探索者協会、会長
二日の休暇なんて、あっという間だった。
なんか久しぶりにちゃんとゆっくりした気がする。
最近は休みがあっても、彩芽に死ぬほどしごかれてたわけだし。
なんてことを考えながら、俺は探索者協会の建物を見上げていた。
「……なんか、久しぶりだな」
自動扉をくぐると、いつも通りの協会ロビーが広がっていた。
掲示板、待合の椅子、行き交う探索者たち。
日常の光景だ。
俺はそのまま受付へ向かい、カウンター越しに声をかける。
「あの、すみません」
受付の女性が顔を上げる。
「三枝恒一というものなんですけど……」
一瞬。
彼女の表情が、はっきりと変わった。
「――三枝様」
ハッとしたように背筋を正し、すぐに丁寧な笑顔になる。
「お待ちしておりました。すでに会長からお話は伺っております」
「……会長から?」
「はい。こちらへどうぞ」
そう言って、受付の奥を示された。
「奥?」
思わず聞き返してしまう。
受付のさらに奥。
普段は立ち入ることのない場所だ。
たしか関係者以外立ち入り禁止だとか。
「ではご案内いたします」
言われるままについていくと、そこには確かに、一般利用者用の動線とは違う扉があった。
――こんなところ、あったのか。
扉の先は、無機質な白い壁に囲まれた細い通路だった。
足音だけがやけに響き、協会のロビーとはまるで別世界だ。
静かに歩きながら、妙な緊張感が背中を這い上がってくる。
通路の突き当たり。
重厚そうな扉の前で、受付の女性が立ち止まった。
「こちらになります」
そう言って一礼する。
「受付業務がありますので、私はここで失礼いたします」
丁寧に頭を下げると、彼女はそのまま来た道を引き返していった。
一人取り残される。
目の前には閉じられた扉。
この先にいるのは、探索者協会の会長。
元探索者だと聞いたことがあるが、それ以外の情報は何も知らない。
どんな階級なのか、どんな実績があるのか、はたまた年齢や性別すらも一切情報がない。
俺は一度、小さく息を整えた。
まぁここできたんだ。
俺の目で実際に確かめればいい。
そして扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。
思っていたよりも音はしなかった。
中は会議室――というより、応接室に近い空間だった。
落ち着いた色合いのソファと低いテーブル。壁際には書類棚と観葉植物がいくつか。
探索者協会の最奥にある部屋としては、妙に生活感がある。
「――あ、やっときた?」
唐突に声がした。
思わず視線を向ける。
ソファに腰掛けていたのは、一人の女性だった。
黒に近い濃紺のスーツ。
無駄のないラインで、体に自然に馴染んでいる。
年齢は……三十前後に見える。
モデル顔負けの見た目に、余裕のある笑み。
だが――
その視線がただ者じゃない。
具体的に何がどうとは説明できないが、俺の直感がそう告げている気がする。
「どうぞ。座りなよ」
そう言って向かいのソファを軽く手で示す。
「……失礼します」
促されるまま腰を下ろすと、彼女は満足そうに頷いた。
「改めて」
軽く背もたれに体を預けてから、こちらを見る。
「キミが三枝恒一くんだね」
「はい」
緊張が走る。
まるで値踏みされているかのように、彼女は俺の頭から足先までゆっくりと視線を往復させる。
「ワシは探索者協会の会長を任せられている、逸ノ城真琴だ」
――逸ノ城真琴。
その名前を聞いた瞬間、頭の中で何かが弾けた。
「……え?」
思わず、声が漏れる。
それは――
二十年前。
世界規模の大規模ダンジョン災害を単独で食い止めた、伝説級の探索者。
教科書にも載っている。
探索者なら、知らない者はいない名前だ。
だが。
目の前にいるこの人は、どう見ても――
「その顔」
真琴がくっと口元を緩めた。
「思ってたのと違うって顔だね」
「……正直に言うと、はい」
俺がそう答えると、彼女は声を立てて笑った。
「あはは、まあそうなるよな。大丈夫、初対面の九割はそうなる」
肩をすくめて軽く言う。
「よく言われるんだ。二十年前の英雄にしては若すぎない?って」
一拍置いて、
「ワシ、もう五十は越えてるよ」
「……えっ」
「見た目はね、まあ、ちょっとした体質と努力の結果かな」
さらっと言ってのける。
冗談めいているのに不思議と疑う気にならない。
それだけの説得力があった。
「あと三枝くん、そんな緊張しなくてもいいよ。今日呼んだのは、キミを問い詰めるためじゃない。ダンジョンタワーに今起こっている異変は、協会の力で調査しているところだしね」
その一言で胸の奥に溜まっていた力が、少しだけ抜ける。
「むしろ逆だよ」
視線が、まっすぐこちらを捉える。
「まずは――礼を言わせてほしい」
