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妖刀を拾った中年探索者、女侍の亡霊に死ぬほど鍛えられる〜悪いヤツらを斬って美少女探索者パーティを助けた俺、配信でバズり始める。  作者: 甲賀流


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ヒカリの決断


 高台の展望テラス。


 昼の光が街を照らしている。

 遠くにダンジョンタワーの輪郭が見える。


 ヒカリは先に来ていた。


 手すりに触れ、深呼吸を一つ。


 足音。


 規則正しい、迷いのない歩幅。


「待たせた?」


 振り返ると、湊が立っている。


「ううん。私も今きたところ」


 短い沈黙。

 湊が少しだけ笑う。


「連絡先、変えてなかったんだね」


 責める声じゃない。

 確認する声。


「……うん」


「よかった」


 それ以上追及しようとしない。


 二人は並んで街を見下ろす。

 風が強く、ヒカリの髪が揺れる。


「なつかしいなぁ〜」


 湊は懐かしげに空を仰ぐ。


「昔はよく、ここで反省会をしたよね」


 ヒカリは薄ら笑うだけで、それ以上の反応は示さない。


「わざわざここを指定したってことはさ」


 湊が続ける。


「決めてくれたんだよね?」


 声音は穏やか。

 もう答えを知っているような調子。


 ヒカリは一度、目を閉じた。


 そして。


「……まずね」


 ゆっくりと湊を見る。


「迎えに来てくれて、ありがとう」


 湊の瞳がわずかに揺れる。


「体が治ったって聞いて、本当に嬉しかった」


 本心。

 嘘はない。


「会えて、嬉しかった」


 一拍。


 湊は静かに息を吐く。


「うん」


 それだけ。


 ヒカリは続ける。


「でもね」


 ここからが本題。


「私はここまで、スリースターズのみんなと頑張ってきた」


 視線は逸らさない。


「今の私がいるのは、あの二人と恒一さんのおかげ。みんな大事な友達なんだ」


 はっきりと。


「だから、離れられない」


 沈黙。


 風だけが吹く。


 湊の表情は変わらない。


 だが、ほんの僅かに瞬きが減る。


 ヒカリは続ける。


「でもね、湊が元気でいてくれたのは、私にとっても嬉しいことだった。また一緒に探索者としてやっていきたい気持ちも、もちろんあるんだ」


 ここで、湊の目に光が戻る。


 だが次の言葉で、わずかに止まる。


「だからさ」


 ヒカリはまっすぐに言う。


「初めは、同じ事務所でやっていかない?」


 湊の呼吸が一瞬止まる。


「私からも神崎社長にお願いしてみる。二人でさ、スリースターズとは別のパーティを組んでもいいし」


 ヒカリは丁寧に言葉を紡いでいく。


「今は配信が普通の世界だし、チャンネルだっていくつも持てる。いくらでも、やり方はあると思うんだ」


 優しく。


 対等に。


「これが、私の決断」


 一拍。


「もちろん、湊がよければだけど」


 ヒカリの言葉を、湊は最後まで黙って聞いていた。


 風が二人の間を通り抜ける。


 そして。


「……そっか」


 穏やかな声。


 責めない。

 怒らない。


「いっぱい考えてくれたんだね」


 少しだけ微笑む。


「ありがとう」


 ヒカリの胸がわずかに軽くなる。


 だが、次の言葉は静かに重かった。


「スリースターズと僕を、わざわざ並べて考えてくれたんだ」


 静かな確認。

 非難ではない。


 でも。


 わざわざ並べるという言葉を言語化した。


 ヒカリは戸惑いながらも頷く。


「どっちも大事だから」


 はっきりと。


 湊は一瞬だけ目を伏せる。


 そして、ふっと笑った。


「……並ぶくらいなら、僕は一人でいいよ」


 声は優しい。


 怒りも皮肉もない。


 だからこそ、ヒカリは重く感じた。


「ヒカリが悩んでくれたこと、本当に嬉しい。なんか無理させちゃって、ごめんね?」


 昔の湊の声音。

 あの頃の、隣にいた少年の声。


 柔らかく続ける。


「これからはお互い頑張ろうよ。応援し合ってさ、たまにご飯でも食べにいって」


 自然な距離。

 無理のない関係。


 ヒカリの胸に、懐かしさが広がる。


 昔の湊だ。

 一緒に笑っていた頃の。

 守るとか導くとかじゃない。


 隣に立っていた湊。


 対等なあの頃を懐かしく感じた。


 ヒカリは小さく笑う。


「……うん」


「ありがとう、湊」


 風がまた吹く。


