受験者たちの実力
測定装置の低い駆動音が、ホールの空気を震わせていた。
中央に設置された巨大な装置。
その周囲を半円状に囲む受験者たち。
観覧席の上段には協会関係者。
さらにその上、壁面モニターには配信画面とコメント欄。
昇格試験が、いよいよ始まる。
「受験番号一番。前へ」
試験官の声がホール全体に響く。
一人目の受験者が前に出た。
少し緊張した顔だ。
だが足取りはしっかりしている。
中央に立つ。
装置が反応した。
低い機械音。
白い光が受験者に放射される。
数秒。
そしてモニターに数値が表示された。
――基礎ステータス測定結果
筋力:51(B級平均±0)
耐久:50(−1)
敏捷:53(+1)
器用:49(−2)
感知:61(±0)
魔力:14(−1)
会場のあちこちから小さなざわめきが起きる。
そして試験官が言う。
「基準クリア」
その一言で、会場の空気が少しだけ緩む。
観覧席のコメント欄が流れる。
”お、いきなりB級ライン”
”平均くらいか”
”今年の受験者レベル高そう”
”基準ちゃんと見せてくれるの助かる”
”B級平均ってこんなもんなのか”
”耐久50ラインか”
最初の受験者は小さく息を吐き、装置から降りた。
そう、これは接触型ではない。
中央に立つだけで装置から光が当てられ、肉体値と魔力波形を読み取るという仕組みだ。
測定はそのまま続く。
「受験番号二番」
光。
表示。
合格。
コメントが流れる。
”悪くないな”
”平均ちょい上か”
”今年は粒揃いだな”
「受験番号三番」
光。
表示。
合格。
”安定してるな”
”このペースだと今年合格多そう”
”いつもこの一次は、合格率五割くらいだったよな”
そして。
「受験番号四番」
表示された数値を見た瞬間、会場の空気が変わった。
――基礎ステータス測定結果
筋力:47(−4)
耐久:46(−5)
敏捷:49(−3)
器用:51(±0)
感知:60(−1)
魔力:13(−2)
試験官の声は変わらない。
「基準未達。不合格」
その一言で、受験者の肩が落ちた。
周囲の探索者の顔が少し強ばる。
コメント欄も同じ反応だ。
”うわ落ちた”
”全体的にちょい低いか”
”やっぱB級きついな〜”
”耐久46はさすがに無理だろ”
”中層潜るなら耐久50は欲しい”
”こういうの見るとB級って別世界だな”
測定は止まらない。
受験番号五番。
合格。
”この人バランスいいな”
六番。
合格。
”敏捷高めいいね”
七番。
不合格。
”また落ちた”
”三人に一人ペースか”
八番。
合格。
ざっと見て。
三人に一人くらいが脱落している。
やはりB級は甘くない。
そして。
「受験番号十五番。結城カズマ」
その名前が呼ばれた瞬間。
ホールの空気が、はっきりと変わった。
ざわめきが一段階大きくなる。
”きた”
”本命”
”A級候補”
――結城カズマ。
名前は知っている。
少し前、ネットニュースでも見かけた。
若手探索者の特集記事。
そこに載っていた見出しは、確か――
A級に最も近い男。
二十代前半。
若手探索者の中では頭一つ抜けた存在らしい。
その本人が、今ゆっくりと歩き出した。
整った顔立ちに、少し長めの黒髪。
爽やかな印象の青年だ。
探索者装備も軽装で、どこかラフに見える。
だが。
歩き方に無駄がない。
一歩一歩が静かで、力みもない。
この空気の中でも、呼吸が乱れていない。
コメント欄も一気に加速する。
”カズマきた!”
