第一話 一日のはじまり
窓から差す朝日が、さんさんと部屋に降りかかる。
照らされた部屋は、シンプルでいて写真が多く飾られた、女の子らしい飾り付け。
部屋の主は、ベットにいた。
きっちりと布団をかぶって、すやすやと寝息を立てている可愛らしい女性だ。
やがて、女性の、高津美帆の丸い頬がぴくぴくと動いたかと思うと、目がそろりと開いた。
まだ、寝ぼけてるような顔である。
美帆は体をのろのろと起こしながら、きょろきょろと辺りを見渡した。
そして視線を止めたのは、七月を主張する三角形のカレンダーの、目覚まし時計。
「…………なんで、9時?」
はじめて口を開いた美帆は、すっかり目が覚めたようである。
美帆は慌てて部屋を出て行った。
リビングに行くと、田沢里織が朝食を並べていた。
エプロンに身を包む彼女の後ろ姿は、つややかな墨色の長髪と相まって、不思議とほっとするものがある。
ダイニングテーブルに並ぶは朝食は、太陽のように輝くスクランブルエッグと香ばしく焼けたトースト、色とりどりのサラダにブラックホール色に甘ったるい色の二種類のコーヒー。
「さとり先輩! 私、やばいですよ!」
「あんたは明日が朝一でしょうが。まだねぼけてるんなら、冷や水浴びてきなさい。ちょうど、氷があるわよ」
「…………あぁ!」
冷ややかな里織の言葉に、一気に頭の冷えた美帆は納得したように頷き、
「でも、冷や水は勘弁してくださーい」
そして、洗面所へ逃げていく。
里織はやれやれと溜息をついていた。
それから、すっかり支度を終えた美帆は朝食を食べた。
里織も、彼女の目の前に座って食べている。
お互いフォークとナイフを使っているが、里織が特に上手だった。
時折、二人は会話を挟んで、とてもさわやかな朝の風景に見える。
「今から寝坊してると、これから大変ってわかってる? それと家でも少しは落ち着きなさいよ。騒々しいわ」
「すみません」
実際は里織が愚痴って、美帆は素直に謝っている構図である。
しかし、見ようによっては滑稽である。なぜなら、美帆は里織よりずっと背が高い。それがなんだか、後輩が里織で、先輩が美帆に見えるのだ。
それに愚痴っているものの、里織の表情にとげとげしいものはない。むしろ、妹を見守るお姉さんのように見える。
「もう。謝れば、簡単だって思ってない?」
「さとり先輩なら、きっと許してくれると思ってますから」
その言葉に里織が何かを言おうとしたが、彼女は可愛らしく笑った。
「私なりの信頼ですよ?」
「いらないわ」
しかし、里織はばっさりと切り、おいしそうにフォークをすすめて、ふと彼女に聞いた。
「美帆ちゃんは今日、講義は夕方まであるの?」
「そうですよ。補習が入りまして。だから、買い物お願いできます? 夕食を作るのには間に合いそうですから」
「私がするわ。無理にしなくていい。私が代わりにしてもらうときもあるでしょう?」
美帆は申し訳なさそうな顔をするが、里織は苦もなく引き受けた。そして美帆は笑った。
「ありがとうございます」
「そういえば、あの服はまだ着ないの? 前に、一緒に買い物に行ったときの青いスカートよ」
今の美帆の装いは、クリーム色のサマーセーターに裾のほつれたショートパンツである。
ぴたりと張りつくようなサマーセーターが、彼女の豊満なシルエットをやたら艶美に仕上げていた。なんとなく匂いたつものがある。
逆に里織は、淡いピンクの半袖シャツを上から羽織り、ミニのギャザースカートからのびる足を薄手のストッキングが包んでいる。
「……あー、あのお揃いのですね。せっかくお揃いの色が手に入ったんですから、さとり先輩が着てくれたら私も着ます」
「どこかお揃いよ。色が同じなだけじゃない。…………いいわ。明日、はくわ。美帆ちゃんもそうしなさいよ」
「ラジャです」
「そのしゃべり方、やめなさい」
「えー?」
唐突に、里織が不愉快そうな顔になった。
美帆は調子に乗ったように笑うが、里織は顔色を変えない。
「あいつの友達なんかの影響受けてるみたいじゃない」
「だって、面白いんですもん」
「やめて」
「ちぇー。わかりましたー」
美帆は、からかっているようにも、残念そうにも見える面持ちで、けらけらと笑う。
それを見て、今にもやれやれと言いそうな里織であった。