10 笑顔の隣で
八月も暮れだが、暑さは依然として変わらない。
今年も残暑が厳しいのかねぇ……。
今いるショッピングモールも、別な意味で暑い。
空調は効いてるんだろうけど、人が多いからだろうな。
混雑の予想はついてたし、あまり来たくなかったんだけど。
「和くん、こっちこっち!」
あの笑顔に呼ばれちゃ、行くしかないよなぁ。
思い出せない引け目、みたいなのもあるけれど。
「これなんか、どうかな?」
七海は服を手に、和人に意見を求めてくる。
「いいんじゃない? よく似合ってるよ」
普段の俺じゃ、絶対こんなこと言わないな。
頭のどっかで、冷静にそう考えている自分がいる。
ま、端から見れば立派なカポーだろうけどな。
ある種罪滅ぼしみたいな思いも、俺の中にはあるんだけども。
まぁ、そんな俺の気持ちなんて、どうでもいい。
今、この時間が楽しければ、それでいい。
「ね、次いこ?」
笑顔で歩く、その後を追う。
「ったく、突っ走るところは変わってないな」
「もう! また子供扱いして! 見てくるから!」
そういうと、七海は一人テナントの中へ入っていく。
何だかなぁ。
壁を背もたれ代わりに、一息つく。
「子供っぽいから言ってるのに、変わって……」
ん?
あれ?
変わってない……?
俺、変わってない、って、言ったよな?
何故、そう思った?
突っ走る彼女、どこで見た?
覚えてない……?
何だろう?
和人は、そっとこめかみを押さえる。
自然と出てきた言葉。
覚えてない、んじゃなくて、思い出せない、で正しいんだな。
冷静に。
何度も考えてきたじゃないか。
また、何か気付くことも、あるだろう。
「和くん。大丈夫?」
和人の目の前に、いつの間にか七海が戻ってきていた。
「ん? 大丈夫。もういいのか?」
「うん。すぐ見つかったし」
そう言って、手にもつ袋を軽く上げる。
ちなみに、今日三つ目の袋です。
残り二つ?
そんなの、俺の手に決まってるじゃないですか。
紳士のたしなみ、てヤツですよ?
「お腹すいた。ご飯にしよう?」
「いいよ。行こうか?」
「うん!」
今度は、和人が先に立って歩き出す。
いつもより、幾分ゆっくりと。
「今日、柳先輩に会ったよ」
「え? 学校で?」
「そう。図書館行ったら、ばったり」
モールの一角の洋食店で夕食を取る。
ちなみに荷物は、待ち時間の間に車に投げ込んできました。
「もしかして、柳にも『和くん』て、言ってる?」
「ううん。言ってないよ。ただ『ウッチーとお出かけ?』て聞かれたから、はい! って答えてきたけど」
答えたんかい!
後で、色々痛くも無い腹を探られるんだろうな。
主にネタ的な意味で、だが。
「柳先輩とは、付き合い長いの?」
「うん? 高校三年間、同じクラスだったな。委員会が一緒だったこともあるけど。ちなみに、司も同じだよ?」
「そなんだ」
「あぁ。昔からバカな事ばっかりやってたよ」
ちょっと思い出し笑い。
ウマが合う、と言うんだろう。
おかげで、楽しい高校生活が送れたし。
「なんか、羨ましい、かも……」
小さい声で、七海がつぶやく。
「ん?」
その声は、和人には聞き取れなかった。
「何でもないよ? ね、この後、どうする?」
時刻は午後八時。
まだ帰る気分じゃない、という事か。
「ちょっとゲーセンにでも行こうか?」
「うん。プリクラ撮ろ?」
女の子、好きだよねぇ。
「仕方ないな? 行くか」
今度は伝票を和人が取った。
軽く膨れっ面の七海。
「代わりにプリクラ代、出せよ?」
和人はそう言って、七海の頭をぽんっと叩いた。
「また子供扱い? もうちょっと身長あれば……」
確かに、七海の身長は百五十五センチくらいしかない。
ちなみに柳は百六十五くらいあるし、井上と愛さんも百六十くらいはある。
こればっかりは、言っても仕方ないと思うけどな。
ちなみに、和人は百七十四センチ。
司は百八十ある。
まったく、羨ましい限りだ。
「どこに貼ろうかなー?」
七海はプリクラを撮ってご満悦なようだ。
しっかし、最近のマシンて凄いのな。
色んな機能がありすぎて、ついていけん。
マシン操作は任せっきりだった。
落書きだけは、参加したけどね。
その後、プライズ系を見て回る。
色々考えて置かれてるな。
ん?
ふと和人の目に留まったのは、クマのぬいぐるみだった。
有名な○ーさん、とか、リ○ックマとは違うけど。
素朴な、可愛らしい人形だった。
「ん? 和くん、取るの?」
「やってみるかな」
百円を入れて、アームを動かす。
うん。絶妙!
だと思ったが、ちょっと持ち上がった所で落ちてしまう。
「あー。惜しい!」
ち、アームの力、弱くしてあるな?
だが!
高校時代に、荒らしと言われた俺を舐めるなよ?
再び百円を投じると、繊細にアームを動かす。
ここだ!
アームは再び、人形の頭を掴む。が、やはりずれ落ちる。
だが、真の狙いは頭じゃない。
タグの付いた紐、なんだよ!
古典的、だけどな。
狙い通り、アームの爪に紐が引っかかり、人形が揺れる。
爪に吊り下げられた人形は、無事にゲットゾーンへ落下する。
ふふん。まだまだだな。
人形を取り出すと、七海に渡す。
「はい。こういうの好きだったよな?」
「え? いいの? ありがと!」
七海は嬉しそうに人形を胸に抱く。
人形と立場を代わり……スイマセン。
ん……?
好きだった?
また、か。
そんな感じで、少しでも思い出せればいいんだけど。
「ねぇ。これ、取れる?」
七海の言葉に我に返る。
「どれ? ……無理。ここ、アーム弱いから」
「そっかぁ」
同じ会話を繰り返す事、数回。
一、二個試したけど、やっぱ無理で。
お持ち帰りしたのは、さっきの一つだけだった。
「まぁいいか。この子いるし!」
たった一つだけど、七海は満足そうな笑顔に見える。
「んじゃ、そろそろ帰ろうか?」
「そうだね。行こ?」
隣並んで、歩いていく。
そんな姿を遠めから見ている人が居た事に、和人は気が付かなかった。




