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「おはようございます」
仕度を済ませて食堂へ下りてきたらもうすでに響也さんは席に着いていた。
「おはよう。亜美。昨日はよく眠れたか?」
ちらりと新聞からこちらへ視線を寄越しすぐにまた新聞へと戻った。
「はい。よく眠りました。あ、あの。響也さんは今日もお仕事ですか?」
私も席に着くと響也さんは新聞を畳みテーブルに置いた。
「あぁ。今日も遅くなる。先に休んでくれて構わない」
「そうですか。では、ちょっと買い物に行ってきてもいいですか?」
すると、響也さんの目が鋭くなった。
「買い物?それなら野中に任せればいいだろう」
「そんな、野中さんもお仕事があるのに、そんな事頼めません。それに明日仕事で必要なものもあるので買って来たいんですが、ダメですか?」
響也さんは少し考えて、早苗さんを呼んだ。
「早苗。悪いが亜美の買い物に付き合ってやってくれ」
「え!大丈夫です!一人で行けますから!」
「いや、とにかく一人は駄目だ。早苗と行け」
「でも、早苗さんにご迷惑じゃ…」
ちらりと早苗さんの方を見ると、早苗さんはにっこりと笑った。
「亜美さん。一緒にお買い物に参りましょう?私もちょうどお買い物しなければいけなかったから、気にしなくていいのよ」
「…すみません。じゃぁ、お願いします」
なんだか気を使わせたようで、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
早苗さんに頼んだ響也さん当人は、話は終ったとばかりにまた新聞を読み始めていた。
朝食が終わり部屋へ戻ろうとしたら、部屋の前に野中さんが立っていた。
「野中さん?どうされたんですか?」
こちらに気付いた野中さんは、朝の挨拶をした後、手に持っていたずっしりと重そうなファイルを私に差し出してきた。
「亜美さん。こちらが、昨日お伝えしておりました人物ファイルになります」
…そのファイルの厚さは20cmは軽く越えてますが…
三百人はいるだろう顔写真と詳細が詰め込まれていた。
「…あの…これ全部覚えるんですか?」
「もちろんです。昨日申し上げたはずですが?」
確かに聞いていたが、誰もこんなにいるとは思わないだろう。
「…わかりました」
かなり大変そうだったが少しずつ覚えて行こうと思った。
「次の週末にはこの方達をお呼びして社の創立35周年の記念パーティーがございますので、それまでにお願い致します」
野中さんは衝撃的な事を平然と言ってのけた。
「つ、次の週末と言うことはあと一週間ですよね…」
「そうなりますね。では、頑張って下さい」
その分厚いファイルを私の手に乗せるとさっさと行ってしまった。
「…うぅ…。一週間でこれ全部なんて無理に決まってる…」
半泣き状態で部屋に入り、そのファイルを机においた。
ふと、ファイルに何か挟まっているのを見つけた。
「何かしら?」
それはどうやらメモのようだった。
-特に重要な人物には印をつけておきました。全部が無理そうであれば、その方達だけでも完全に覚える様にして下さい
野中-
「…ならさっき言ってくれればよかったのに…。…こういうのをツンデレっていうのかしら…」
結局、覚える期日が長くなったわけでも人数が減ったわけでもないが、最低ラインがわかっただけでも途方にくれていた亜美にはありがたかった。
「とりあえず、この印の着いている人から覚えればいいのね…」
一体なぜこんな事をしなければいけないのか…。いくら、会社の為とはいえ全く意味がわからなかった。
「響也さんの婚約者になりたい人なら大勢いるでしょうに…」
いくら取引で人質のようなものだと言えども、わざわざ私でなくても、もっと優秀な人に頼めばいいのに…。
そうしたら、響也さんもいらない苦労しなくて済むのになぁ。