軽く頭を下げる仕草。
「十九階層、二十階層の件、よくやってくれた」
淡々とした口調。
だが、そこに嘘や社交辞令の色はなかった。
「だから今日はその話をしよう。三枝恒一という一人の探索者に対する評価の話と――今後の話だ」
そう告げてから、にやりと笑った。
マコトはテーブルの上に置いてあったタブレットを操作し、こちらへ向けてくる。
「まずは、事実確認からいこうか」
画面に表示されたのは、十九階層と二十階層の配信映像。
「君は十九階層の突破に直接関与し、その後――」
画面が切り替わる。
「二十階層のフロアボス戦。最終局面での介入、討伐への決定的な貢献」
淡々と読み上げながら、真琴は俺を見る。
「正直に言うが、協会としてはキミをかなり高く評価している」
「……ありがとうございます」
あの伝説的探索者の逸ノ城真琴に、評価される日が来るなんて思いもしなかった。
「それに、世間の反応も無視できない」
真琴は肩をすくめ、
「配信の切り抜き、SNS、探索者掲示板。今、キミの名前は結構な頻度で上がってる」
そのまま言葉を続ける。
「遅咲きの実力者とか、信頼される探索者とか――」
そして彼女は思い出したように吹き出す。
「わっち口調の激強サムライとかもあったな」
……ま、まぁわっち口調は置いておいて、世間からの評判は確実に上がっているようだな。
「そこでたま、協会としてはキミを――B級探索者昇格試験に推薦したいと思っている」
一瞬、言葉の意味を噛みしめる。
「……B級、ですか」
「うん」
あっさり頷く。
俺は、自然と頭の中で整理を始めていた。
――B級。
探索者の世界では、明確な壁になるランクだ。
C級までは、努力をすれば到達できる。
だがB級は違う。
探索者の中でもそこに届くのは、ほんの一割に満たないと言われている。
国家や協会から戦力として数えられる存在だ。
高層ダンジョンへの正式参加資格。
単独行動の許可範囲拡大。
報酬、契約、発言権――すべてが一段階上に変わる。
「もちろん、推薦=昇格確定じゃない」
真琴が続ける。
「B級昇格試験は、甘くない。実力、判断力、戦闘能力。全てを見る」
「……ですよね」
「でも」
ここで、少しだけ声のトーンが柔らいだ。
「今の君なら、挑む資格は十分ある」
真正面からの言葉だった。
しばらく考える。
正直、不安がないわけじゃない。
まだ自分は成長途中だという自覚もある。
この間の二十階層だって、フロアボスを倒したのは紛れもない彩芽の力だ。
決して俺の戦果ではない。
だが――
ここで立ち止まる理由もない。
「……受けさせてください」
俺だって少しは強くなっているはずだ。
それを証明するため、ここは何としてでも試験に受かってやる。
そう答えると、真琴は満足そうに笑った。
「よし」
軽く手を叩く。
「話が早くて助かる」
「詳細は後日、正式書類で送る。試験自体は、もう少し先ことだ。それまでにゆっくり対策をしてくれ」
そして、少しだけ間を置いた。
「――と」
何かを思い出したように、首を傾げる。
「そういえば」
視線が、俺の腰元に向く。
「君の武器、刀だったよね」
一瞬、空気が変わった。
「はい。そうですけど……」
「やっぱり」
マコトは小さく頷いた。
「今から百年以上前……刀を製造できる鍛冶師を亡くして以降、ほぼ全ての刀が整備できず壊れてしまったと聞いていた」
にやりと笑う。
「――これで今、協会で把握してる刀使いは、キミを含めて二人になった」
「……二人?」
「もう一人は、A級探索者。普段は配信もしないし、表に出るのを嫌うタイプだから、知らなくても無理はない」
そこで少しだけ悪戯っぽく笑った。
「今の時間なら、ちょうど協会のカフェテリアにいると思うよ」
真琴は椅子に深く腰掛け直し、口を開く。
「まぁ……刀使い同士じゃないと話せないこともあるだろうしね」
軽く手を振った。
「私からの話はこれで終わり。三枝くん、仕事に戻ってもらってかまわないよ」
俺は立ち上がり深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
マコトは、楽しそうに笑う。
「これから、大変だろうけど頑張ってね」
その言葉を背に、俺は部屋を後にした。
B級昇格試験。
刀使いのA級探索者。
それに十九階層、二十階層に出てきた昔のフロアボス復活についても何も解決していない。
だからこそ、真琴の言った大変だろうけどという言葉が妙に胸に刺さった。
いや、本当に大変だな。
だが先が思いやられると同時に、少しワクワクしている自分もいる。
「……とりあえず、行ってみるか」
まずは一つ、俺の中の問題を解消すべく、俺は協会のカフェテリアへ足を運ぶことにした。




