2-5-1 THAT SEAT
mcRC「この小説の歌は実際に聴けるから、聴きながら読んでみてくれよな」
聴く場合はこちら:
コピペしてブラウザに貼り付けて、、、。とぶぞ。
THAT SEAT
https://youtu.be/RroRseSoJ_8?si=hIIpjx5z-IxxfnTJ
BBQ
https://youtu.be/EtMf8rkKn_0?si=fOf9lmgp2QZR2MKR
HOMEBASE
https://youtu.be/ARSsZ0r8CRc?si=2e8PbVXltjdbNr2Q
feel
https://youtu.be/PAmI_q-HbFU?si=FZuLbe2ZiBzmms51
keep moving
https://youtu.be/QWW73v7L1D0?si=7YEjlRgRRuQhve80
CALL ME OUT
https://youtu.be/Y161l0pX_wA?si=GZjh8_JyrDkMdkLv
READY
https://youtu.be/P2sNZMSjjdU?si=GsE110DD92sYEhr4
SHOWTIME!
https://youtu.be/RrqmZjsded4?si=kZt8W-O5sWGhMJaN
ATTACK
https://youtu.be/tRSOHKXvij8?si=xqiYugwdtS0mTWMu
SAY IT TO ME
https://youtu.be/AdAhmiHwxfM?si=BMBopJs6y9S6hLWM
ORIGIN
https://youtu.be/v7r3_l4mYQM?si=l1vPLtDcNWjW9O6H
nofake
https://youtu.be/oV7c-3TJMgM?si=WDW85lU6iqQsmqZy
決めろ!はコチラ
https://youtu.be/P_2d3hcx3Uw?si=hvvTW3RMB2adTtwN
RUN IT
https://youtu.be/ptZZJdr_2hc?si=1Fw9cRYCdJAd1so4
ORDER
https://youtu.be/AdAhmiHwxfM?si=BMBopJs6y9S6hLWM
サングラスは、三つとも黒だった。
けれど、並べてみるとまったく同じではない。
mcRCのものは、細いフレームだった。
長めの黒髪が目元まで落ちて、レンズの上に前髪がかかる。センターで分けても、少し動くとすぐ戻る。そのせいで、鏡の中のmcRCは、目元だけが夜に沈んだみたいに見えた。
wataのものは、少し丸い。
髪はmcRCより長く、後ろでゆるく結んでいる。本人は「知的に見える」と言い張ったが、サングラスをかけると、知的というより、授業終わりにそのままクラブへ来た人みたいだった。
EGUIのものは、角がある。
短髪で、三人の中では一番筋肉質な体。黒いサングラスをかけると、言葉数の少なさまで衣装の一部になったように見えた。
リバクラボの小さな鏡の前で、三人はしばらく黙っていた。
机の上には、マイク。
ノートパソコン。
水。
歌詞カード。
赤ペン。
スマホを立てるスタンド。
その横に、今日の曲名が書かれた紙。
THAT SEAT
wataが鏡越しに二人を見た。
「なあ」
mcRCがサングラスの位置を少し直す。
「なに」
「これ、ほんまに今日から?」
「今日から」
「急に?」
「急にではないやろ。そろそろや」
wataは、鏡の中の自分を横から見た。
「そろそろ、って何が?」
mcRCは少しだけ考えた。
「フォロワー増えてきたし」
「うん」
「切り抜きも回ってるし」
「うん」
「昼の顔もあるし」
「うん」
「顔バレ防止」
wataは、そこで口元だけ笑った。
「それ、理由の半分やろ」
mcRCも少し笑った。
「まあ、半分は」
EGUIが後ろから言った。
「半分より多いな」
wataが振り向く。
「比率に厳しいな」
EGUIは鏡の中の三人を見たまま、淡々と言った。
「顔バレ防止だけなら、もっと目立たない形もある。これは守るためでもあるけど、見せるためでもある。そこは分けた方がいい」
wataは手を叩いた。
「はい、今日の日本語講座」
EGUIは眉も動かさない。
「日本語講座というより、意味の整理だな」
「言い換えがもう先生やん」
「誤解される言い方は、後で戻ってくるからな」
