「お情けで婚約してやってるんだ」とドヤッたら、 お情けで婚約してもらっていたのは自分の方だった件
先日11歳になったばかりの第二王子は、10歳年上の婚約者が気に入らなかった。
自分よりも年上で、自分よりも背が高く、自分よりも賢く、自分よりも強かったから。
第二王子は毎日家庭教師の授業を受け、毎日好き嫌いなく食事をし、毎日護衛騎士に稽古をつけて貰っている。
大人の婚約者の隣に並んで立っていると、なんだかそれらが無駄なことのように感じられて、気に入らなかった。
婚約者は3年前まで正妃の護衛騎士だった。
女ながらも剣技に優れ、同性の文官や侍女たちに「剣姫」と呼ばれて関心を集めていたという。
いまだに彼女が王城に来る日は侍女たちの間に浮き立ったような空気を感じるのだ。
実に、気に入らない。
婚約者らしく過ごすようにと、お茶会などの二人の時間を取らされているときには、あれもダメこれもダメとうるさく口を出してくる。
わかっている、と答えれば(仕方がないですね)とまるで我儘な弟を見るようにそっと微笑むのだ。
本当に本当に気に入らない!
◇
第二王子は第二側妃の子として生まれた。
6つ歳の離れた兄の第一王子は正妃の子として生まれ、城内でも優秀だと評判だった。
たまに図書室ですれ違う程度の関わりだが、腹違いの弟に対しても含むところを感じさせないよくできた兄だった。
第二王子は王位になんて興味はなかったが、母方の親族に与えられた教育係に囲まれ、積み上げられた教本を義務として粛々とこなしていった。
おじいさまや周りの人間は第二王子が王にふさわしいと言う。
何を根拠に言っているのかはわからなかったが、うなずいて適当に流していた。
また、彼らは今の婚約者は第二王子にふさわしくないと言う。
「行き遅れを拾ってやった」「王命でなければもっとふさわしい令嬢を選べたものを」「お情けで婚約してやっているのだ」「もっと感謝をすべきだ」という。
そうなのか、と思った。
その言葉には第二王子は少し心が湧きたつような気がした。
◇
その日はいつもの茶会の時間のほかに、観劇の予定が組まれていた。
出発前に馬車へと向かっていると、婚約者は警護計画について口を出してきた。
その時、おじいさまたちの声が脳裏によみがえり、第二王子の口から思ったよりも勢いよく言葉が飛び出した。
「私の護衛騎士のことに口を出すな!私は毎日そばに付いているものを優先する」
「私はいきおくれをおなさけで婚約してやってるんだ‼」
と。
途中ちょっと声が裏返ったかもしれない。
その時の彼女の表情はどうだったろうか。
言い放ったのは自分なのに、頭の中が真っ白になった。
次の瞬間、すごい勢いで後ろから首根っこをつかまれた。
振り向くと第一王子が見たこともないような形相で第二王子の襟首をつかみ上げていた。
廊下の向こうから、会話というには一方的なそれを聞きとがめて、護衛騎士が止める間もなく駆け寄って来たのだ。
「ちょっとこちらに来なさい」
第一王子は有無を言わせず第二王子を引きずっていった。
◇
第二王子を温室まで引っ張ってくると、第一王子は襟首をつかんでいた力を緩め、「自分たちの会話が聞こえないくらいの位置まで下がるように」とお互いの護衛に命じた。
第二王子をベンチに座らせて、その正面にかがみこんで目線を合わせる。
「まず、お前と彼女の婚約について説明しよう」
本当は父上や母上からすべきだとは思うが、このままでは彼女に申し訳ないからね、と。
この婚約は第二王子を護衛するために、解消前提で結ばれたものだった。
彼女には将来を誓い合った騎士の恋人がいたが、彼は任務中に殉職した。
その時の彼女は気丈にふるまっていたが明らかに無理をしており、王妃はしばしの休息を命じた。
時間が過ぎて日常が静かに戻ってきたが、彼女は少しずつ舞い込み始めた求婚の申し込みや縁談には頑として首を縦に振らなかった。
彼女の両親は、もうこのままでもいいかもしれないと考えた。
ただ、「このまま」の彼女にはふわふわとした危うさが残っていた。
「守る存在があった方が支えになるかもしれない」
そう考えた両親は王妃にも相談をし、第二王子の護衛を前提とした婚約を勧めた。
彼女はそれならば、と受け入れたのだ。
