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05 チャンスは遅れてやってくる

 大学の近くということもあり、顔なじみの店とも言えるカラオケ店のエントランス。

 井上が受付するのを待ってる所へ、一人の女性が合流してきた。

「あ、愛、お疲れー」

「メグ、ありがと。間に合ったー」

 合流してきたのは、司のツンデレ姫こと、小野愛だ。

 イメージ的には、知的メガネって感じ。

 異論はもちろん、認めない。

「司、来たぞ?」

「あぁ。ちょっと行ってくるか」

 なんだかんだ言って、頭上がらないんだよね。

 多分、ここじゃ素っ気無くされるんだろう。

 ま、それもいつもの事なんだけど。



 疾風怒濤。

 始まると、最初からアッパーチューンが続いていく。

 沙紀はエキゾチックに。鬱憤を晴らすように。

 太一はハードに。

 愛はノスタルジックに。

 それぞれが、個性を持って歌い上げる。

 ここで、ぶった切るワケには、いかないよな。

 和人はマイクを握り、熱唱モードに入る。

 いや、酒の力も、以下省略。

 魂じゃ負けん!

 ソウルフルに歌いきると、軽くめまいがした。

 そんな和人の後を、司がロックに歌い上げ、恵美が華麗にミドルナンバーで落とす。

 これが初回から続く伝統のリレーです。

 お粗末様でした。

 ん? 宏が入ってない?

 あぁ、アイツはあまり得意じゃないんでね。

 慣れている宏はいつも通りという感だが、新規の二人は顔に朱が挿すくらい、盛り上がったみたいだ。

 盛り上がって頂ければ、頑張った甲斐もありますわ。


「さ、せっかくだし、御ニ方も歌おうよ?」

 詩織と七海は一瞬顔を見合わせて、詩織がマイクを握った。

 うん、妹さんは、兄貴とは違うみたいだ。

 メジャーなアイドル曲を、軽く振りつきで歌い上げる。

「おおー! 完コピじゃない?」

「うんうん。すごいすごい!」

「あは。ありがとうございます」

 詩織は丁寧にお礼を言ってマイクを置く。

 次は七海の歌う番だ。

 ちょっと悩みながら、番号を送信する。

 曲は、サンセット・ラバーズ。

 そこそこ有名な洋楽アーティストのアルバム曲だ。

 夕暮れ時の恋人の切なさを歌ってる、とか。

 いや、予想外に渋いチョイスだけども。

 

 ……う、上手い。


 発音もさることながら、情感の込め方も様になっている。

 聞き惚れる、とはこの事か。

 手にグラスを握ったまま、しっとりと耳に集中する。

 皆、私語をせず聞き入っている。

 艶やか、かつ可憐に。

 伸びやかに歌い終え、ぺこりとお辞儀をする。


「……ブラボー!」

 一拍置いて、まず司が賞賛の声と共に手を叩く。

 それに、皆の拍手が続いた。

「いや、ほんとすごい!」

「発音めっちゃいいじゃん!」

「うーん。これは勝てないかも!」

 皆の言葉に、七海は終始照れっぱなしのようだ。

「先輩方が凄かったんで、ちょっと本気でいってみようかな、て思っただけなんですけどね?」

 いや、ちょっと本気であんなん歌われたら……。

「むむ。よし、負けないぞー?」

 あぁ、井上の闘争心に火が!

「俺らも負けてられるか! アレ行くぞ!」

 司が和人の肩を叩き、選曲をする。

 ちょっ! アレって、ネタ全開ちゃいます?

 ほら、またそんなコミカルパンクを!

「うーん。ここで引き下がるのも、ね?」

 柳さん、あなたもですか?

 こりゃあ、止まらんね。


 かくて、歌合戦の幕が開く。


 

 沙紀の歌いっぷりは、堂に入っていた。

 やはり総合力では、井上の方が上、かな。

 それでも、あの一曲は伝説になりそうだけど。

 時折挟まれる、太一と司の暴走選曲で歪んだ雰囲気を、頃合を見ていた恵美と愛が華麗に浄化する。

 てか、姫はそんなジャジーな曲までこなすんですか?

 さすが司の彼女、恐るべし……。


 そんな盛り上がりを尻目に、和人はそっと部屋を抜け出す。

 ちょっとトイレに寄り、エントランスの待合椅子に腰掛ける。

 時刻は十時半を回っていた。

 やっぱ、少しペース早く飲みすぎたかな……。

 このタイミングで、どっと疲れを感じた。

 予想以上にカラオケが盛り上がってるせいもあるんだろう。

 心地よい疲労感ではあるけれど。


 ぼーっとする和人の前に、一人の人影が立った。

 ん?


「あれ?」


 目の前に立っていたのは、水沢七海だった。

 それに気がついた瞬間、和人の心臓がどくんと跳ねる。

「あれ? どうしたの?」

 努めて冷静に、言葉を吐き出す。

 落ち着け、俺。

「え、ちょっと友達から電話がかかってきたんで……」

 そういう七海は、手にケータイを握り締めていた。

「そっか。外で話してきな? 俺はちょっと休憩中」

 よし、自然だ。

「はい。ちょっと失礼します」

 七海はスカートを揺らしながら店外へと出て行く。

 ふぅ……。

 歌に夢中ですっかり忘れてた。

 本題は、ここにあったんだと。

 でも、さっきのリアクション、普通だったな……。

 いきなり名前呼ばれたりするかと思ってたりもしたけど。

 そっと目を閉じると浮かぶ、少女の姿。

 確かめるしか、ないよな……。

 思い出してしまった、ワケだし。

 ここで逡巡しても、仕方ない、か。

 違ったら違ったで、きっかけにはなるし。

 うん、ポジティブシンキング。

 イエス。ザッツライト。

 まだ、酒抜けてないな……。


「ふぅ……」

「大丈夫ですか?」

 ん!

 目を開くと、七海が目の前に戻ってきていた。

「大丈夫。すぐ戻るよ」

「そうですか? ならいいですけど……」

 じっと和人を見つめてくる。

 そんな見つめられたら、照れますよ? お嬢さん。

 その目が、懐かしくも、そして重くも感じる。


「部屋の中、今どんな感じ?」

「え? ……私が出てくる時は、司先輩が『愛! お前の為に歌うから!』とか言ってましたけど……」

 うは! 名物夫婦漫才タイムじゃないですか。

 見れないのが残念だけども。

 それより、今は……。

「そっか。なら大丈夫だな。ねぇ……」

「はい?」

 じっと見つめる。

 その表情に、懐かしい面影を探す。

 印象的な目だけしか、それっぽいのは見当たらないけど。

「あの……」

「七海さん。俺のこと、覚えてる?」

 じっと、瞳を見つめたまま。

 これで違ったら、俺、タラシ扱いだよな。

 そんな和人の言葉に、七海の目が大きく見開くのが分かった。

 

 さぁ、答えはどっちだ!

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