19 追憶から現実へ
思い返すたびに、想いだけが確かになっていく。
そんな意識なんて、したくなかった。
それと同時に感じる、ざらつく様な思い。
……嫉妬、だ。
いつからだろう、なんて事は思わない。
多分、先輩への憧れと同時、なんだろう。
そう考えれば、納得がいく。
はぁ……これじゃ、あの子の立場が無いわね。
ケータイを開き、アドレス帳をめくっていく
そこに残る、一つの名前。
確認して、待ち受け画面に戻し、ケータイを閉じる。
あの子は、気付いていたのかもしれない。
常に笑顔を絶やさなかった、男の子。
……思い返して、自己嫌悪に浸るなんて、らしくない、か。
まだ一つ、確かめて無いし。
それからでも遅くない、よね?
再びケータイを開き、アドレス帳をめくっていく。
目的の名前に一瞬手を止めて、発信ボタンを押す指に力を入れた。
「オッス。久々、かな?」
「そうね。お盆以来だから、三週間ぶり、くらい?」
そんなになるか。
和人は、隣に座る黒髪の女性、柳恵美の横顔を見て、漠然とそう思った。
ま、普段はほぼ毎日の様に顔合わせてるからなぁ。
「さって、今日のリクエストは、何かな?」
「そうね……久しぶりに、あのパスタ屋行きたいな?」
あの?
あぁ、初めて君を送って行った時に寄った店ですね?
「オッケー。んじゃ、行くか」
和人はゆっくりとアクセルを踏み込む。
「旅行の話、聞いてる?」
テーブルに着くなり、和人は恵美に問いかけた。
「日程と集合時間以外は何も?」
「柳もか。どうなってるのやら……」
結局、計画は愛と沙紀の二人でまとめる事になっていた。
ミステリーツアーでもやる気ですか?
「まぁ、沙紀だけだとアレだけど、愛もいるし、大丈夫だと思うけどね?」
「まぁ、ね」
確かに、井上が一人で仕切ってる、というのは不安でならない。
だって、アイツが一番のトラブルメーカーだし。
まぁ、姫がいるなら大丈夫だと思うけど。
最悪、全責任が司に回るくらいだろう。
いや、それはそれで問題なのかも知れないが……。
「ところで、一つ、謝らなきゃいけない事が」
「え?」
柳が俺に、とは珍しい。
「愛に、高校の文化祭の話、しちゃった。あ、でも白石先輩の話はしてないから」
恵美は両手を合わせて拝むポーズをとる。
「マジで?」
「うん。ごめんね?」
「まぁ……言っちゃったものは仕方ないな」
司がいるわけだし、そのうちバレたとは思うけど。
どんな評価がされるのやら……不安だ。
まぁ、先輩との話はしなかった、と言うし。
そこを衝かれなきゃ、別にいいんだけど。
でも、もうあんな事は出来ないと思う。
「懐かしいな? あの文化祭」
「あの、って、どっち?」
「ん? ……そうだな。やっぱ二年の時の、かな?」
「そうだね……」
後輩に語り継がれるものを、自分達の手で作り上げた。
あの達成感は、忘れられない。
しばらく、そんな思い出話が続く。
おかげで、パスタが食べ終わらないうちに冷めました、とさ。
「さって、家でいい?」
満足したところで、いつものように聞く。
「うーんと……ごめん。池公園、分かる?」
恵美の声は、いつもより神妙なトーンだ。
思うところ在り、か。
「いいよ? どこでもお連れしますよ?」
和人はわざとおどけて言う。
「ありがと」
そんな和人に、恵美はそっと微笑んだ。
池公園は、高校から駅を挟んでちょうど反対にある。
文字通り、大きな池の周りが公園として整備されていて、遊具やサッカーグラウンドがある。
さすがに、夜は人が居ないけれど。
「ちょっと待っててね?」
恵美は和人にそう言い残すと、どこぞかへ消えていった。
何か、あるんだろう。
和人は、池の傍のベンチにそっと腰を下ろす。
今日はあまり、星は見えないな。
空はちょっと薄曇、て感じ。
まだちょっと蒸し暑いし。
顔を上に向けたまま、そっと目を閉じる。
思い出す顔は、あのままなんだよな……。
「はい?」
