指名任務の目的
すみません、更新遅くなりましたm(_ _)m
ストックの関係で、二日置きに更新していきます。
模擬ダンジョンにて――
俺とセナは変わり映えのしない通路を、並んで進んでいく。
湿った空気。
岩壁に反響する足音。
「おじさん、そこ曲がったところにいるよ」
分岐を一つ曲がったところで、本当にモンスターが飛び出してきた。
灰色の皮膚。
細長い四肢。
頭部には、ねじれた角。
スマホに通知が表示される。
【模擬モンスター:スカルゴート】
討伐ポイント:7pt
「ポイント高め」
セナが軽く口笛を吹き、
「よかったね、おじさん」
他人事のようにそう言う。
スカルゴートが床を蹴る。
四足。
一直線に突っ込んでくる。
俺は一歩踏み込んだ。
刀気を刃へ流す。
横薙ぎ。
首元を切り裂く。
輪郭が揺れ。
次の瞬間、モンスターは粒子へ崩れた。
スマホが震える。
【スカルゴート討伐】
+7pt
現在ポイント:35pt
「おー」
セナが肩越しに画面を覗き込む。
「三十五ポイント」
「あと十五だね」
「思ったよりいい感じだな」
俺は剣を軽く振ってから納めた。
試験開始から、まだ十五分ほど。
残り時間も十分以上ある。
このままいけば問題なく合格ラインには届くはずだ。
だが、一つの疑問が浮かぶ。
ここまでの戦闘。
全部、俺がやっている。
モンスターの場所はセナが探知してくれるおかげで、俺はかなり助かっていた。
しかし、
彼女自身が戦っているところを、まだ一度も見ていない。
俺は横を歩くセナを見る。
相変わらず、杖を肩に担いで気楽そうな顔だ。
……大丈夫なのか?
そう思い、声をかけようとした。
その時だった。
「順調ですね」
通路の奥から声がした。
聞き覚えのある声。
振り向く。
そこに立っていたのは――
十河湊。
相変わらずの穏やかな笑み。
まるで偶然通りかかったかのような顔をしている。
「三枝さんも、あと少しで合格ラインってところですか?」
「まぁ、そんなところかな」
「順調なようでよかったです」
セナが露骨に顔をしかめる。
「うわ、出た……」
湊は、困り顔で首を傾げる。
「僕、あなたに嫌われるようなことしました?」
「まぁなんかしたってゆーか……」
セナは腕を組む。
「なんかキショい」
遠慮のない言い方。
「無理に笑ってるところとか、何を考えてるのか分からないところとか?」
だがある程度、的を射ている。
一度一緒に探索しただけと言えばそれまでだが、俺は湊のことが何も分からなかった。
ただヒカリに執着した幼馴染。
あと、気味の悪いオーラ。
それだけ。
だからセナの言うことはよく分かる。
「そうですか」
湊はまるで気にしていないかのように、軽く笑う。
そして、俺を見る。
「ところで三枝さん。今日スリースターズの皆さんって、指名任務に行ってるんでしたっけ?」
心臓が、わずかに跳ねた。
「……なんでそれを知ってる」
俺がそう言うと、湊は当たり前のように答えた。
「そりゃあ」
少し肩をすくめる。
「指名したのは、僕ですから」
一瞬、意味が理解できなかった。
湊は穏やかな声のまま続ける。
「今回の指名任務。僕が出したんです」
「……どういう意味だ」
湊は少しだけ考えるように目を細めた。
だがその表情に焦りはない。
「言葉通りですよ。協会に、依頼を出したんです」
さらりとした口調。
まるで雑談でもしているような軽さだった。
セナが腕を組む。
「いやいや、探索者が他の探索者に依頼出すとか意味わかんないんだけど。なにが目的……?」
湊は一瞬だけ考える。
そして語り始めた。
「目的は色々ありますが、まずその前に……」
そこで、ふと視線を横に向けた。
「今回の任務、配信は禁止にしてもらいました」
セナが眉を上げる。
「配信禁止?」
「えぇ」
湊は頷く。
「邪魔が入ると困るので」
背筋に、冷たいものが走る。
「……邪魔?」
湊は静かに笑った。
「スリースターズって、人気ありますよね? 視聴者もそれなりで、スポンサーもついてる」
少しだけ間を置く。
