02 夏会は波乱の予感?
夏会当日。
和人はいつもの愛車ではなく、電車とバスで大学へと来ていた。
車じゃ飲めないからなぁ。
最悪、誰かの家に泊めてもらえばいいし。
しっかし、今日も暑いなぁ。
集合の六時までは、まだ四十分ほどあるのだが。
サークル棟の前まで来た和人の目の前に、一人の影が飛び込んできた。
「あ、すいま……井上かよ!」
「あれ、ウッチー? ごめん。もうちょっと待ってて。ゼミ室に置いてくるから」
そう言い残すと、井上沙紀はダッシュで隣の棟に消えた。
この暑いのに、よく走る気になれるな……。
和人はサークル棟の入り口にある自販機で缶コーヒーとスポーツドリンクを買うと、側のベンチに座り缶コーヒーを開けた。
今日、これからの夏会を考えると、気分は少しずつ盛り上がってくる。
宏が誰を連れてくるのかは分からないけど、なんだかんだで楽しくやれるだろうし。
試験期間を終えて気楽になった、ってのもあるけどな。
缶コーヒーを半分ほど飲んだところで、沙紀が戻ってきた。
「お疲れさん。はい?」
和人が投げたスポーツドリンクを沙紀は片手でキャッチした。
「サンキュー。さすが気が利くね?」
「あとでオゴれよ?」
「えー?」
文句を言いながらも笑顔のままだ。
ショートヘアーにほんのり焼けた小麦色の肌。
一目で積極的で活動的だと分かる彼女は、学内でも人気がある、らしい。
サバサバした性格の彼女と接するのは、気を使わず楽、だけど。
「で、俺を呼んだ理由は?」
「うんとね……皆が集まる前に言っておこうかと思って」
「ん?」
沙紀は、缶を両手で握ったまま顔を伏せる。
「私……別れたの」
「え? 安田先輩と?」
「うん。サークルも抜ける事にした」
「そっか……」
何故なのか、理由を聞いてみたい気もするけど……。
「こんな日に、そんな話でごめんね?」
苦笑いを浮かべる沙紀。
わざわざ俺にまで気を使わなくてもいいだろうに。
「メグ達には伝えてあるけど。多分、今日の集まりで皆に分かっちゃうと思うし……」
「確かに。で、俺にフォローを入れろ、って事かな?」
宏が連れて来るのは、誰か分からないけど、いわばゲストだ。
初対面のゲストを差し置いて、そんな話題で場を支配されたくないんだろう。
「難しいかな?」
盛り上がった席で、そんな話題が出れば追求は防げないだろう。ならば……。
「宏には悪いけど、始まる前に全員に報告しとく、ってのはどうだ?」
通例なら、全員が着座した後に幹事役がゲストを連れてくる。
その前に報告と緘口令(大げさだが)を敷くことで、余計なリアクションを避けられるはずだ。
「……そっか。その方がいいかも」
「俺が言い出すと角が立つかもしれない。柳あたりに頼んだ方がいいかもよ?」
「そうかも……。うん。話してみる」
「あぁ。でも、大丈夫か?」
「大丈夫。整理はついてるから」
そう言うと沙紀は微笑んでみせる。
「んじゃ、ちょい早いけど、行くか!」
和人は自販機脇のゴミ箱に缶を捨て、歩き出した。
店の前に着いたのは、集合時刻の十五分前だった。
「オッス」
すでに来ていた友人の輪に入っていく。
「なぁ、今日のゲスト、聞いてる?」
「いや、全然?」
「ウッチーも知らないのか。じゃ、今回は誰も知らないのか?」
「だとすれば、本当にサプライズだな」
数日顔を合わせなかっただけなのに、話に花が咲く。
相変わらずだね。
こういう空気も、好きなんだけどね。
話してる間にだんだんと面子が集まってくる。
「さって、中で待とうぜー」
企画の仕掛け人でもある、谷島太一が皆を店内へと導く。
二間を借りての夏会は十五・六人の集いとなった。
「オッケー。あとは幹事役待ち、だな」
「んじゃ、その前にちょっといいかな?」
恵美と沙紀の二人が淡々と報告を述べる。
「だから、今日は盛り上がっていくからね! 皆、よろしく!」
決して暗くせず笑顔で言い切った沙紀に、皆ほっとした表情を浮かべているようだった。
気遣って無理してるかもしれないけど、柳が側にいれば大丈夫だろう。
和人はそう思いながら仲間との会話に興じていた。
「皆さん、お待たせしました」
六時十分。幹事役の寺岡宏が現れた。
メタルフレームの柔和な顔の後ろには、二人の女性の姿が。
「まずは、紹介しないとな。こっちが……」
後ろから人懐っこい顔立ちの女性が歩み出る。
「兄がお世話になってます。妹の寺岡詩織です」
そういって頭を下げる。
「本人の達ての希望でな。まぁ、宜しく。そして……」
もう一人、黒髪を後ろで纏めた女性が歩み出る。
え?
その人の姿、いや、大きな目を見つめた瞬間、和人の体は完全にフリーズしてしまった。
あれ、どっかで……。
「詩織の同期の、水沢七海です。よろしくお願いします」