mcRCは二人のやり取りを聞きながら、鏡の中の自分を見ていた。
サングラスをかけると、少しだけ別人になる。
mcRCではある。
でも、昼の自分そのものではない。
Reverse Crownとして画面に出る顔。
ラッパーに見せたい。
それは本音だった。
同時に、隠したい。
それも本音だった。
フォロワーが二万人を超えた。
同時視聴も増えた。
コメント欄の流れは早くなり、切り抜きは自分たちの想像より遠くへ飛んでいくようになった。
嬉しい。
けれど、それは少し怖い。
三人とも、夜だけで生きているわけではない。
昼の仕事がある。
人間関係がある。
昔の知り合いもいる。
現実の生活圏もある。
だから、少しだけ線を引く。
顔を隠す。
でも、声は出す。
目元は隠す。
でも、言葉は残す。
EGUIが、机の上の歌詞カードを手に取った。
「今日、この曲からサングラスなのは、合ってるかもしれないな」
mcRCが見る。
「合ってる?」
「目は隠す。でも、席の責任は隠れない。顔を守る話と、立場を背負う話が同じ日に来る」
wataが少し笑った。
「それ、意図してなかったけど、言われるとそう聞こえるな」
EGUIは歌詞カードの一行を指で押さえた。
その席は 椅子じゃねえ
「この一行があるから、見た目だけの回にはならない」
wataは、歌詞カードを覗き込む。
「今日の曲、ほんま強いな」
「強い」
mcRCは短く答えた。
wataは、いつものように茶化さなかった。
「でも、これ、ただの上司批判にしたら終わるで」
「うん」
「それは絶対違う」
「分かってる」
EGUIが言った。
「この曲は、上にいる人間だけに向けた曲ではない。部下側にも、自分の位置を考えさせる。上司の上司にも、自分が何を見ていないかを問う。だから一方向に見せない方がいい」
wataがうなずいた。
「三つの視点やな」
「そう」
mcRCは、歌詞カードを受け取った。
紙の端は、もう少し曲がっている。
何度も読んだせいだった。
一ヶ月前。
この曲のオーダーが入った。
配信の終盤だった。
その日は、最初は別の話をしていた。ライブに向けて必要な曲、社会人層に刺さる曲、働いている人の中にある言葉。
その流れで、コメント欄に仕事の話が増えていった。
上司の責任って曲にできますか
部下を潰す人って、悪気がないから余計しんどい
「仕事ってこんなもんだろ」で終わらせる人が本当に嫌です
聞けば怒られて、聞かなきゃ詰められる
人を育てる席にいるなら、人を見てほしい
wataが、その時、画面を見ながら言った。
「はい、オーダー入りまーす」
軽い声だった。
でも、そのあとすぐ、彼は真顔になった。
「……いや、これ軽く言ったけど、軽く作ったらあかんやつやな」
mcRCは、当時のコメント欄を覚えている。
笑っていた人たちが、少しずつ言葉を選び始めた。
絵文字が減った。
長文が増えた。
誰かが、自分の職場を思い出している。
誰かが、自分の新人時代を思い出している。
誰かが、今まさに座っている席を思い出している。
EGUIがその時、こう言った。
「席の話だな」
wataが聞き返した。
「席?」
「椅子じゃない。立場の話だ。そこに座ると、見えるものが変わる。その分、見なければいけないものも増える」
その一言で、タイトルの芯が決まった。
THAT SEAT。
その席。
その立場。
誰かの明日を預かる場所。
そして一ヶ月。
書いては削った。
熱くなりすぎた言葉を抑えた。
抑えすぎた言葉を戻した。
怒りだけで終わらないようにした。
願いまで残るようにした。
そして今日。
サングラスをかけた三人が、この曲を出す。
配信開始まで、一分。
wataがスマホを確認する。
「待機、もう結構おる」
コメントが流れている。
待機
今日新曲?
サムネ黒い
三人ともサングラス?
何が始まるん
BBQの次にこれ?
温度計いる?
心の耐熱皿持った
wataは笑った。
「耐熱皿勢、まだおる」
mcRCも少し笑う。
「今日は肉じゃないけどな」
EGUIが言った。
「火の話ではある」
wataが見る。
「うまいこと言った?」
「小さな flame が出る」
「あー、歌詞の方ね」
三人はマイクの位置を確かめた。
配信開始ボタンが押される。
画面が切り替わった。
黒い布の前に、三人。
全員、サングラス。
コメント欄が一気に走った。
え!?
サングラス!?
