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妖刀を拾った中年探索者、女侍の亡霊に死ぬほど鍛えられる〜悪いヤツらを斬って美少女探索者パーティを助けた俺、配信でバズり始める。  作者: 甲賀流


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十一階層、恒一と湊


 十一階層。


 十階層よりも空気が重い。


 岩壁は黒く湿り、足元には細かな砂利が敷き詰められている。

 視界もやや狭く、奇襲向きの構造だ。


 今回は配信なし。

 ドローンもない。


 純粋な任務だ。


「配信しないんですね」


 隣を歩く湊が、穏やかな声で言った。


「あぁ。今日は任務とお互いを知ることが目的だって社長も言ってたしな」


 本当は違う。

 事務所を出た後、俺が社長にお願いしたのだ。

 湊と話す時間が欲しいと。


 それこそ、配信では話せないような内容の。


「どうして、うちの体験なんかを?」


 俺は歩きながら質問した。


 湊はすぐに答えない。


 そして、


「見てみたかったんです」


 静かな声。


「今のヒカリが、どんな人たちと一緒にいるのか」


 まっすぐな言い方。


「でも昨日、あなたたちを見て安心しました」


「安心?」


「ええ」


 微笑む。


「ヒカリは前よりも明るく、そしてちゃんと前を向いて歩いていた」


 その言葉、その表情は嘘じゃない。


 だが。


「……それで、満足したのか?」


 俺がそう返すと、湊はわずかに目を細めた。


「いいえ」


 即答。


「だから、迎えに来たんです」


 空気が、ほんの少しだけ重くなる。


 そんな時。


 前方の岩影が揺れた。


 低い唸り声。


 十一階層特有の中型モンスター、シャドウボアが三体。


 猪に似た体躯。

 だがその全身は黒灰色の影に覆われ、毛並みではなく靄が揺れているように見える。


 太い四肢が地面を踏みしめるたび、低い振動が伝わってくる。


「来ますね」


 湊の声がわずかに低くなる。


「話は一旦中断だな」


「ねぇ三枝さん、ゲームをしませんか?」


 湊はモンスターの前で呑気にそう言う。


「ゲーム?」


「はい。三体のシャドウボアのうち、二体先に倒した方の勝ちで」


「遊んでる余裕、あるのか?」


 いくら十一階層とはいえ、命懸けのダンジョンには変わりない。

 そんなところでゲームの話を出してくる湊の気持ちが俺には全く理解できん。


「だってこんな低階層の任務ですよ? 少しくらい遊びを入れないと、楽しめないじゃないですか」


「いや、これは事務所からの任務なんだから、ちゃんと真面目に――」


「ゲームしてくれないと……」


 湊は肩をすくめた。


「僕、本気で戦いませんからね?」


「……は?」


 命がかかってる場所で何言ってるんだ。


 あまりに気持ちが軽すぎる。


 だが目は本気。

 俺が断れば、コイツは本当に戦わないつもりだ。


「……分かった」


 俺は渋々頷く。


「ただし危険なことはくれぐれも……」


「分かってますよ」


 にこりと笑う。


「では――」


 その瞬間、湊の声色がわずかに変わった。


「よーい、スタート」


 地面を蹴る音と同時に、シャドウボアが唸りを上げた。


 影の体躯が三方向に散る。


 湊は腰に下げた剣に触れもしない。


 拳を握る。


「剣、使わないのか!?」


 突進してくる一体を真正面から迎え撃つ。


 ――ドンッ!!


 拳が叩き込まれた瞬間、シャドウボアの外殻が波打った。


 一発。


 二発。


 三発。


 連続で打ち込む。


 拳の表面に、薄く光が宿っている。


 拳に宿っていた何か。


 光ではない。

 魔力でもない。


 だが確かに、エネルギーが流れ込んでいた。


 もちろん俺の刀気とも違う。


 もっと――


 濃い。


 重い。


 押し潰すような質量の何か。


『恒一』


 意識の奥から、彩芽の声が響く。


『今のを見て、分からぬのか』


 低い声。


『あれは、刀気だ』


「刀気!?」


 思わず声が漏れる。


(いや、でも……質が違う)


『お主のものより、濃いからのぉ。気づかんのも無理はない。あれは恒一のような薄くまとう刀気とは少し違う』


 一瞬の間が空き、彩芽は答えを述べる。


『もう一段階上、圧縮した刀気』


 ぞくり、と背筋が粟立つ。


(でも、なんで湊が刀気を? 今、アイツが腰にかけているのは刀じゃなくて剣だよな?)