「もともとこの婚約は期間限定で、解消するのが前提だったんだ。継承問題で私たちの間に余計なことを考える者たちがいるのは理解しているね?」
そう、第二王子自身3年前に襲撃を受けて、周囲に少なくない犠牲が出た。
おじいさまは第一王子の陣営の仕業だと騒ぎ立てていたが、証拠になるものが出ず解決はしなかった。
第二側妃は第二王子を産んだ。正妃は第一王子を。
3年前は第一側妃が一人、男児を産んでいた。
母の違う王位継承者が3人。
本人たちの意思はともかく、周囲の思惑は絡まりあった。
「なぜ私が今、彼女の事情をお前に詳しく話したのか」
しっかりと目をそらさない第一王子の語調は穏やかなのに、なぜか無性に逃げ出したくなった。
「彼女の亡き恋人は、お前が襲撃された時に殉職した騎士だ」
音が遠くなった気がした。
外出の帰りに襲われた馬車、馬のいななきと怒号。鉄のぶつかる音。
幼い時から付いていてくれた護衛騎士が、守り、励まし、鉄火場から逃がしてくれた。
気づいたときには安全は確保され、泣き叫ぶ母に抱きしめられていた。
命の奪い合いにさらされた恐怖で倒れ、次に意識がはっきりしたのは数日後、側に控えていたのは新しい護衛騎士だった。
自分を逃がしたあの騎士は自分の隣に戻ってこなかった。
「わたしがなぜあの場からお前を引きはがしたのか、わかるね?」
さっき、私は何を。
「いきおくれをおなさけで婚約してやってるんだ」と。
私を守って、婚約者を失った人に。
あの優しい騎士を奪った私が。
「あ、にうえ」
声がひどく掠れていた。
謝らなくては。
でもなんと?どれから?
嫌々とした態度を隠そうとしなかったことを?
恋人を犠牲にさせたことを?
何も知らなかったことを?
ひどい言葉を投げつけたことを?
何ひとつ取り返しがつかないのに。
謝って。何になるのか。
その時だった。
離れていた護衛騎士が叫んだ。
「伏せて!!」
刺客だ。と分かった時には護衛騎士たちが二人の王子の周りを固めた。
視界の端に赤い炎がチラつく。
「こんな場所でなりふり構わずか!!」
腰の剣を抜いた第一王子に引き寄せられて、身を低くするようにぐいぐいと押されてされるがままとなる。自分は時が経ってもあの時と変わらない非力な子供だった。
剣戟に交じって温室のガラスが砕ける音が聞こえた。
「殿下!!」
そのよく通る声は、婚約者のものだった。
ドレスを着ているとは思えない身のこなしで飛び込んできた彼女は、どこから調達したのか2本のショートソードを巧みに操って襲撃者をいなして距離を詰めてきた。
「お待たせしました!さ、走れますか?」
「あ、私、私は」
「私はこの場で騎士に助力します。殿下方はそちらの護衛二人とお逃げください」
第一王子と第二王子のそばにそれぞれ護衛騎士がかばうように寄りそった。
戦えない自分が逃げなければ、守ろうとする意識が残る彼女たちの足を引っ張るだろう。
3年前のように。
「行くぞ」
「っ、はい」
背中越しに届く鉄のぶつかる音と悲鳴に引き裂かれそうな想いになりながらも、必死で足を動かした。
◇
この場にそぐわぬドレス姿の女は、走り去る第二王子たちと襲撃者との導線を断ち切るように陣取って、気配を探りながら双剣をかまえた。付けられた炎が徐々に燃え広がっていくのがチリチリと肌に感じられる。
一人で殿を請け負ったわけではない。この場に残った味方の騎士は、現役時代に鍛錬を共にしたこともある仲間だ。
やりやすくて十分勝算のある仕事だ。
胸の奥に押し込めていた箱が、ゆっくりと開いていくような気がした。
大事なものを踏みにじられる怒り。戦いの高揚感。復讐の期待に満ちた仄暗い歓び。
(すべて飲み込んで冷静であれ)
ともに剣を磨いた彼の言葉は忘れるまでもない。
距離を詰めてくる凶刃をいなし、細かく攻撃を入れながら脳裏に第二王子の先ほどの顔が浮かんでくる。
(あれは聞かされた顔だな。)
反抗期を隠しきれずに年上の自分にぶつけてきていた少年が、真っ白な顔をして私を見つめていた。
護衛役を受け入れたのは、いくつかの理由があった。
いつか復讐が叶うんじゃないかという気持ちがあった。
彼が命を懸けて守った者を壊されたくないという意地があった。
