【没作】怪物の世界【一発ネタ】
諸事情から没ってフォルダの片隅に放置していたのを、もったいないということで投稿。
諸事情に関しては後書きで。
彼女のために、僕は怪物たちを狩らねばならない。
僕はそのために生まれてきたのだから。
「それで……ええと」
「天木です。天木皇」
「ああ、そうだった。いや、最近歳のせいか忘れっぽくなっちゃってね。患者もこのところ増えてきているし、忘れないようにしてるんだが」
恥ずかしさをごまかすように苦笑いを浮かべた。小さな笑い声が、二人しかいない小さな部屋の中に響く。僕が笑わずにじっと見つめていると、先生はやがて小さく咳ばらいをして、手元のカルテに目を落とした。
先生が僕の名前を間違えるのは、これで4度目だった。きっとそのことも、先生は忘れているだろう。
他の患者ならば怒りを感じるはずだが、僕は特に何も思わなかった。こういったことを含めて、僕はそれなりに先生のことを気に入っているのだ。
先生は彼女のことに興味を持っているから。
彼女のことを受け入れ、知ろうとしているから。
それは僕にとっては何よりも嬉しいことでもあった。
「ふむ、検査のほうは順調だね……目は、今はどうもないかな?」
「はあ。変わらず、です」
「体のほうは?」
「同じく、です」
ふむ、ともう一度言って、先生は「失礼」と僕の右目に指を伸ばした。そのまま上下の瞼に触れて、大きく広げる。空気の冷たさが眼球に伝わる。眉間に皺を寄せた先生が、僕に顔を近付けた。
「やはり変化無し、か……薬のほうは効果無し、ということなのかな……」
さっきまでとは違う「医者」の顔をした先生は、やっと耳に届く程度の小さな声で何やら呟くと、もう片方の目も同じように見て、ようやく僕から離れた。
「最近、何か変わったことはあったかい?」
「いえ、特に」
そうか、と先生はカルテに何やら書き込みながら頷く。こうして僕を観察したり、質問への答えを記録していくのが、先生の仕事だった。
僕にはよくわからないが、先生曰く僕は「世にも珍しい、奇妙な病気」にかかっているのだという。だから週に1、2度、こうして先生の病院へと足を運ばなければならないのだった。
先生によって僕の病気が発覚してからもうすぐ3ヶ月くらいか。先生のもとで「治療」……というか「検査」を受けるようになってから長い時間が経ったけど、その病気とやらは未だに治っていない、らしい。
そもそも当人である僕が病気を自覚していないのだ。治ったかどうかなんて分かるはずもない。ならば僕でない……悪く言えば「他人」である先生にも、分からないだろう。
例え、僕よりも何倍も頭の良いだろう医者であっても。
患者が自覚しない病気を、どうして治療できるだろう?
「ふむ……じゃあ次は、これを見てくれ」
そう言って先生が取り出したのは、一枚の写真だった。キャンプ場か何からしい、緑の生い茂る場所に並んだ、大人の男女と、小さな子供の写真。どこにでもあるような、家族の姿。
「家族写真ですか。先生の知り合いですか?」
「いや、違うよ……やっぱり、生きたものにしか、反応しないのか?」
すぐに写真は先生の白衣の中にしまわれてしまった。その瞬間に聞こえた先生の呟きは、今までにも増して意味が分からなかった。
◆
「そういえば、今日も彼女は家で留守番をしているのかい?」
いくつかの質問をした後、今日の「検査」は終わり、部屋の中の空気が少しだけ緩くなる。
いつの間にか出されていたお茶を飲んでいると、先生は椅子に座る姿勢を崩しながら、そう話しかけてきた。医者としての質問とは異なる、感情のこもった問い。
そこにどんな感情がこもっているのかは、僕には分からなかったけど。
「はい。あの子は自分ひとりじゃ外に出られないから。今ごろは作り置きしておいた昼食でも食べてるんじゃないですか?」
「はは、今頃昼食か。朝に弱いのは相変わらずのようだね」
二人揃って壁にかけてあった時計を見、笑う。時計の針は既に午後の3時を過ぎていて、今からじゃあ昼食、というより3時のおやつだ。
あの子、彼女、伊麻野梓。
朝に弱い、というよりは夜に強すぎる彼女は、傍目には僕以上に病人らしい少女だ。見た目や性格、普段の生活での行動、全てを統合した理由から、僕も先生もそう思っていた。
だから先生が彼女に興味を示すのは、彼女を病人だと判断しているからだろう。いつか、彼女をここに連れてこれまいか、なんてことを言われるかもしれない。
だけどその時僕はきっと、先生の希望に応えることはできない。
彼女はあの部屋から出してはいけないのだ。
ずっと昔、先生と出会うよりも前に僕が彼女と、そう決めたのだから。
『だからコウ、あなたはご飯を作ってくれない? 私を生かすために。あなたがしたくないというのなら、話は別だけど』
あなたの私への愛が、ただその程度だったのだと分かるだけよ。
そう言われては、断ることなんてできない。彼女はどうすれば僕を思うとおりに動かせるか、それを知っている。恋は盲目とはよく言ったものだろう。
「ああ、そういえば昨日、彼女と家でゲームをしてたんですけど……」
だけど僕は絶対に後悔することはない。彼女をあの部屋に閉じ込めたことも。彼女の言いなりとして動いていることも。
……ああ、もしかすると。
これこそが、僕の病気というやつなのだろうか?