 

「ほら、一体目撃破です」


 穏やかに笑う。


 呼吸一つ乱れていない。


「ほら、三枝さんも」


 視線が俺へ向く。


 そしてシャドウボアが俺に迫る。


 地面を抉る強い突進。


 今は、余計なことを考えるな。

 湊のまとう異質な刀気のことは後だ。


 木刀を握る。


 指先に力を込めすぎるな。

 肩を上げるな。

 呼吸を止めるな。


 集中して刀気を流す。


 腕ではない。

 体幹から。


 背骨を通して、掌へ。


 木刀を握るのではない。

 延長だ。


 踏み込み。


 横薙ぎ。


 ――ガッ!!


 影の外殻が裂ける。

 霧のような体表が弾け、内部を抉る。


 間髪入れず追撃。


 刃のように刀気を巡らせ、


 縦に一閃。


 ――バキンッ!!


 その場で巨体が倒れた。


 呼吸は乱れていない。

 刀気も途切れていない。


「……よしっ!」


 修行が形になってる。

 

「これで一対一ですね」


 湊の声。


 残る一体。


 俺たちはほぼ同時に駆ける。

 シャドウボアの元へ。


 砂利が弾ける。


 呼吸。

 重心。

 踏み込みの角度。


 どちらが先に間合いに入るか。


 速さは互角。

 あとはどっちが先に一撃を入れるかだが――


 コンマ一秒。


 武器のリーチ分、俺の方が早かった。


 木刀が先に届く。


 斬るための刀気を巡らせたその瞬間、


 湊が、さらに半歩踏み込んだ。

 なぜか、俺の正面に向かって。

 木刀の軌道線上に。


 しかも逃げない。


 避けない。


 それどころか、前腕で受け止めようとする。


「なっ――」


 正気か。


 刀気をまとっている。


 ただの木刀じゃないんだぞ。


 咄嗟に手首を返す。

 軌道を逸らす。

 刃筋を外す。


 だが。


 完全には、殺せなかった。


 かすった。


 刀気をまとった木刀が、前腕を浅く裂く。


 一瞬、抵抗があり――


 次の瞬間。


 ブシュッ。


 傷口から鮮血が吹き出した。


「十河! 血が――!」


 思わず叫ぶ。


 だが湊は、まるで他人事のように自分の腕を見下ろした。


「あぁ、大丈夫ですよ」


 静かな声。


 そして。


「三体目は、僕がもらいますね」


 血を流したまま、湊は踏み込んだ。


 拳を握る。


 あの濃いエネルギーが、再び拳に宿る。


 ――ドンッ!!


 叩き込まれた一撃で、巨体が浮く。


 追撃。


 もう一発。


 影の外殻が内部から弾ける。


 ギャゥオオオッ――


 最後のシャドウボアが倒れた。


「これで――」


 湊はゆっくりと振り返る。


「僕の勝ちですね」


 穏やかな笑み。


 まるで本当に遊びが終わったかのような声音。


 だが。


「何やってるんだお前!」


 俺は居てもたってもいられず、湊に駆け寄る。


「自分が何をしたのか分かってるのか!? 下手すればその腕――」


 吹き飛んでた。


 そう口にする直前、俺は言葉に詰まる。


「血、止まっている……」


 目を疑った。

 有り得ない光景に。


 裂けたはずの皮膚が、ゆっくりと閉じていく。


 肉が盛り上がる。


 裂け目が、逆再生のように巻き戻る。


 赤が、消える。


 数秒。


 本当に数秒で。


 そこには、何もなかったかのような綺麗な前腕があった。


「……は?」


 思考が追いつかない。


「すごいでしょう?」


 湊は腕を軽く振る。


 血の跡すらない。


「これが、僕が探索者に復帰できた理由です」


 笑っている。


 優しく。


 穏やかに。


 だがその目は。


 どこか、底がない。


 裂けたはずの皮膚が一瞬で閉じ、血が引き、肉が繋がり、傷が消える。


 あれは回復魔法じゃない。


 どっちかというと、この前戦った十九階層フロアボス、回帰の死王〈リグレッサー〉の再生に近い能力。


 だが彩芽は刀気だと言った。

 俺よりも一段階強力な、圧縮された刀気。


 もしかして、刀気には再生能力が……?


『恒一』


 彩芽の声が低く響く。


『あれは、まとっておるのではない』


(……どういうことだ?)


『あやつは、内側から湧き出しておる。まるで、肉体そのものが核になっているみたいにな』


(肉体、そのもの……)


 ――つまり、湊自身が刀気の根源だと。


 彩芽はそう言ってるのか?


 意味が分からない。


 理解が追いつかない。


 脳が、現実を拒絶しているような感覚。


 目の前で起きたことを、思考が処理できない。


「……信じられない。そんな顔をしてますね」


 湊は静かに俺を見る。


 逃げない。

 

 誤魔化さない。


 隠そうともしない。


 まるで、こちらが何か言い出すまで待っているかのように。


「……その力、どこで手に入れた?」


 俺は思わず、そう口にしていた。

 


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