引き受けてからは、努力家だけどちょっと伸び悩んでいる少年の、普段はきちんとしまい込んでる苛立ちを年上の婚約者にチラつかせてしまうその姿に
(弟ってこんな感じかな)
とちょっと面白がっていた。
「私の護衛騎士のことに口を出すな!」
「私は毎日そばに付いているものを優先する」
先ほどの言葉を思い出す。仕事として気になる点を詰めておくべきだと思うので、自分の発言は間違っていないと思っているが、私を護衛だと認識していない第二王子の反応も間違いではない。
むしろ私は嬉しかった。
自身を守る護衛騎士を軽んじることのない第二王子の中に、あの子を命がけで守った彼の残したものを見た気がしたから。
あぁ、あの第二王子を守ることが、これからの私の歓びになるだろう。
さあ。さっさと終わらせて、あの子を安心させてあげよう。
剣戟の音はそう長く続かず、白昼堂々と王宮内で起こった襲撃事件は応援の騎士の到着を待たずに鎮圧された。
共に戦った騎士は、薄っすらと笑みを浮かべながら刺客を血祭りにあげていく元女騎士の姿に「剣姫はいまだ衰えず」と同僚に語ったという。
◇
「ただいま戻りました」
着られる状態でなくなったドレスの代わりに、借りた騎士の稽古着に着替えた状態で婚約者が戻って来た。その姿も雰囲気も、「婚約者」のものではもうなかった。
「すまない——」
温室を逃げ出したときに感じた彼女を失う事へ恐怖と、無事に戻ってきた安堵と、後悔と羞恥がぐちゃぐちゃに混ざり合って、第二王子は言うべき言葉を見つけられなかった。
王族が軽々しく謝意を表することなどあってはいけないのに、そばに控える護衛騎士は表情を変えることない。「何をもっての謝罪なのか」「その謝罪が必要なのは第二王子の心なのだ」と周りの大人にはわかっているのだと感じて、ますます心がざわめいた。
一言発したきり逡巡する少年の前にやって来た女騎士は、騎士の作法に則って膝をつき、顔を上げて視線を合わせた。
「殿下、私はいつも殿下が真面目に努力を積み重ねておられるのを誇らしく思っております」
課題を積み上げながらも懐柔をしようとすり寄る者と線を引き。
「日々を共にする護衛騎士を優先するのだという言葉に喜びを感じました」
彼が渡したものを受け取って大事にしてくれているのだと。
「まだしばらくは、婚約者のかたちでお守りすることになるかと存じますが、それをお許しいただけますか?」
優しく問われたその言葉に、第二王子の胸はぐっと詰まった。
許されたいのは、自分だ。
鼻の奥がツンとする。
婚約者のかたちではあるが、すべてがつまびらかになった今、二人の距離感は第二王子と護衛だ。
それでも、昨日までよりももっと近い何かになった。
「まだしばらくは、婚約者でいてくれるのか」
「はい。まだしばらくは私のお小言を聞いていただきたいですね」
「っく。ちゃんと努力する」
「正式な婚約者さまができるまでの練習です」
「……婚約を解消したら、お前の瑕疵になるだろう。次の婚姻に差し支えてしまうのが心苦しいな」
彼女から奪うだけの子供の身が情けない、と。
すると女騎士は「あはは!」と声を上げて笑った。
「それが狙いでこのお役目を受けたんです」
亡き婚約者以外のもとへ嫁がなくてもよいように。
「ちょうどよい理由付けになると踏んだんです」と、嫌みのない至極いい笑顔で、晴れ晴れと言いきった。
その姿はドレスもアクセサリーもなく、髪も適当に結わえているような状態なのに、手の届かない星のようにキラキラと輝いて第二王子の胸に焼き付く。
「これからもよろしくお願いしますね」と立ち上がりながら差し出された手のひらをしっかりと握り返したら、そっと耳元に顔を寄せて彼女は言った。
「殿下はまだまだ、もっといい男になりますよ」
壁に控える護衛騎士から、抑えたようなため息が漏れ聞こえた気がした。
ふと、先ほど厳しく諭してくれた兄を思い浮かべる。
兄上は後で時間をとってくださるだろうか。
気づいたときにはすべて終わっていた、行き場のないこの気持ちをこっそりと聞いてもらいたいと思った。
お読みいただき、ありがとうございました。
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