そして、
「でも、僕には邪魔なんですよ」
通路の空気が、さらに冷えた。
セナが呟く。
「……あんた」
「何言ってんの?」
湊は穏やかに答える。
「スリースターズには、解散してもらう予定なんですよ」
沈黙。
「……解散?」
思わず聞き返す。
湊は軽く頷いた。
「えぇ。その方が都合がいいので」
俺は視線を逸らさない。
「……どういう意味だ」
湊は少し考え。
そして、あっさり言った。
「ヒカリさん以外が命を落とせば、もうスリースターズとしての活動できませんよね?」
通路の空気が凍りつく。
今の言葉で全て分かった。
湊はヒカリを諦めていない。
今尚、その執着は続いていたのだ。
それどころかスリースターズ、ルナ、カナデ……つまりヒカリの大切なもの、居場所すらも奪おうとしている。
そして自分がヒカリの拠り所になろうと、
そう言っているんだ。
「……やっぱりコイツ、キショいじゃん」
穏やかだったセナの瞳は今や鋭く尖り、湊をまっすぐ睨みつけていた。
湊は動じることなく、さらに言葉を続けた。
「むしろ、その方が彼女のためだと思うんです。仲間って時々、足枷になるでしょう?」
「……おじさん、どうするの?」
隣から視線を感じる。
「もちろん、助けにいくに決まってる!」
湊は小さく首を傾げた。
「もしかして三枝さん、試験を抜け出して助けに行くつもりですか?」
俺は即答した。
「当たり前だ」
迷いはない。
湊はほんの少しだけ目を細めた。
「もう間に合わないかもしれないのに?」
「それでも行く」
今の俺に視聴者がついたのも、B級昇格試験を受けるきっかけも、全てスリースターズのおかげ。
そんな彼女たちを放ってまで、俺はB級になりたいだなんて思わない!
「そうですか」
その声はどこか楽しそうだった。
「では僕はここで失礼します」
あまりにもあっさりした言葉。
「僕は残りのポイントを稼いで、第三試験に進むとします」
そう言って、湊は踵を返す。
そのまま通路の奥へと歩いていった。
足音が、ゆっくりと遠ざかっていく。
やがて完全に消えた。
俺はポケットから転移結晶を取り出す。
手のひらサイズの透明な石。
これを使えば、試験会場へ強制帰還。
だが。
その時点で試験は終了。
ポイント不足で、おそらく不合格になる。
だが――
そんなことはどうでもいい。
試験はまた受ければいい。
だが。
もし今、ヒカリたちが襲われているなら。
助けられる可能性があるなら。
ここにいる理由はない。
俺は結晶を強く握る。
「おじさん」
隣から声。
セナだった。
「ほんとにいいの?」
俺は視線を向ける。
「心配なのは分かるけどさぁ、スリースターズって全員B級でしょ? 助けに行かなくても、自分たちでなんとかするんじゃない?」
俺はゆっくり首を横に振る。
「いや、湊はそれを見越してる」
「……え?」
「確実にルナとカナデを殺す策がある。でなければわざわざ指名任務なんて出さない」
セナは黙る。
そして小さく息を吐いた。
「……まー、アイツ、想像以上にキショかったしね」
俺は結晶を握り直す。
掌の中で、淡く光を灯している。
「悪いけど、ここから先は付き合えない」
「気にしないで。あたしはあたしで、この試験乗り切るからさ」
そして静かに笑う。
「ほんと……おじさんって、おじさんらしいよね」
「なんだ、またバカにしてる?」
「うん、バカにしてる」
一拍の沈黙の末、再び話を続ける。
「落ち着いてて、優しくて、自分よりも他人のことを優先するところ。ほんと、良いおじさんって感じ」
セナは最後にフッと笑った。
「なんだそりゃ」
俺もつられて少し笑う。
そして俺は結晶に力を込める。
迷いはない。
さっさとここを出て、彼女たちを助けに行く。
次の瞬間。
パキン、と音がした。
転移結晶が砕ける。
青白い光が、足元から一気に広がった。
「じゃっ、おじさん。いってら〜」
セナの笑顔を最後に、視界が白に染まる。
模擬ダンジョンの通路が、ゆっくりと溶けていく。
俺は試験会場へと転移した。




