18 ツマラナイなんて言わせない?
九月に入っても、ちっとも涼しくならず、太陽は元気なままだ。
うーん。遊び足りないけど、やる事はやらないとね。
というわけで、クーラーの効いた大学図書館で、課題に励む。
着けたままのイヤホンからは、お気に入りの音楽が流れる。
誰にも邪魔される事無く、集中できる時間。
自分でも、驚くくらいの速さで課題が仕上がった。
さって、小説でも読もうかな。
家に帰るより、ここの方が涼しいし。
そういえば、彼はどうしてるだろう?
連絡すれば、すぐに飛んで来そうだけど。
優しい眼差しは、変わってない。
でもそれは、私にだけじゃ、無いんだよね。
それが分かってしまうのが、ちょっと悲しかったりする。
そして、彼はあの約束を覚えているのだろうか?
それが、自分の気持ちのストッパーとなってる。
昔と同じように、呼んでくれてはいるけれど。
ま、ここで考えても、答えなんて出ないんだけど。
でも、またここへ戻って来た。
戻って来れたのだから。
うーん。
今日は誰を捕まえようかしら?
ショートヘアーを風に靡かせながら、井上沙紀は校内を歩いていた。
愛は司君と一緒だろうし、メグは……いつも通りだしなぁ。
ウッチーでも呼ぼうかな?
「井上先輩?」
電話をしようとケータイを取り出したとき、不意に声を掛けられた。
「あれ? 七海ちゃんじゃない」
「お久しぶりです」
声を掛けてきたのは、夏会で会った水沢七海だ。
確か、ウッチーの幼馴染み、だったね。
「どうしたの?」
「えと、ちょっと課題をしに出てきたんですけど、先輩の姿が見えたんで……」
「そう。課題、終わったの?」
「はい。それはバッチリです」
七海は笑顔で答える。
うん。可愛いね。
ウッチーには勿体無いくらいだわ。
なんて言ったら怒られるかな?
「んじゃ、ちょっとお茶に付き合わない?」
「いいんですか?」
「私の方が頼んでるの。いい?」
「もちろんです!」
「じゃ、行きましょ?」
これも何かの縁。
色々、聞いちゃうよ?
「へぇ。あのウッチーが、ねぇ……」
大学近くの喫茶店。
まだ休み期間ということで、利用客は少ない。
窓際の席を確保し、ケーキと紅茶に舌鼓を打ちながらのトークタイム。
「今のウッチーからは、想像出来ないね」
「そうですね。今の姿からは、分からないですよね……」
七海の姿をそっと眺める。
まだあどけなさの残る表情。
あまり焼けてない白い肌。
小麦色の沙紀とは対照的だ。
ほんと、女の子、だね。
磨けば光る、そんな逸材にも見えるけど。
目の強さを見れば、芯が強いってことも分かる。
「井上先輩は、彼の事、どう思います?」
どう、って。
これは、試されてる?
ちょっとイジワルしてみたくもなるんだけど。
ただ、ウッチー怒らすと、怖そうだしなぁ。
一年半の間、友人として付き合ってるけど、彼が怒ったところ、見たこと無いもん。
「仲のいい友達の一人、よ? もちろん、あなたもね」
分からない人は、敵に回したくない。
ウッチーは、その中の一人だ。
「ふふ。ありがとうございます」
分かってる、て顔ね。
「あ、そうだ!」
これ、名案なり。
「七海ちゃん。この日とこの日、空いてない?」
ケータイのスケジュール画面で、日にちを示す。
「はい? ……空いてますけど、何か?」
「オッケー。旅行行くから、空けといてね?」
「旅行、ですか?」
「うん。夏会のカラオケのメンバーを中心に。先輩ばっかりだけど、大丈夫だよね?」
大丈夫、って言うに決まってる。
彼がいるのだから。
「大丈夫です。わかりました」
七海は笑顔で頷いた。
これで楽しくなるぞ?
彼のリアクションも気になるし。
過去の話もあるし。
メグの反応も含めて、ね。
決まったなら、こうしちゃいられない。
「じゃ、そろそろ行こうか?」
そう言うと、沙紀は伝票を取って立ち上がる。
慌てて財布を出そうとする七海に、ウインクひとつ。
「ここは、お姉さんに任せて、ね?」
七海は丁寧に頭を下げた。
んもう。ほんとに可愛いなぁ。
沙紀は七海と別れると、歩きながら愛に電話をかけた。
「愛? 旅行一人追加ね? ……そう、七海ちゃん。さっき学内で会ったから、話しといた。……うん。オッケー。じゃあね?」
さぁ、舞台は整った、かな。
その上で、何が起こるか。
それは向こうに行ってからのお楽しみ、かな。




