修行初日、終了
「……ようやく、できたようじゃの」
不破ツバキが満足そうに頷いたところで、刀気の部分発揮訓練は終わりを迎えた。
「あ、まぁ……はい……」
返事をしたものの、声に力はまるで入らない。
全身が痛い。息をするだけで内臓が軋む。
正直に言えば――
一度だけだ。
たまたま。
運よく。
致命傷を避けられただけ。
いや、マジでこの人……容赦なさすぎるだろ。
修行ってレベルじゃない。
完全に実戦。
というか、ほぼ処刑だ。
一撃くらいは反撃できるだろうと思っていた数十分前の自分、ほんとお前アホすぎるぞ。
ツバキはそんな俺の内心などお構いなしに、ふっと息を吐く。
「防御に回す感覚は、もう体が覚え始めとるな」
そう言ってから地面に視線を落とした。
そこに置かれている、二本の木刀へ。
「さて」
ツバキは腰を落とし、木刀を拾い上げる。
「ここからが本番じゃ」
「……え?」
嫌な予感しかしない。
「素手で刀気をまとえるようになった。なら次は、分かるよな?」
木刀を軽く振る。
空気が、鳴った。
「まさか……」
「武器を持った状態で、それを維持せい」
「……やっぱりそうなりますか」
思わず、そう口にしていた。
素手で殴られる修行が終わる。
それだけで、少しだけ救われた気分になる。
――いや、甘いか。
次は竹刀でボコボコ……。
嫌な予感が脳裏を駆け巡る。
「うむ」
ツバキはあっさり頷く。
「だが、勘違いするでないぞ」
そう言って、もう一本の木刀をこちらへ放ってよこした。
反射的に受け取る。
軽い。
冴斬と比べれば、拍子抜けするほどだ。
「木刀はのぉ」
ツバキは自分の得物を肩に乗せながら言う。
「素手よりも、刀気を巡らせやすい」
「……え?」
「刀という形があるからじゃ」
コン、と自分の木刀で軽く地面を叩く。
「意識を向ける先が、はっきりしとる。だから、素手よりも楽に感じる者もおる」
楽。
その言葉に、思わず眉が動いた。
「ただし」
ツバキの声が、少しだけ低くなる。
「それは、維持できた場合の話じゃ」
嫌な予感しかしない。
「まずはやってみい」
そう言われ、俺は木刀を握り直した。
冴斬を持つ時と、ほぼ同じ構え。
そして冴斬を使う時と同じ感覚で意識を内側へ。
さっき防御に使えたあの感覚。
体の奥にまだ微かに残っている。
それを――
木刀へ流す。
じわり。
確かに、素手の時よりも通りがいい。
まるで水路が一本増えたみたいに。
刀気が木刀の内部をなぞる感覚がある。
「……っ」
思わず目を見開いた。
これは分かるぞ。
今までよりも明確に刀気を感じられる。
「お」
ツバキが、楽しそうに口角を上げる。
「顔に出とるぞ、兄ちゃん」
「……はい」
息を整えながら、正直に答えた。
「素手の時より、楽です」
「じゃろうな」
ツバキは満足そうに頷く。
「じゃが、それは立っとる間だけじゃ」
「……え?」
次の瞬間。
ツバキの姿が、視界から消えた。
「――っ!?」
反射的に身構えたが、遅い。
――ガンッ!!
