不穏な空気
申し訳ありませんが、31話から一日おきの更新となっております。
九階層。
岩肌が剥き出しになった広めの通路を、俺たちは慎重に進んでいた。
今回の任務は素材回収。
強敵を求める探索じゃない。
……だが。
「――来るよ!」
ルナの声と同時に、前方の影が揺れた。
ズルリ、と地面を擦る音。
現れたのは、九階層特有の群体型モンスター――ストーンリッパー。
ワニを巨大化させたような四足の怪物。
だが皮膚は鱗ではない。
黒灰色の岩盤。
削り出した石像が、そのまま動き出したかのような外殻。
背中には地層のように重なった岩装甲。
尾は鉄球のように太く、振るわれれば人体など簡単に砕けるだろう。
黄色く濁った瞳が、こちらを射抜く。
一体じゃない。
二体。
三体。
さらに奥からもう一体。
岩と岩が擦れる音が、通路に重く響いた。
「多いですね……!」
ヒカリが素早く陣形を組む。
「コッチー、とりあえず下がって!」
「私たちが守ります!」
「……木刀じゃ、無理」
三方向を塞ぐように、スリースターズが前へ出る。
ドローン越しに、その光景が配信されていた。
コメント欄が流れる。
”パーティに気を遣われるコッチー殿”
”縛りプレイなのに縛らせてもらえなくて草”
”さすがにコッチー出番無さそう”
”木刀じゃあねぇ……”
”今回は見学回かな?”
……まぁ、普通はそう思うよな。
俺だって、数日前までなら同じことを思っていた。
木刀で九階層。
無謀にも程がある。
だが。
「いや」
俺は一歩、前へ出た。
「下がらなくていい」
「コッチー?」
ルナが振り返る。
「大丈夫だ」
木刀を握る。
軽い。
頼りない。
だが――
あの感覚は、もう知っている。
刀気。
冴斬を握らずとも、体の奥に眠るあの流れ。
素手で覚えた。
何度も叩き込まれた。
殴られ。
蹴られ。
叩き潰されながら。
俺は意識を、木刀へ集中する。
体の内側から、流す。
皮膚の下を巡る、透明な感覚。
『焦るな、恒一』
彩芽の声が、意識の奥から響いた。
『木に流すのではない。己の延長として扱え』
(……延長)
冴斬を握った時と同じ。
違うのは、媒介が刀そのものではないというだけ。
腕へ。
掌へ。
そして――木刀へ。
じわり。
木の内部を、何かが通る。
素手より通りがいい。
だが、油断すればすぐ消える。
来る。
ストーンリッパーが跳ねた。
横から一体。
正面から二体。
「コッチー!」
「――集中」
呼吸を止める。
『怖いか?』
(当たり前だ。木刀だぞ)
『ならば良い。適度な恐れは慎重さを生む。木刀に宿った刀気を切らすなよ』
踏み込み。
横一閃。
――バキィンッ!!
石質の外殻が、裂けた。
真っ二つ。
一瞬、意識が浮く。
『ほう』
彩芽の低い声。
『形になっているな』
(まだだ)
油断すれば、すぐに消える。
コメント欄が一瞬止まる。
次の瞬間。
”え?”
”え???”
”今なに?”
”木刀で割った???”
”は?????”
間髪入れず、二体目。
跳躍。
振り下ろし。
刀気を刃の形にイメージする。
木刀が空気を裂く。
――ドンッ!!
石片が弾け飛ぶ。
三体目が側面から迫る。
今度は防御。
木刀を立て、刀気を部分集中。
衝突。
衝撃はある。
だが、折れない。
『守りに回す時は、刃ではなく盾と考えよ』
なるほど。
攻撃と同じ刀気でも、形を変えるだけで衝撃の質が変わるのか。
俺は敵の攻撃を弾き返す。
「……嘘」
ヒカリの声。
最後の一体。
体勢を低く。
下から掬い上げる。
斜めに走る一撃。
――ガッ!!
