意外な人物たち
白い光がゆっくりと晴れていく。
次の瞬間、俺はアリーナ……転移前にいた会場の中央に立っていた。
観覧席からざわめきが起こる。
「おっ、一人目か!?」
「いや、まだ五十ポイントとった探索者はいなかったはずだけど……」
「てことは、棄権!?」
四方のモニターには、模擬ダンジョンの映像が流れている。
第二試験の様子が映し出されていた。
「……三枝恒一さん?」
待機していた試験官が目を見開いた。
「どうしました? 第二試験はまだ終わっていませんが……」
「少し事情がありまして。試験はここまでにしようと思います」
そう言って出口へ向かって歩き出す。
もちろん悪いとは思っている。
応援してくれている観客、視聴者。
そして何より、俺をこの試験に推薦してくれた逸ノ城会長に泥を塗ることになる。
だがそれよりも、
俺は仲間の命を優先したい。
会長には後で、正式に謝罪にしいこう。
だが試験官が慌てて追ってくる。
「事情、とはなんでしょうか?」
俺は足を止めた。
「仲間に危機が迫ってるんです」
説明する時間が惜しい。
だから簡潔にそう述べた。
「……危機?」
試験官の表情が固まる。
だがすぐに真顔へ戻った。
「ですが三枝さん。ここを出れば、間違いなくB級昇格試験は失格になります」
その口から、淡々と告げられる。
「それでも行かれるんですか? 今ならまだ、再ログインして試験を続行できます」
俺は迷わず頷いた。
「はい。仲間を失ってまで昇格しても、なんの意味もありませんから」
観客席がざわつく。
「試験放棄か?」
「え、マジ?」
小さな声が聞こえる。
俺は気にせず出口を向き、そのまま歩き出した。
そんな時、
「だったら、オレたちが助けに行きゃいい話だろ?」
低い声が場内に響く。
と同時に一人の男が、観客席から降り立った。
「え、なんで――」
それは意外な人物だった。
「この大事な昇格試験を放り出してまで行くんだ。それにお前の慌てぶりを見てりゃ、嘘じゃないってのは分かる」
気だるげなトーンで首をかく。
そこに立っていたのは、吉祥寺だった。
「そうね。堅実思考のアンタが試験捨ててまで言うなら、ただ事じゃないんでしょ」
次に降り立ったのは柊。
「僕たちが助けに行きます。三枝さんは試験を続けてください」
そして最後にそう言う市村。
探索者パーティ〈アケボノ〉。
かつて俺が所属していたパーティ。
吉祥寺、市村、柊。
俺が実力不足で離れることになった、元仲間たち。
こうして顔を合わせるのは、二十階層のフロアボス以来か。
「勘違いすんなよ。別にお前のためじゃねぇ。借りがあるだけだ」
「そうそう。このままだと後味悪いし、寝覚めも悪いのよ」
「二十階層の時、三枝さんに助けてもらったままですから」
そして市村だけは、少し申し訳なさそうに言った。
「……あの時のお詫び、させて下さい」
沈黙。
俺は三人を見る。
言い方はちょっとあれだが、彼らの目は本気だ。
本気で俺に手を貸そうとしている。
「信用できないか?」
吉祥寺が目を細めた。
そういう意味じゃない。
だが、本当に間に合うのか?
彼らアケボノだけじゃなく、俺も一緒に行くべきじゃないのか?
迷いが頭をよぎる。
その時。
(恒一)
声。
頭の奥に響く。
彩芽だ。
(お主と切り離されたわっちは今、浮遊体としてどこへでも行ける。アケボノがスリースターズを守るか、しかと見届けよう)
俺は心の内で確認する。
(……できるのか?)
(無論じゃ)
くすっと笑う気配。
(わっちが、お主に逐一教えてやろう)
胸の重さが、少しだけ軽くなった。
(それに、恒一があやつらと共に向かったところで、大した差ではない。それよりも……お主は試験に集中せぇ)
彩芽は、はっきりとそう言った。
三人を見る。
そして改めて考える。
今、俺がすべきことを。
ここで試験に合格して、B級に昇格する。
いや、それだけじゃない。
十河湊。
彼をこのまま放っておくわけにはいかない。
湊はしてはいけないことをした。
ヒカリへの執着を続けるだけでなく、関係のないルナやカナデにまで危害を及ぼそうとしている。
これは明確な犯罪未遂だ。
もちろん手元に証拠がないため、どこにも突き出すことはできない。
だからこそ、俺がなんとかする。
今その方法までは分からないが、
試験が終わるまでに、どうにかしてみせる。
いや、どうにかしなきゃいけない。
――それが、俺がここに残る理由だ。
「……分かった。スリースターズを頼む」
吉祥寺がニヤリと笑った。
「任せとけ」
「久々に暴れる理由ができたわね」
「必ず守ります」
三人はそのまま出口へ向かう。
吉祥寺が踵を返した時、ふと俺の視線が彼の右手に止まった。
剣を握っている。
たしか二十階層で壊れかけていたような。
「……その手、もう大丈夫なのか?」
思わず声をかける。
吉祥寺が振り向く。
彼は一瞬だけ目を細めた。
それから軽く手首を回す。
「まぁな。市村が死ぬ気で治した」
「い、いえ! 僕は回復を少し補助しただけで――」
「はいはい。その話は後でしなさい」
市村が慌ててそう語るところを、柊が軽く笑いながらあしらった。
「まぁ心配すんな。まだ剣は振れる」
吉祥寺は背中を向けた。
「じゃあな、三枝。試験落ちんなよ」
三人はアリーナを出ていった。
そして静かになってすぐ、
試験官が小さく咳払いをした。
「……第二試験は、現在も続行中です」
モニターに残り時間が表示されている。
残り――四分。
思わず目を細めた。
もうそんなに時間が経っていたのか。
周囲を見渡すと、他の受験者たちも次々とアリーナへ戻ってきていた。
息を切らしている者。
悔しそうな顔をしている者。
すでに諦めたように座り込んでいる者もいる。
五十ポイントを獲った者、試験を諦めた者、それぞれが転移結晶で戻ってきたんだろう。
「……残り四分じゃ無理だな」
「今から戻るやつなんていねぇだろ」
そんな声が観客席から聞こえる。
その時。
「おじさん!」
聞き慣れた声が響いた。
セナだった。
転移門の近くで、こちらに大きく手を振っている。
「戻るんでしょ?」
にっと笑う。
「おじさんならいけるよ!」
相変わらず気の抜けた声。
だが、その目は本気だ。
その近くにもう一人立っていた。
十河湊。
穏やかな笑みを浮かべながら、こちらを見ている。
「三枝さん、残り四分です」
柔らかな声。
「……あなたなら、十分ですよね」
その笑顔。
その言葉。
一瞬、胸の奥に黒いものが湧き上がる。
今すぐ問い詰めたい。
その場ですぐ殴りつけてやりたい衝動。
だが、俺は気持ちを収めるため小さく息を吐いた。
今、湊に怒りをぶつけても意味はない。
今、俺がやるべきことは一つだ。
俺は転移門を見る。
青白く揺れる光。
模擬ダンジョンへ戻る入口。
残り時間は、すでに三分を切っていた。
合格ラインまであと十五ポイント。
残り時間、三分。
「……よし」
一瞬で終わらせてやる。
俺は転移門へ踏み出した。