声がかかると同時に、和人の頬に冷たい何かが触れる。
「うわ!」
思わず軽く飛び上がる。
「あはは! そんなに驚かなくても……」
恵美がお腹を抱えて笑っている。
その手には、缶コーヒーが二つ握られていた。
やられたな……。
「ごめんごめん。はい?」
恵美は和人に缶を一つ渡し、ベンチに座る。
和人もそれを受け取り、ベンチに座りなおした。
無言で缶を開け、一口飲む。
恵美も黙ったまま、缶を開けた。
「コーヒー、苦手じゃなかったっけ?」
「うん? 今は大丈夫よ? 眠気覚ましに飲むこともあるし」
恵美は、まっすぐ前を向いたままだ。
しばしの沈黙。
缶コーヒーを啜る音だけが聞こえる。
「ここで、別れ話をしたんだ……」
ゆっくり口を開いたのは、恵美だった。
「笑顔の似合う、男の子だった」
その人のことを、和人もよく知っている。
和人が白石先輩と別れた頃、入れ違いの様に恵美が付き合いだした後輩。
あの文化祭を、共に駆け抜けたメンバーの一人。
統括で動けない自分の代わりに、走り回ってくれたっけ。
今はどこかの大学に行っているだろう。
笑顔で、仕事も出来て、気がつくタイプ、だったな。
「覚えてる?」
「ああ。覚えてる」
「彼、君の仕事ぶりに、憧れてたみたいよ?」
「そう、なんだ」
それも、知っていた。
俺が後輩から憧れられるなんて、ほんと柄じゃない。
思わず、苦笑いが漏れた。
「でも、無理だと思ったみたい。別れる時言ってた。『僕には、内田先輩が白石先輩を支えたように、柳先輩を支える事は、出来ないですね』って」
「どんだけ評価されてるんだ? 俺?」
そこまでいくと、恐怖まで感じるよ?
これは、半分本当……。
でも、支えられない、か……。
「つまり、彼は君の片腕には成れない、と悟ったワケだ?」
「そうかもね? もしくは私の傍に、居場所が無い、と思ったか……」
どういう意味だろう?
疑問に思ったが、聞き返すことは出来なかった。
聞き返したら、引き返せない。
何故か、そんな予感がした。
「ウッチー。七海ちゃんのこと、どう思ってる?」
恵美の言葉に、心臓が跳ねる。
その真意が掴めなかったからだ。
そして、茶化していい空気にも、とてもじゃないが思えない。
恵美の視線は、ずっと遠くを見つめたままだ。
「正直、戸惑ってる……」
正直な感想だった。
「好意というか、親しみは感じてるよ? 幼馴染みだし。思い出すことが出来なくても、肌で感じる空気みたいなのが、そうだと言ってる。上手くは表現出来ないんだけど……」
必死に合う言葉を探す。
「もっと傍に引き寄せたい、と思う反面、それを怖く感じてる自分が居る、ていうのかな? 気後れ、と言うか、罪悪感みたいなのも、あるけれど……」
それ以上、言葉が続かなかった。
圧し掛かるような沈黙。
それを破るように、缶コーヒーを一口飲んだ。
「相変わらず、優しいね……」
先に言葉を発したのは、やはり恵美だった。
「そうかな? 逃げてるだけ、とも取れると思うけど?」
「逃げてるなら、もっと簡単に答えるでしょ?」
……ご明察です。
「彼女に気付かれたら、どうするつもり?」
記憶の事、だろう。
「どうもしないさ。アイツのしたいように、させるつもりだよ」
「そう……」
甘いと言われたとしても、この結論は変わらないだろう。
理不尽な仕打ちを受けるのは、俺だけでいい。
缶コーヒーを飲み終えた恵美が、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめんね? 変なこと聞いて」
「いや、構わないよ。あるのは事実だけ、だからな」
「そうだね。さ、帰ろうか?」
「あぁ。そうだな」
空き缶をゴミ箱に入れ、車に戻る。
「今度会うのは、旅行の時かな?」
「そうだね。楽しみにしてる」
「俺もだ。んじゃな?」
「うん。バイバイ」
いつものように車を見送る恵美の目に、一つの決意が隠れていた。




