50 ラストピース
二月も終盤の土曜日。
和人は駅の改札前に一人、佇んでいた。
七海と一緒に来たのだが、呼び出した張本人、恵美に七海を連れて行かれてしまったからだ。
もうすぐもう一人来るから、と柳は言っていたが。
女同士で話したい事でもあるのかもしれないけどさ。
だったら俺を呼ぶ必要無いだろうに。
しっかし、誰が来るのやら……。
などと考えながら、和人は手持ち無沙汰にケータイをいじっていた。
「内田先輩」
呼ばれた声に顔を上げると、目の前にスラっと細身の男が立っていた。
髪型も違い、眼鏡を掛けているが、その顔に見覚えがあった。
「田上……か?」
「覚えていてくれましたか」
和人の言葉に、田上と呼ばれた男は、ほっとしたような笑顔を浮かべた。
「忘れるわけがないさ。戦友みたいなもんだしな」
田上進。
あの文化祭で、和人の側近として奔走してくれた後輩。
そして、恵美がかつて付き合っていた男の子。
和人も恵美も入らなかった生徒会。本命視されていた二人が居ない中、気を吐いたのは彼だった。
「どうして田上がここに?」
「分かりませんか?」
柔らかな笑みのまま、言葉が返された。
……なるほど。柳が言う、もう一人、とはコイツか。
「ここに来れば、先輩に会える、て言われましてね」
「柳がそう言ったんだろ。というか、いつから連絡を?」
「以前から時折、連絡は取ってたんですけどね。先輩はご存知ありませんでしたか?」
「いや、全く」
和人はゆっくりと首を横に振る。
そんな事実、一欠片も聞いてないぞ。
瑞穂の時といい、アイツは……ったく。
「今はどこの大学に?」
「四駅ほど先、と言えば分かりますよね?」
地元の誇る国立大学だ。
さすがは秀才型、といったところか。
そんな彼が、今の俺に何の用事だろうか。
「しかしびっくりですよ。あの柳先輩がバッサリ髪を切るなんて」
「ま、色々あるんだろ」
当たり障りのない返事を返す。
彼がどこまでの事情を知っているのか分からないし、いちいち説明する気も、和人には無い。
そんな和人の返事がお気に召さないのか、田上が真剣な顔で口を開く。
「誤魔化さなくてもいいですよ。話は聞いてます」
その言葉に、和人も田上の顔を真っ直ぐ見つめる。
約二年ぶりに見る顔は、やはり大人びて感じる。
「当時の柳先輩にとって僕は、先輩の代わり、でした」
今思えば、それは否定出来ないだろう。
「でも、自分には支えられない。そう言ったんだろ?」
「ええ、そうです。僕自身を、見て欲しかったから」
結果、別れるという結論に至った。その話は以前聞いている。
「どこまでの話を聞いてる?」
「ほぼ全部、ですかね。先輩に玉砕した、と」
田上のその言葉に、和人は思わずため息一つ。
「彼女は随分悩んだようです。もちろん先輩に関してではなく、それに気付いた事による、過去の事実に」
過去の事実。
似たような事を、いつか聞いた気がする。
……年末か。
あの時柳は、過去の清算、と言った。
それは瑞穂と重ねた自分、それに巻き込んだ田上の気持ち。
そこに行き着いたのか……。
という事は、あの後に会いに行ったのは……。
「……至ったみたいですね」
和人の表情をずっと見ていたのだろう。
「柳先輩の言った通りですね。先輩ならそれで気付く、と」
「それは褒めてるのか?」
苦笑いの和人に、田上は「もちろん」と言い切った。
田上は、巻き込まれた被害者と言えるのかもしれない。
だからこそ、柳は彼に会い、全てを話したんだろう。
おそらく、自分の思うところを包み隠さず、正直に。
彼女ならば、そうするだろう。
「勘違いされそうなんで言っておきますが、僕達はまだ付き合ってませんよ?」
田上はいつもの笑顔に戻っている。
「あれから時間が経ちました。もう一度、お互いをしっかり知るべきだと思っています。ただ、その前に確認したい事が一つ、あります」
「俺に、か?」
「ええ。先輩の中で、柳先輩の存在がどうあるか? です」
ストレートだね。
当時からそうだった。そこが気に入っていた。
変わってないな、田上は。それに……。