誰www
急にラッパー感
かっこつけてるw
顔バレ防止?
mcRC前髪とサングラスで目が見えない
wata先生感ある
EGUIさん怖い
似合ってるの腹立つ
フォロワー増えたからかな
身バレ対策大事
でも絶対かっこつけもある
wataが画面に向かって指を差す。
「“絶対かっこつけもある”って言った人、正解」
コメント欄が笑いで流れた。
正解なんかい
認めた
半分くらい?
半分以上?
EGUIさん判定して
EGUIが少しマイクに寄る。
「半分以上だと思います」
コメント欄。
判定w
半分以上w
EGUI先生
正直で草
かっこつけも大事
mcRCも笑った。
「まあ、今日は説明しときます」
「フォロワーが増えてきたので、顔バレ防止もあります」
「三人とも昼の顔があるので」
「あと、普通にラッパーっぽく見せたいのもあります」
wataが横から言う。
「そこまで正直に言わんでええ」
「嘘つくよりいいやろ」
EGUIがうなずく。
「見せたいなら、見せたいと言った方がいい。隠す理由と見せる理由は、両方あっていい」
コメント欄。
ちゃんと説明するの好き
昼の顔あるのリアル
社会人ラッパー
仕事バレ気をつけて
でもかっこいい
EGUIさんの言い方すき
隠す理由と見せる理由
wataはサングラスの位置を少し直した。
「ということで、今日からしばらくこんな感じです」
mcRCが続ける。
「顔が見えにくくなった分、声と曲で覚えてください」
EGUIが、少しだけ間を置いて言った。
「顔は隠せても、言葉は残ります」
コメント欄が、少しだけ反応の温度を変えた。
顔は隠せても言葉は残る
今日のテーマっぽい
もう怖い
何の曲やるんだ
サングラス回、急に深い
mcRCは、その流れを見て、マイクに近づいた。
「今日は、新曲をやります」
コメントが跳ねる。
来た
新曲!
タイトルは?
BBQ系?
仕事系?
怖い?
さっきの言い方だと怖い
mcRCは歌詞カードを見た。
「一ヶ月くらい前に入ったオーダーから作った曲です」
wataが画面を見ながら補足する。
「あの時、コメント欄かなり静かになったやつ」
EGUIが、机の上の紙を置き直す。
mcRCは、当時のコメントをいくつか読み上げた。
「上司の責任って曲にできますか」
「部下を潰す人って、悪気がないから余計しんどい」
「仕事ってこんなもんだろ、で終わらせないでほしい」
「確認したら怒られて、確認しなかったら怒られる」
「人を育てる席にいるなら、人を見てほしい」
コメント欄は、さっきより少し遅くなった。
あった
覚えてる
あの回か
これは仕事曲か
社会人勢、座ります
もう胃が痛い
今日サングラスでよかったかも
wataが少し笑った。
「座ります、ってコメントがもう合ってる」
mcRCは頷いた。
「タイトルは、THAT SEAT」
画面の端に、タイトルが出る。
THAT SEAT
wataが、ゆっくり言った。
「That seat」
「その席」
「ただの椅子じゃなくて、今そこに座ってる立場とか、役割とか、そこにある責任まで含めて聴いてほしい」
彼はそれ以上、英語を語らなかった。
ただ、言葉の幅だけを置いた。
EGUIが続ける。
「この曲は、上司だけを悪者にするための曲ではありません。ただ、その席に座るなら、見える範囲を広げる必要がある。そこを歌っています」
コメント欄。
見える範囲
もう刺さる
管理職です、聴きます
部下側です、聴きます
新人側も聴きます
上司の上司側も聴け
mcRCは一度だけ息を整えた。
「いきます」
「THAT SEAT」
音が入った。
硬いキック。
乾いたスネア。
暗く沈むというより、背筋を伸ばすようなビート。
三人の声が重なる。
その席は 椅子じゃねえ
誰かの明日を預かる場所
上に立つなら 見下ろすな
見えない痛みまで 見ろ
コメント欄が止まる。
一瞬、本当に止まったように見えた。
それから、細い文字が流れ始める。
初手から強い
椅子じゃねえ
誰かの明日を預かる場所
見下ろすな
今日やばい
サングラスでこれ言うの圧がある
曲は進む。
仕事ってこんなもんだろ?