 二人はゆっくり歩き出す。


 一緒にいられないのは、少し寂しい。


 でも。


 これは決別じゃない。


 新しい形のスタートだ。


 そう思えた。


 階段の手前で、湊が立ち止まる。


「じゃあね、ヒカリ。僕はもう少しここにいるよ」


「うん、わかった。じゃあまた」


 ヒカリは振り返らず、階段を降りていく。


 足取りは軽い。


 迷いは、もうない。


 湊はその背中を見送る。

 穏やかな目で。

 静かに。


 そして誰にも聞こえない声で呟く。


「一緒にパーティを組める日を、楽しみにしてるよ」


 その言葉は、ヒカリには届かない。


 風に溶ける。


 だが。


 湊の中では、もう決まっていた。


 並列では終わらない。

 自分だけがヒカリの隣に立つ。


 ――その算段が。



 * * *



 ヒカリの姿が階段の向こうに消える。


 風が止む。


 展望テラスは、急に広く感じた。


 湊はしばらく街を見下ろしていた。


 そのまま動かない。


 だが。


 背後の影が、わずかに揺れる。


「……終わったか?」


 低い声。


 振り返らないまま、湊は答える。


「ええ」


 ゆっくりと振り向く。


 テラスの端。


 日陰のベンチに一人の男が座っていた。


 黒いロングコート。

 季節外れの手袋。

 片目を覆うように垂れた前髪。


 年齢は四十前後。


 だが肌は不自然なほど張りがあり、目だけが異様に冷たい雰囲気がある。


「幼馴染、手に入れられなかったらしいな」


 口元だけが歪む。


 嘲り半分。

 観察半分。


 湊は否定しない。


「はい」


 静かに。


「やはり、話し合いでは難しいみたいです」


 足音は軽い。

 異様なほど軽かった。


「だったらどうする?」


 沈黙。


 風が二人の間を抜ける。


 湊の瞳は揺れない。


「物理的に引き剥がす」


 感情はない。


 ただ、事実を述べるように。


「だが、それを表でやれば僕は犯罪者になります」


 男は小さく鼻で笑う。


「ほう」


「だから」


 湊は穏やかに続ける。


「ヒカリの周囲の人間がいなくなればいい。それも偶然が重なって」


 静寂。


「なるほどな。決行日は?」


 男の目が細くなる。


「B級昇格試験当日、僕は受験者としてのアリバイもできますし、同じ受験者である三枝恒一の足止めにもなり得ます」


「……三枝恒一。妖刀【冴斬】に選ばれた男か」


「はい。彼がヒカリの周囲では、一番の脅威でもありますので」


 男は一歩、湊に近づく。


「お前は研究対象だ。手伝えることがあればなんでも言ってくれよ」


「ありがとうございます」


 軽く頭を下げる。


 男は、ふと話題を変えた。


「……さて」


 声音が変わる。


「本題だ」


 コートの内ポケットから、小型の金属端末を取り出す。


 赤いランプが点灯する。


「定期検診だ」


 湊は微動だにしない。


「自覚症状は?」


「ありません」


 即答。


 男が近づき、金属端末を湊に当てる。


「バイタルは安定しているようだな」


 男の目が湊の胸元へ向く。


「【影喰かげくい】は元気か?」


 湊はゆっくり胸に手を当てる。


「ええ」


 目を閉じる。


 ドクン。


 ドクン。


 自身の鼓動とは別の、低い振動。


「僕のこの中で、脈打っているのが分かります」


 男は満足げに頷く。


「侵食率は?」


「問題ありません」


 静かな声。


「上手く同調しています」


 男は薄く笑う。


「代償は?」


 湊は目を開ける。


 瞳の奥に、淡い光。


 あの圧縮された刀気と同じ色。


「今のところ問題ありません」


 一拍。


「仮にどんな代償があろうとも、ヒカリのためなら」


 迷いなく。


「全部、払えます」


 男の口元が吊り上がる。


「いい目だ」


 低く呟く。


「そのまま私たちを楽しませてくれ」


 湊は首を縦に振る。


 穏やかな笑みのまま。


「分かりました」


 静かに。


「こちらこそ、力を与えてくださってありがとうございました」


 風が吹く。


 街はいつも通り動いている。


 ヒカリはもう遠くへ行った。


 湊は再び街を見下ろす。


 その視線は、優しい。


 だが。


 その胸の奥で、


 妖刀【影喰】が、静かに脈打った。

 

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