木刀同士がぶつかる音。
衝撃が、腕を伝って全身に走った。
「ぐっ……!」
弾かれる。
足が、勝手に下がる。
その瞬間だった。
――スッ。
さっきまで感じていた通りの良さが消えた。
「……あ?」
木刀が、ただの木の棒に戻った感覚。
刀気が途切れた。
「今のじゃ」
ツバキの声。
「動いた瞬間、意識が散っとる」
容赦なく踏み込んでくる。
「木刀を持てば、楽になる。だが同時に――」
打ち込み。
防御が間に合わない。
「気を抜いた瞬間、全部持っていかれる」
「――っ!!」
木刀が弾かれ、体勢が崩れる。
倒れはしない。
だが、完全に押されている。
「素手より、簡単」
ツバキの声は楽しそうだ。
「じゃが、素手より誤魔化しが効かん」
なるほど。
分かってきた。
木刀は補助だ。
助けにはなるが、代わりにはならない。
刀気をまとい続けられなければ――むしろ弱点になってしまう。
……クソ。
歯を食いしばる。
防御に回したら攻撃が遅れる。
攻撃を意識すると防御が抜ける。
冴斬を使っていた時は、全部刀任せだった。
自分はその上に乗っていただけだ。
「ほれほれ」
容赦ない。
――ガンッ!!
木刀が弾かれ、衝撃が腕を突き抜ける。
「ぐっ……!」
踏みとどまろうとするが、足が言うことをきかない。
「集中せい」
ツバキの声はどこまでも軽い。
「意識が散っとるぞ」
次の瞬間。
横。
斜め。
下。
打ち込みが止まらない。
防ごうとしても刀気が間に合わない。
張れたと思った瞬間には、もう別の場所が空いている。
「――っ!!」
肩。
脇腹。
太腿。
痛みが遅れて追いかけてくる。
視界が揺れる。
呼吸が乱れる。
……もう、無理だ。
頭がそう訴えている。
体もそう叫んでいる。
それでも。
止まらない。
「立て」
ツバキの声。
「倒れるのは、気を失ってからじゃ」
鬼か。
鬼だ、この人。
最後は、もう防御も攻撃も形にならなかった。
木刀を握ったまま、膝から崩れ落ちる。
「……っ、はぁ……はぁ……」
呼吸が浅い。
指先に力が入らない。
全身が鉛みたいに重い。
……死ぬかと思った。
そしてその時。
ようやく。
「今日は、ここまでじゃな」
ツバキの声が聞こえる。
次の攻撃は来なかった。
「……っ」
その場に仰向けになり、天井を見る。
動けない。
瞬きするのが精一杯だ。
ツバキが俺の視界に入る。
腰に手を当て、満足そうに頷いていた。
「よしよし」
機嫌がいい。
嫌になるほど。
「初日にしては、上出来じゃ」
「どこが、ですか……」
絞り出すように言う。
ツバキは少し考える素振りを見せてから、
「死んでおらんところじゃな」
即答だった。
……やっぱり鬼だ。
「喜べ、兄ちゃん」
ツバキは、楽しそうに言う。
「今なら、週に二回ほどは修行に付き合ってやれそうじゃ」
「……え」
思考が一瞬止まった。
「マジですか……」
いや、聞き返した俺が悪い。
この死にそうな修行が。
この処刑じみた訓練が。
――まだ、続くのか?
絶望が胸の奥からじわじわと湧き上がる。
終わった……マジで、詰んだぞ俺の人生。
「何じゃその顔は」
ツバキが、くすっと笑う。
「嬉しくないのか?」
「……命の危機を感じてます」
「良いことじゃ」
悪びれもせずそう言い切った。
「生きるか死ぬかの瀬戸際でしか、身につかん感覚というものがある」
……いや、理屈は分かる。
分かるけどさ。
そして、
「あ、それとな」
ツバキが何か思い出したように付け足す。
嫌な予感がした。
いや、もうさっきから悪い予感しかしてない。
「兄ちゃん」
覗き込んでくる顔に悪意はない。
だが笑みが深い。
「刀気を完全に身につけるまで――」
一拍。
「木刀以外の武器は、使っちゃいかんぞ?」
「…………は?」
言葉が、出なかった。
冴斬が使えない。
木刀縛り。
この先の探索も。
戦闘も。
全部。
ツバキは、楽しそうに笑っていた。
完全に、悪い笑みだ。
「やはり、逃げ道はしっかり塞いでおかんとのぉ?」
……終わった。
俺の探索者人生、終わったかもしれない。
そう本気で思いながら、
俺は地面に転がったまま、天井を睨み続けるしかなかった。