「あの頃と……変わってないさ」
じっと、目を見据えて答える。
変わらず接する。それが出した結論だ。
本気で彼女が離れていくなら、それは止めないつもりだった。
結果的には、元の鞘、だが。
「本当、ですね?」
和人は返事の代わりに、右の拳を突き出した。
田上はそれを見て一瞬驚きの表情を見せたが、ゆっくりと自分の右拳を突き出した。
あの文化祭初日。執行部含め、主要メンバーで円陣を組んだ。
そして斉藤会長の言葉で、全員で突き出した拳を合わせた。
その円陣の中に、和人も、恵美も、瑞穂も、そして田上進も居た。
それは信頼の証であり、忘れられない記憶でもある。
さらにそれとは別に、田上とは拳を合わせている。
それは後夜祭の時、だったか。
今再び、ゆっくりと拳をぶつける。
「頼んだぞ、田上」
「分かりましたよ。先輩」
セリフも、あの時のままだ。
込めた意味は、違うけれど。
それが、彼が聞きたかった答え、なんだろう。
もしかしたら柳は、俺にこう言わせる事を目的としていたのかもしれない。
過去の清算のラストピース。
それは、当事者で嵌めるべき、と。
「お待たせー、って、あら?」
これまた狙ったようなタイミングで戻ってきた恵美と七海。
拳を合わせた二人を見て、柳は瞬時に悟ったようだ。
当然、七海の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいるが。
ま、後でゆっくり話すとしよう。
誰よりも信頼する相手、だから。
その後カラオケを経由して、夕飯を食べて解散、という流れになった。
時刻は午後九時を回ったところだ。
駅の改札前で、不意に恵美が口を開いた。
「ねぇ、皆でやろうよ、これ」
そう言うと、恵美は右手を突き出した。
ふむ。意味を知っている彼女ならでは、の発想だが。
無言で田上が右手を出す。
応じろって事、だよね。
「七海。右手出して?」
「え? こう?」
七海は和人の右手の脇に、そっと手を出す。
四つの拳がぶつかる。
「行くよ? せーっの!」
恵美の合図で、虚空へ掲げる。
上げた手で、軽くハイタッチをし、下ろす。
恵美は終始笑顔だった。
車で大学まで戻り、七海の家へと向かう。
「柳先輩。ちょっと雰囲気変わったね?」
「そう、か?」
「うん。明るくなった、ていうのも変だけど」
ああ……なるほどね。
田上の話から考えるに、おそらく瑞穂の影を振り切ったんだろう。
そして、自分と向き合った。
だから、田上ともう一度向き合った、のだろう。
どういうやり取りがあったのかまでは、想像出来ないけれど。
あの髪は、そういう意味での決意、でもあったのかもしれない。
ならば、あれが本来の彼女の姿なワケ、か。
「ねぇ、あの右手の意味って、何?」
「ん? あれは……信頼の証、かな」
「ふぅん。高校時代の話?」
「そう。前もちょっと話したけど、文化祭の時の話さ」
「じゃ、今日はゆっくりその話、聞かせてもらおうかな?」
「寝れなくなるぞ?」
「え? 寝かせてくれないの? ……痛っ」
勘違いしそうな七海の言葉に、軽くデコピンを一発。
ま、それはそれでいい……のか?
「今夜は、星もよく見えるな」
ふと立ち止まり、空を見上げる。
「そうだね」
見上げる星は、小さな輝きだ。
宇宙から見れば、自分達こそ、小さな欠片なんだろう。
地球という名のマラカスの、中身みたいなもんだ。
まぁ、それぞれが歪な形をしているけれど。
その中で、衝突したり、離れたり。
それによって、少しずつ形が変わっていく。
組み合わさること自体が、小さな奇跡なのかもしれない。
そしてそれが積み重なって、今、ここに在る。
「なぁ、七海?」
「なあに?」
見つめる七海の顔は、そっと微笑んでいる。
「今度、そっちに行っていい?」
「そっち?」
「お前が十年、暮らした街」
共有出来る物事を、一つずつ積み重ねていこう。
空白が、相対的に小さくなるように。
「いつでもいいよ。案内してあげる」
そう言うと七海は和人の手を握る。
「さ、行こ?」
七海の言葉に、和人はゆっくりと頷いた。