石の体が裂け、崩れ落ちた。
静寂。
粉塵だけが、ゆっくり舞う。
俺は息を整えながら、木刀を下ろした。
刀気はまだ消えていない。
ちゃんと維持できている。
ツバキとの修行よりも上手くいったな。
『ふむ』
満足げな気配。
『少なくとも、木刀が折れぬ程度にはなったか』
(彩芽、それ褒めてるのか?)
俺は苦笑いしつつ、心の中でそう返す。
『当然だ。刀気の修行をしてすぐに実戦で使えるようになるとは、お主、戦う才能あるぞ』
(ふっ、本当かよ)
彩芽の褒め言葉を冗談半分で流した。
そして一方コメント欄では、
”は?????”
”木刀で九階層狩ってるんだが”
”ちょっと待って意味がわからん”
”縛りプレイどころか強化されてない?”
”さすがコッチー殿”
”これB級行くやつの動きだわ”
「……コッチー」
ルナが目を丸くしている。
「今の、なに?」
「修行の成果」
「木刀で?」
「木刀で」
ヒカリが小さく息を呑む。
「……恒一さん、さっきと動きが全然違いました」
「……別人」
カナデも静かに言う。
俺は苦笑する。
「別人ではないよ」
まだ未完成。
まだ不安定。
多分これより上の階ではまだ通用しないだろう。
だが――
確実に前より強くなっている。
木刀を握る手に、ほんの少しだけ自信が宿った。
そして。
俺たちはそのまま素材集めを再開した。
* * *
無事、必要な素材を集め切り、九階層の探索を終えることができた。
大きなトラブルもなく。
怪我人もなく。
そして何より――
木刀で通し切った。
ダンジョンタワーの外に出た瞬間、湿った地下の空気から解放され、夕方の風が頬を撫でる。
「はぁあああ……」
ルナが大きく伸びをした。
「それにしてもさ」
くるっとこちらを振り返る。
「コッチー、ヤバすぎ」
「いきなりそれかよ」
「だって!」
ルナが両手を広げる。
「木刀で九階層よ!? あたしら守る側になると思ってたのに、逆に助けられてるじゃん」
「……事実」
カナデが小さく頷く。
「戦闘効率、上がってた」
「私も正直、驚きました」
ヒカリが少しだけ照れたように微笑む。
「木刀であそこまで戦えるなんて……改めて、すごい人だと思いました」
「いや、まだ未完成だって」
「それでも、です」
ヒカリの目は真っ直ぐだった。
「今度、ぜひ指導してください」
「……お手柔らかに頼む」
昨日までボコボコにされてた側なんだけどな、俺。
コメント欄も、配信終了間際まで盛り上がっていた。
”今日のMVPコッチー殿”
”木刀強すぎ問題”
”B級試験いけるだろこれ”
”縛りプレイで無双は草”
”次回も木刀で頼む”
「ほら見て」
ルナが端末を見せてくる。
「これまた切り抜き確定だよ」
「バズりそうですね」
軽い笑い声。
和やかな空気。
今日の配信は成功だったと言っていいだろう。
――だからこそ。
その声は、やけに鮮明に響いた。
「ヒカリ!」
俺たちの仲間を呼ぶ声に、自然と足が止まる。
ヒカリの肩がぴくりと震えた。
俺たちは同時に振り返る。
そこに立っていたのは――
爽やかな印象の青年だった。
長めの黒髪。
整った顔立ち。
柔らかな笑み。
探索者用の軽装だが、どこか品がある。
そして何より――
ヒカリの表情が明らかに変わった。
「……湊?」
小さく呟くように。
いつもの冷静さも柔らかい微笑みもない。
戸惑いと動揺。
一方でその青年、湊は優しく笑った。
「久しぶりだね、ヒカリ」
その声は穏やかで、どこか懐かしさを帯びている。
湊は一歩、近づく。
「迎えに来たんだ」
まっすぐに、ヒカリだけを見る。
俺たちではない。
スリースターズでもない。
ヒカリだけを。
「もう一度――」
微笑んだまま言う。
「僕ともう一度、パーティを組もう」
空気が凍った。
ルナが一瞬だけ眉をひそめる。
カナデの視線が鋭くなる。
そしてヒカリは――
何も言えずに、ただ立ち尽くしていた。