その一言で 誰かの火を消すな
気づかぬまま 人を潰すな
その声は 刃にも灯にもなる
仕事ってこんなもんだろ、嫌い
言われたことある
悪気ない人が言うからきつい
刃にも灯にもなる、ほんとそう
その声、で泣いた
言葉の責任の曲だ
Hook。
三人の声が、少し広がる。
Lead me up, don’t break me down
その手で潰すな 小さな flame
Raise me up, don’t shut me down
人を導くなら 背中で示せ
英語は派手ではなかった。
上げてくれ。
壊すな。
閉じ込めるな。
導くなら背中で示せ。
意味が前に立っていた。
Lead me up いい
break me down がきつい
小さなflameって火か
小さい火、消すな
英語なのに意味が入る
wataの英語、音だけじゃなく意味ある
wataのサングラスの奥で、目が少しだけ動いた。
コメントは見えている。
でも、歌は止めない。
That seat, that weight
座るなら 背負え
That word, that blade
言葉には 重さがある
座るなら背負え
That word, that blade
言葉には重さがある
上司側に刺さる
これ部下側も刺さる
今日のHook強い
mcRCのVerse。
朝の事務所。
冷えた蛍光灯。
机の上の報告書。
笑っている人。
目の死んだ横顔。
配信画面の黒い布の向こうに、別の部屋が見えた。
「仕事ができる」って 何を見て言う?
現場に詳しい? 声がでかい?
判断が早い? それだけで leader?
なら育たない部下は 誰の責任だ?
コメント欄が加速する。
これ聞きたかった
声でかいだけの人いる
判断早いけど人が残らない
仕事ができる=育てられるではない
leader?の言い方すき
育たない部下は誰の責任だ、強い
mcRCは歌いながら、どこか遠くを見ていた。
サングラスで目は隠れている。
でも、顔の角度で分かる。
この曲は、誰か一人を攻撃するために歌っているわけではない。
過去のどこかにいる自分にも、言っている。
朝礼前の沈黙 コーヒーの湯気
誰も触れない顔色を見てる
平気なふりして 立ってるだけで
もう限界の奴も そこにいる
コメント欄が、少し静かになる。
顔色を見る上司、いたら救われる
平気なふり、分かる
もう限界でも言えない
触れすぎないで見てくれる人ほしい
mcRC、これ経験の声じゃない?
そのコメントは流れた。
mcRCは反応しない。
曲は続く。
信頼は小銭みたいに 毎日積むしかない
前の場所で作った空気も
ここに来た瞬間 残高は zero
信頼は小銭みたいに毎日積むしかない
残高zero、分かる
異動した瞬間リセットされるやつ
場は作り直し
この人、現場見てる
wataのVerseに入る。
部下側。
音の密度が上がる。
言われた通りに やろうとしてた
でも言われるたび 手が止まった
ミスを減らすため 確認したら
「なんで分からない?」で 心が黙った
心が黙った
しんどい
これ新人時代
確認したら怒られる
手が止まるんだよ
分からないと言えなくなる
wataの言葉は、韻で走っている。
でも、ただ走っているわけではない。
詰められる感じ。
正解が消えていく感じ。
足場が崩れる感じ。
それを、音で作っている。
聞けば怒られ 聞かなきゃ詰められ
詰めれば黙って 黙れば責められ
確認したら「遅い」 急げば「抜け」
正解どこだよ 足場が崩れる
コメント欄が一気に濃くなる。
ダブルバインド
正解どこだよ
足場が崩れる、分かりすぎる
これ部下側の地獄
自分が悪いと思ってた
これ、教育の失敗でもある
wataは、サングラスの奥で少しだけまばたきした。
昼の仕事で、彼は何度も見ていた。
質問できない子。
間違えたら怒られると思って、鉛筆が止まる子。
分からないのに、分かりましたと言う子。
彼はそれを、仕事の話としては言わない。
でも、Verseには滲んでいた。
考えろって言う でも聞くなって空気
頼れって言う でも頼れば不機嫌
報告しろって言う でも出したら否定
それで育つか? 閉じるだけだろ
閉じるだけだろ
ここ無理
聞ける空気を作るのも教育
上司側、これ見て
甘えじゃない
聞ける場所じゃないと人は閉じる
Bridgeで、wataの声が少し真っ直ぐになる。
責任を持てって言うなら
抱える範囲を教えてくれ
頼れって言うなら
頼れる空気を作ってくれ
コメント欄。
抱える範囲
それ教えてほしかった
頼れる空気
仕事ってそこからだよ
wata今日えぐい
EGUIのVerse。
音が少し広がった。
上に立つ奴を 誰が見る?
