配信に映るわっち
「悪者退治だ」
彩芽がそう言った瞬間、俺は反射的に足を止めた。
「……悪者?」
軽く聞き返したつもりだったが、声が少し上ずっていたのが自分でも分かる。
さっきまでの相手は、モンスターだった。
殴れば殴り返してくるし、斬れば斬り返してくる。
分かりやすい敵だった。
だが悪者という言い方は、あまりにも人間的だ。
「何か、感じるのか?」
俺がそう問うと、彩芽は当然のことのように頷いた。
「あぁ。男が三人。あれは、悪意を持った輩だな」
「……悪意?」
「そうだ。人の気配と、その奥にある濁り」
彩芽は視線を遠くに向けたまま、淡々と続ける。
「ダンジョン内には、モンスターの魔力と、人の意思が混じって流れておる。その中で、悪意というものはひどく目立つのだ」
まるで、異物を見るような口ぶりだった。
「で、その悪意を持った三人が――他の人間に迫っておる」
即答だった。
胸の奥が、ひくりと嫌な音を立てる。
「……そんなことまで分かるのか」
「分かる」
迷いのない返答。
「モンスターは本能で動く。だが人は違う。害そうとする意志、奪おうとする感情……それは濁っておるのだ」
彩芽は、ふっと鼻で笑った。
「隠そうとしても、隠しきれるものではない」
俺は無意識に拳を握りしめていた。
彩芽は、ゆっくりとこちらを向く。
「……では、お主に改めて問おう」
声音が、わずかに低くなった。
「助けに行くか?」
一瞬、言葉に詰まった。
行くか、行かないか。
その選択肢がこんなにも重く感じたのは久しぶりだ。
正直に言えば――勝ち目は、薄い。
さっき倒したグランド・トロールだって、奇跡みたいなものだった。
冴斬がなければ、俺は今ここに立っていない。
しかも今回は、相手が人だ。
対人戦。
俺の経験したことのない分野。
しかも相手は三人だ。
分が悪い、どころじゃない。
頭の中で、最悪の未来がいくつも浮かぶ。
駆けつけたはいいが、何もできずに倒れる自分。
あるいは、誰かを守れなかった自分。
――また、俺は逃げるのか?
胸の奥で、何かがチリチリと疼いた。
見て見ぬふりをして、
「自分には関係ない」と言って、
身の丈に戻るのか?
「……勝ち目がないのは、分かってる」
俺は、正直にそう言った。
「正直、怖いよ。さっきの戦いで、自分が強くなったなんてこれっぽっちも思ってない」
足は、まだ震えている。
「でも――」
視線を上げる。
「手の届く範囲くらい、守れる男になりたいんだ」
理由を並べるのはやめた。
そんなもの、後付けでしかない。
ただ一つ確かなのは、ここで背を向けたら俺はまた同じ場所に戻る、ということだけだった。
彩芽は、しばらく黙って俺を見つめていた。
「相手は三人。分が悪い。死ぬかもしれない。それでもお主は、人を助けに行くと?」
「あぁ。もう決めたことだ」
わずかな間訪れる静寂。
やがて、彩芽は口元を緩める。
「……いいぞ。ますます気に入った」
楽しげな声音だった。
「お主、名は?」
「……ふっ、そういえば自己紹介してなかったな」
思わず苦笑が漏れる。
「三枝恒一だ」
「ふむ、恒一か」
彩芽は、その名を一度噛みしめるように繰り返した。
「良い名だ」
そして、俺の方へ一歩近づく。
「では、少し借りるぞ」
「……え?」
問い返す間もなかった。
次の瞬間、背中から何かが滑り込んでくる感覚。
意識はある。
だが身体の主導権が、ふっと遠ざかる。
「落ち着け。意識は保ったままでよい」
頭の内側から、彩芽の声が響いた。
「わっちは人の体に憑依できる。もちろんその条件はいくつかあるが」
視界が、わずかに変わる。
輪郭が研ぎ澄まされ、音がはっきりと分離していく。
「お主は中で見ておれ。この刀で何ができるか、わっちがカラダで教えてやる」
俺は抵抗しなかった。
いや、できなかった。
身体が前へと動き出す。
足取りは軽く、迷いがない。
自分の身体なのに、自分じゃない。
「急ぐぞ、恒一」
奇妙な感覚に包まれながら、俺は内側で息を呑む。
――間に合ってくれ。
そう願った瞬間、
景色が一気に切り替わり、舞台は唐突に、悪意の現場へと降り立ったのだった。
* * *
気がついた時、俺は立っていた。
――いや、正確には立っていたはずだった。
手を見下ろす。
そこにあるのはいつもの自分の手だけ。
冴斬も、木刀も、姿を消している。
意識だって、今は完全に三枝恒一そのものだ。
「……あれ?」
思わず声が漏れた。
確かに、剣を振った。
確かに、斬った。
確かに、誰かを守った。
なのに、その感覚は――
まるで他人の記憶を後から流し込まれたみたいに、現実味がない。