先生に別れを告げ、病院から出た。やや薄暗かった病院の中とは違い、外の世界は思わず目を細めてしまいそうなほどに明るい。夏が近付いているのが、肌に感じる空気の暖かさで分かる。
そんな外の世界では、怪物たちが自由気ままに歩き回っていた。
どれも人のそれとは大きくかけ離れた、様々な動物の容姿を混ぜ合わせたような異形の姿。ごつごつ、ぶつぶつ、もじゃもじゃ、ぐちゃぐちゃ。彼らが体を動かすたびに、そんな音が耳に入ってくる。
僕は足を動かし、怪物たちの歩く道の中に入り込んだ。僕よりも一回りは大きな巨体に囲まれ、すぐに足元以外が見えなくなった。
【◆■○○▲♪■!】
【○●■◇●◆△❤■~?】
背後から聞こえてくる、電子音を組み合わせたような高い声。会話をしているのだろうか? 少しだけ首を動かして見ると、深海に生息しているようなぶよぶよとした塊が2つ、体を揺らしながら鳴き声を上げていた。
時折小刻みに体を震わせているのは、笑っているのか。相変わらず、怪物たちのことは分からない。分かりたくもないけど。耳障りな音に息をこぼす。
この世界は怪物たちで溢れている。どこも、かしこも。きっと日本全部――世界中。
いつからそうなったのか、もしくは始めからそうだったのかは分からない。僕が自分の名前を覚えるようになった時には、世界は怪物だらけだった。両親の姿を始めて見た時のショックは、今でも覚えている。あれから僕は、ネズミが苦手になってしまった。
怪物に支配された世界。まともな人間の姿をしているのは、僕の知る限り、たった2人だけ。そう考えると、僕と梓が出会い、こういう関係になったのは、偶然ではないのかもしれない。運命と言うのは恥ずかしいけれど、それ以外の言葉を思いつけない。
『相変わらず恥ずかしいことを堂々と考えるね、コウは』
そんなことを思う僕に、彼女はきっとそう言うだろう。少しだけ気持ち悪そうな顔をして。
「……あ、そうだった」
梓の顔を思い出した瞬間、僕は家を出る前に彼女に言われていたことを思い出し、立ち止まった。後ろを歩いていた深海生物2匹の体とぶつかり、前によろめく。深海生物たちは顔にあたるだろう部分をぐにゃりと歪め、全身を大きく震わせながら僕を追い越していった。
僕はそんな2匹の背中を見送りつつ、彼女からの「おつかい」の内容を反芻する。僕よりも病気な彼女と、始めに交わした約束。
『私は怪物しか食べることができないの。だからコウ、あなたが私を好きだと言うのなら、私を愛してると言うのなら、あなたが怪物を――私のために食べ物を狩ってきて』
だから、僕は怪物を狩らなければならない。
何よりも大切な彼女のために。
「……ちょうどいいか、あれにしておこう」
見た目は美味しくなさそうだけど、変わった見た目のものは意外と美味しいと言うし。きっと彼女も気に入ってくれるだろう。
巨体の波に埋もれてしまいそうな深海生物たちを見失わないよう、僕は足を速める。ポケットの中に入れていた折りたたみナイフの感触を、ズボン越しに確認しながら。
そうして今日も僕は怪物を狩る。
怪物しか食べられない彼女のために。
彼女のために在るような、餌場の中で。
書いた後で某エロゲに設定が似ていることに気付き、やむなく封印。
投稿しちゃったら意味ないけど。
これって●●だよね? って感想が来たら削除するつもりです。