さらに上の席から 何を見てる?
数字だけ見て 現場を見ないなら
お前も同じ穴の中にいる
コメント欄。
上司の上司視点きた
そこまで行くのか
数字だけ見て現場見ない
経営側にも刺さる
同じ穴、強い
EGUIの声は、荒げない。
語気は強い。
けれど、聞き取れる。
言葉を置く順番がある。
誰に何を伝えるかを、見失っていない。
日本語を伝える仕事をしている人間の声だった。
相手に意味が届く形を、知っている声。
「彼は仕事ができる」
その言葉で 何を隠した?
成果の裏で 誰が沈んだ?
残った奴ほど 無自覚に潰してないか?
成果の裏で誰が沈んだ
残った奴ほど、ある
生き残った人が正しいわけじゃない
仕事できる、で隠すな
上の人に聴いてほしい
そして核心へ入る。
責任とは 支配じゃない
権限とは 免罪符じゃない
立場とは 人を下に置くことじゃない
見える範囲を広げる義務だ
コメント欄が、一拍遅れて流れた。
見える範囲を広げる義務
これだ
立場ってそういうことか
EGUIさん、意味を通してきた
上に立つ=見える範囲が増える
今日の答えきた
mcRCは横で聴きながら、胸の奥が少しだけ痛くなった。
その通りだと思った。
上に立つとは、偉くなることではない。
自分の視界が広がることだ。
そして広がったなら、見ない責任は消えない。
Post-Verse。
三人の声が重なる。
相手も見ずに 育ててる気になるな
甘いの一言で 心を捨てるな
人の痛みを ないものみたいに
雑に扱うなら その席から降りろ
「雑」という言葉は、ここで一度だけ重く落ちた。
軽く言わない。
乱発しない。
ここで使うから、届く。
コメント欄。
その席から降りろ
言ってくれた
甘いで終わらせるな
心を捨てるな
これは怒りだけじゃない
でも怒ってる
必要な怒り
そして、三人の声が落ちる。
……仕事ができる?
なら、人を潰すな。
育てろ。
音の隙間が、少し長く感じた。
コメント欄は、ほとんど止まっていた。
Final Hook。
Lead me up, don’t break me down
その手で潰すな 小さな flame
Raise me up, don’t shut me down
人を導くなら 背中で示せ
人を導く気がないなら
その席 代われ
最後の言葉が落ちる。
Outro。
人を潰すのは 人だ
でも人を起こすのも 人だ
上に立つなら 覚えとけ
その席は 誰かの未来に触れている
音が消えた。
三人は、すぐには喋らなかった。
サングラスの奥の目は見えない。
けれど、三人とも何かを見ているのは分かった。
コメントが、少しずつ戻ってくる。
すぐコメントできない
職場で泣きそう
管理職です、聴けてよかった
部下側です、少し救われた
上司側にも刺さる
今日サングラスでよかった
表情見えたらきつかったかも
でも声で分かる
mcRC、これ他人事じゃないよね
mcRCは、そのコメントを見た。
指が少しだけ止まる。
wataが、画面を見ないまま言った。
「今読まんでいいやつは、今読まんでいい」
mcRCは小さく笑った。
「読んだ」
「読んだんかい」
EGUIが、マイクに近づいた。
「この曲は、上司を悪者にする曲ではないです」
コメント欄が静かになる。
EGUIは、すぐには続けなかった。
少し間を置いた。
言葉の置き場所を探す間だった。
「でも、上に立つ人間の言葉は、下にいる人間より遠くまで届くことがあります。届く分、強くなる。強くなるなら、扱い方も変えないといけない」
wataは、何も挟まなかった。
EGUIは続ける。
「その席にいるなら、人を見ろ。これは責める言葉でもあるけど、頼む言葉でもあると思います。人の火を消すな。できれば、火が残るように立ってくれ。そういう曲です」
コメント欄。
頼む言葉
そう聞くと泣ける
人の火が残るように立つ
EGUIさんの説明で入った
ありがとう
日本語がちゃんと届いた
wataも、少し遅れてマイクへ寄った。
「俺からも、ひとつだけ」
mcRCが横を見る。
wataの声は、いつもより少し落ち着いていた。
「部下側のVerseを書いてて思ったんやけど」
「“聞けない”って、能力の問題だけじゃないんよな」
「もちろん、自分で考えることは大事やし、何でも聞けばいいって話でもない」
「でも、聞いたら折られる場所で、聞ける人は少ない」