胸の奥に残っているのは、やり遂げた記憶と事実だけだ。
現に仮面の男たちは三人揃って、完全に気絶しているしな。
「大丈夫……ですか?」
恐る恐る声をかけられ、顔を上げる。
そこにいたのは、三人の女性探索者。
スリースターズ。
前に立っているヒカリは、肩を押さえながらも、しっかりと立っている。
カナデはまだ緊張した表情だが、怪我はなさそうだ。
ルナは、こちらをじっと見ている。
「……助けて、くれたんですよね?」
ルナの問いに、俺は一瞬だけ言葉に詰まった。
助けた。
――はずだ。
だが胸を張って「俺がやった」と言えるかというと、正直、怪しい。
「……たぶん」
口をついて出たのは、そんな曖昧な答えだった。
「え?」
ルナがきょとんとする。
「あ、いや……」
慌てて言い直す。
「助けた。見捨てる気は、最初からなかったから」
ヒカリは俺を見て、はっきりと言った。
「助けて、もらいました」
迷いのない声だった。
「間違いなく。あのままだったら、私たちは……」
言葉を切り、ヒカリは深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
それに続いて、カナデとルナも頭を下げた。
「いやいや、そんな……」
居心地が悪くて、頭を掻く。
正直、ヒーロー扱いされるほどの実感はない。
だって――
『よかったじゃないか。このような可愛い女子たちに言い寄られて』
頭の奥で、あの声が話しかけてくる。
(いや、さっきのほとんどお前だろ)
『何を言う。体の持ち主はお主じゃ』
(いや、そういう意味じゃなくてさ……)
苦笑しながら、心の中で話し続ける。
その時。
「あの……」
ルナが、少し言いづらそうに口を開く。
「配信……映っちゃってたけど、大丈夫?」
嫌な予感が、背中を走った。
「……え?」
俺はゆっくりスマホを取り出し、配信アプリを開く。
そして動画のアーカイブを確認した。
そこに映っていたのは――
紫の刀を携え、見慣れない口調で立つ男。
コメントが、画面を埋め尽くしている。
“誰?”
“強すぎない?”
“斬ってないのに痛みだけ残るて、どういう理屈w”
“もうS級クラスだろ”
“いや、あの人たしか元〈アケボノ〉の前衛だよな”
“実力不足でパーティから追い出されたって聞いたけど”
“こりゃ足手まといは〈アケボノ〉側か”
「…………」
俺は静かにスマホを閉じた。
「……がっつり映ってるな」
「ですよね……」
ヒカリが苦笑する。
「ごめん」
ルナが申し訳なさそうに言った。
「止める暇がなくて……」
「いや、俺が乱入した側だし」
正直、言い訳のしようがない。
「……とりあえず」
俺は周囲を見回し、言った。
「出ようか」
三人とも、頷いた。
その後は、協会が動き、仮面の男たちは連れて行かれた。
細かい話は省くが、ひとまずの決着はついたらしい。
俺たちはダンジョンを出る。
外の空気を吸った瞬間、ようやく「終わったんだ」と実感が追いついてきた。
* * *
――次の日。
心地のいい朝。
いつものように自宅でコーヒーを嗜みながらスマホを眺めていた俺の元に、一本のメールが届く。
差出人:探索者協会。
「……珍しいな」
開いてみると、簡潔な文章。
『探索者事務所〈スリースターズ〉より、三枝恒一様とお話をしたいとの要請がありました』
短い一文。
だが、妙に重い。
「……マジか」
スマホを見つめながら、息を吐く。
『派手に映ったからのう』
頭の奥で、彩芽が楽しそうに言う。
「他人事みたいに言うなよ」
苦笑しつつ、俺はスマホをポケットにしまった。
あれから数日。
ダンジョンを出てから、彩芽は俺の中で勝手に居座っている。
行き場がないと言われれば、無理に追い出すわけにもいかない。
それに冴斬について、まだ聞きたいことも山ほどあるしな。
『……で、行くのか?』
「いや、まぁ行くしかないだろ」
悪いことはしていない。
逃げる理由もない。
――それでも。
なぜか、胸のどこかがざわついている。
俺は身支度を整え、メールに記されていた住所をもう一度確認する。
スリースターズ。
登録者三十万人超。
B級探索者帯では実績・人気ともにトップクラスの女性パーティだ。
彼女たちは、あの日配信に映った変わった口調の男をどう扱うつもりなのか。
「……さて、行くか」
小さく呟き、俺は玄関の扉を開けた。
この一歩が、今までの生活を確実に変える。
そんな予感だけが、やけに現実味を帯びていた。
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