”A級候補”
”探索者界のカリスマ王子”
”女性人気やばい人だ”
カズマは堂々と装置の中央に立つ。
視線もぶれない。
機械音が少し強くなる。
そして。
モニターに数値が表示された。
――基礎ステータス測定結果
筋力:61(+10)
耐久:65(+14)
敏捷:63(+11)
器用:62(+11)
感知:69(+8)
魔力:22(+7)
一瞬、ホールが静まり返る。
次の瞬間。
ざわっ――
「おいおい」
「マジか」
「これ……ほぼA級じゃないか?」
コメント欄も一気に流れる。
”やば”
”バケモン”
”A級予備軍”
”敏捷63ってなんだよ”
”これ普通にA級試験でも通るだろ”
”今回の試験レベルどうなってる”
カズマは装置から降りた。
「……まっ、こんなもんでしょ」
余裕の表情だ。
その時。
「三枝さん」
横から声がした。
振り向く。
十河湊。
いつもの穏やかな笑みだ。
「ゲームしませんか?」
「ゲーム?」
思わず聞き返す。
「はい。久しぶりに」
湊は肩をすくめる。
「十一階層では討伐数でしたが、今回はどっちの数値が高いか」
軽い口調だ。
だが、その目は笑っていない。
俺は一瞬だけモニターから視線を外し、湊を見る。
「なんで急に?」
こんな場面で勝負?
しかもステータス測定。
意味があるとは思えない。
単なる余興か?
それとも――
「ただの男の意地ですよ」
湊が続けた。
あっさりした声。
「三枝さんも、そういうの嫌いじゃないでしょう?」
……男の意地。
まぁ、それだけなら断る理由もない。
だが。
一瞬だけ、胸の奥に引っかかる。
――あの目。
ヒカリのことで食い下がってきた時の、あの執念じみた眼差し。
あの時の湊は、間違いなく普通じゃなかった。
だが今、目の前にいる男は――
穏やかで。
どこにでもいる探索者の顔をしている。
……いや、考えすぎか。
そんな時。
「受験番号二十一番。十河湊」
試験官の声がホールに響いた。
湊が小さく笑う。
「……おっと」
そして軽く手を上げる。
「返事がないってことは、承諾してくれたってことにしておきますね」
言い残して、前へ歩き出した。
装置の中央へ。
白い光が湊を差す。
そして。
モニターが更新された。
――基礎ステータス測定結果
筋力:65(+14)
耐久:66(+15)
敏捷:70(+18)
器用:62(+11)
感知:74(+13)
魔力:24(+9)
数値が表示された瞬間。
ホールが、凍った。
一拍。
そして。
ざわあっ――
今までとは明らかに違うどよめきが広がる。
「……おい」
「嘘だろ」
「カズマ超えてないか?」
探索者たちが一斉にモニターを見上げている。
画面上のコメント欄も一気に流れ出した。
”え?”
”ちょっと待て”
”今の何”
”今回の試験どうなってんだ”
”敏捷70???”
”バケモン二人目出てきた”
”カズマより上じゃん”
装置の光が消える。
湊は何事もなかったように、中央から降りた。
周囲の視線をまったく気にしていない。
そのまま、俺の横まで戻ってくる。
「どうでした?」
穏やかな声。
まるで世間話でもするような口調だ。
俺はモニターから目を離さず答える。
「……想像以上で驚いた」
正直な感想だ。
あの数値。
さっきの結城カズマを、確実に上回っている。
湊は小さく笑った。
「いい勝負になるといいですね」
「……そうだな」
まさかここまでとは。
以前、十一階層に潜った時に感じた刀気の質は、確かに普通じゃなかった。
それなりに強いとは思ってたが、
あの数値は、正直想定していなかった。
結城カズマもそうだが、明らかにB級昇格試験で見る数値じゃない。
そしてしばらく、
「受験番号三十七番」
試験官の声がホールに響く。
「三枝恒一」
俺の番だ。
受験者たちの視線が一斉に集まる。
湊が軽く微笑む。
「頑張ってくださいね」
「……あぁ」
俺はゆっくりと歩き出す。
中央の装置。
その前に立つ。
足元の床がわずかに振動した。
装置が反応している。
白い光が、ゆっくりと放たれる。
視界が淡く染まった。
静かだ。
ホールのざわめきが遠くなる。
そして。
モニターが更新された。