「それで黙った人を、“主体性がない”って採点するのは、ちょっと違うやろって思う」
コメント欄。
採点って言葉がwataっぽい
聞ける空気
自分で考えろと聞くなを同時に出すな
これ教育の話でもある
wata、今日かなり先生っぽい
言ってること分かる
wataはコメントを見て、少しだけ笑った。
「先生っぽい、は知らんけど」
EGUIが横から言う。
「みたい、で止めておけ」
wataが吹き出した。
「何を守ってんねん」
mcRCも笑った。
少しだけ空気が戻った。
けれど、曲の余韻は残っていた。
mcRCは、マイクに向かう。
「オーダーくれた人、ありがとう」
「軽いテーマじゃなかったです」
「でも、こういう曲を作れるのが、俺らの強みでもあると思ってます」
「上にいる人も」
「下にいる人も」
「横にいる人も」
「今日、何か一つだけ持って帰ってください」
「“その席”って言葉だけでもいい」
コメント欄が、また動き始める。
その席、持って帰る
職場で思い出す
明日からちょっと言葉を変える
部下に聞く前に自分が見る
報告しても折らない
これ、誰かに届いてほしい
歌詞ください
THAT SEAT残る
その中に、ひとつだけ。
流れに埋もれそうな短いコメントがあった。
……部長?
mcRCは、それを見た。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、口元が固まった。
wataは気づいた。
EGUIも、たぶん気づいた。
けれどコメントは、すぐ次の言葉に押し流された。
今日の曲やばい
THAT SEAT歌詞ください
サングラス越しでも分かる熱
これスレ荒れるぞ
社会人勢集合
部長って何?
え、誰か言った?
流れた?
何?
mcRCは、拾わなかった。
拾えば、今日の曲の話が違う方向へ動く。
だから彼は、画面の奥に視線を置いたまま、ゆっくり続けた。
「THAT SEAT、歌詞は出します」
「ただ、これは誰かを叩くためじゃなくて」
「自分が座っている席を、一回見るための曲です」
「そこだけ、忘れないでください」
コメント欄は、また曲の方へ戻っていった。
忘れない
見ます
自分の席を見る
今日はありがとう
サングラス初回でこれやるのズルい
顔隠して言葉で殴ってくる
いや灯してくる
THAT SEAT、残る
wataが、息を吐く。
「いやあ……今日のこれ、だいぶ来てるな」
mcRCが笑おうとする。
「来てる?」
「来てる。社会人勢が全員、椅子に座り直してる」
コメント欄が拾う。
椅子に座り直してるw
その席だからな
管理職、今ちょっと姿勢正した
新人、今ちょっと泣いた
座り直す曲
EGUIが言った。
「座り直す、いい表現だな」
wataがすぐ反応する。
「お、採用?」
「採用というより、今の曲に合ってる。立ち上がれと言う前に、自分がどこに座っているかを見る。そういう順番だから」
wataは少しだけ黙り、それから笑った。
「今日のEGUI、ほんま喋る」
「言葉の話だからな」
配信は、そこから少し雑談へ移った。
サングラスの話。
歌詞公開の話。
明日の仕事の話。
コメント欄には、自分の上司への怒りを書く人もいれば、自分が上司として失敗した話を書く人もいた。
mcRCは、拾えるものだけ拾った。
「それはしんどかったな」
「でも、その人個人をここで叩く場所にはしないで」
「明日から一つだけ変えられるなら、それで十分やと思う」
「自分を責めすぎなくていい」
「でも、自分の席は見よう」
言葉を選びながら。
サングラスの奥の表情は見えない。
けれど、声の温度は隠せなかった。
しばらくして。
コメント欄の流れが、ほんの少し緩んだ瞬間だった。
ひとつのコメントが、画面を割った。
ぶちょーーーーー!!!!!!!
mcRCの動きが止まった。
wataが、コメント欄を見たまま固まった。
EGUIも、ほんの少しだけ顔を上げた。
コメント欄が、一瞬遅れて反応する。
え?
部長?
何?
誰?
ぶちょー!?
mcRC?
知り合い?
何が起きた?
さっきの部長ってこれ?
え、身内?
mcRCは、マイクの前で固まったまま、声を漏らした。
「……え!?」
mcRC「この小説の歌は実際に聴けるから、聴きながら読んでみてくれよな」
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