる。昨日も布団に入った瞬間に意識が無くなったし。

 でも、充足感だけはある。

 そして、まだ終わってない。


 いや、始まってない、か。



「昨日同様、リハを踏まえて、不都合を潰していきましょう。巡回班は、校内の美化を念頭にお願いします!」

 大半のスタッフが外へ出る中、俺は本番の巡回ローテの確認や、スタッフの割り振りを詰めていく。

 想定どおり、回る事など無い。

 そう言い聞かせ、仕事に向かう。


「ウッチー、お疲れー」

 柳が生徒会室へ戻ってきた。

 彼女は瑞穂に付けている。

 瑞穂のスケジュールを一手に握っているのは、彼女だ。

「何かあったの?」

「今のところ、何も。至って順調よ」

「朗報だな」

 トラブルが無いことに、正直ほっとした。

「田上君が走り回ってくれてるわ。彼のおかげで助かってるよ」

「そう。田上が……」


 彼なら、来年も任せられる、と思う。

 それは、俺が強いれる事では無い、か。

 もしかしたら去年、先輩方はこんな感じで俺を見ていたのかもしれないな。


「ちょっといい?」

 柳に呼ばれ、二人でベランダに出る。

 吹き抜ける風は、涼しいんだな。

「来年は受けない、って言ったんだって?」

「聞いたのか」

「うん」

 そういえば、柳はどうするのだろうか。

「私も、受けない」

「え?」

 もう決めていることが、意外だった。

「君のセリフじゃないけど、先輩も居ないし、ね」

「そっか。先輩方は落胆するかもな」

「お互い様でしょ? そっちだって、去年から生徒会にスカウトされてたんだし」

「違いない」

 言われて思わず苦笑い。

「だから、今年を精一杯、盛り上げていこうじゃない?」

「ああ」

 柳に返事をし、グラウンドのステージを見下ろした。

 こちらに気付いた会長に軽く手を振って応えると、再び生徒会室に戻る。


 そうだな……。精一杯、やってやろうじゃない!

 それがせめてもの恩返しであり、ここに居た、という証明でもある。


「内田先輩!」

 田上が生徒会室に飛び込んできた。

 何かあった、かな。

「田上、どうした?」

「特別教室の方なんですけど――」

 田上の言葉を聞きながら、書類をめくる。


「俺が行こうか?」

「大丈夫です。僕がやりますよ」

 彼は再び笑顔で飛び出していく。


「確かに、走り回ってるな」

「でしょう? 彼、あれでいて冷静なのよね。誰かさんみたいに」

 誰でしょうね? そんな人は。

「良い先輩らしくしときなよ? んじゃ、私も戻るね」

「やれやれ……。任せたぜ?」

 柳は俺の上げた右手にハイタッチして、生徒会室を出て行った。


 そんな背中に、瑞穂がダブって見えたのは気のせい……だったと思う。

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