調査終わりは約束の……
焼肉屋。
命懸けで十九階層を生き残った翌日とは思えないほど、店内は賑やかだった。
網の上には、絶妙な配置で並べられた肉。
肉の焼ける音と、煙と、笑い声。
「あのね、コッチー」
トングを手にした俺の横で、ルナが肩をすくめる。
「コッチーは今日の主役なんだから、焼かなくていいよ……って言いたいところだけど……」
言い切る前に、俺の手元を見る。
「恒一さんの焼いたお肉……」
そう言って、ヒカリは一切れの肉を口に運んだ。
次の瞬間。
「――おいしい……!」
「美味しい〜!!」
ヒカリとルナが、ほぼ同時に声を上げた。
少し遅れて、カナデが肉を一口。
目を閉じて、ゆっくりと咀嚼する。
そして何度も、何度も小さく頷いた。
「……絶品」
短い一言。
「まぁ、いつも焼肉は焼く側だからな」
何気なく答えながら、肉の色を確認する。
「あ、それまだひっくり返さないで。もう十秒」
素材の旨みを引き出すにはまだ少し足りない。
そんな焼き奉行精神が、思わずヒカリの手を呼び止めてしまう。
「え、あ、はい……」
隣で箸を構えていたヒカリが、素直に手を止める。
約束通りの焼肉。
こんな感じでダンジョン探索の打ち上げみたいなことをしたのは生まれて初めてなので、実は結構楽しかったりする。
「……あの」
少し遠慮がちな声がして、顔を上げる。
ブルーアーチのうおただった。
「なんか……僕たちまで呼んでもらって、すみません」
その隣で、でんきとほのーも小さく頭を下げる。
「昨日は本当に、ありがとうございました」
「助かりました……」
ルナが手をひらひらと振る。
「いいのいいの、気にしないで」
にこっと笑って、
「せっかくなんだから、みんなで楽しもうってだけなんだし!」
場の空気が、ふっと和らぐ。
その直後。
「……あと、感謝ついでに聞くのもあれなんですけど」
うおたが、少しだけ視線を逸らした。
「スリースターズの皆さんって、食事風景まで撮影するチャンネルでしたっけ?」
その視線の先。
席の端。
そこには――
「気にしないでください」
カメラを構えたまま、まったくブレない手。
そして満面の笑み。
「一応、ブルーアーチのマネージャーさんには、ちゃんと許可いただいてますから」
スリースターズ代表兼マネージャー、神崎社長。
カメラをこちらに向けたまま、余裕のある声で言った。
「さぁ、みんな。遠慮せず食べてください」
一拍置いて、
「今日は――スリースターズの奢りですからね」
「おお……!」
「マジですか!」
歓声が上がる。
その瞬間、配信画面にはコメントが一気に流れ始めた。
”スリースターズの貴重な食事シーンきた”
”癒される……”
”お腹減ってきたぁ”
視聴者参加型にしてくれたのさすが
”コッチーやっぱり肉焼く側なんだ”
”焼き奉行っぽいの草”
俺は一瞬だけ、カメラの存在を意識してから、すぐに意識を戻す。
「ほら、次いくぞ」
肉をひっくり返しながら、自然にそう言った。
誰も違和感を覚えない。
ここにいる全員が、俺がここにいることを、当たり前として受け入れている。
それが今は妙に嬉しかった。
肉を焼いて、食べて、笑って。
気づけばテーブルの上は、空いた皿と煙でいっぱいになっていた。
不思議なことに――誰も、昨日のダンジョンの話をしなかった。
あの二十階層のことも。
アケボノのことも。
たぶん、みんな気を使ってるんだろう。
帰ってきてから、誰一人として俺に何も聞いてこない。
ルナも。
ヒカリも。
カナデも。
焼肉を食べて、配信のコメントを拾って、くだらない話で笑っている。
正直ありがたいな。
変に掘り返されるより、ずっといい。
俺は今、ちゃんとここにいていいんだと。
そう思える。
「さてさて」
その時だった。
神崎社長が、カメラを軽く下げて、スマホを操作する。
「せっかくですし、昨日の成果報告でもしましょうか」
神崎社長がそう言って、スマホを操作する。
「まず、スリースターズのメインチャンネル。現在のチャンネル登録者数――十二万八千人」
”伸び方エグ”
”昨日の配信拡散されまくってるもんな”
”スリースターズ、さらにファン増えるぞ”
「……!」
ルナが目を見開く。
「え、昨日より一万人も増えてる……」
ヒカリが思わず声に出し、カナデは焼肉を食べる手がふと止まった。
「はい。一日で一気に伸びました」
続けて、社長は別の画面に切り替える。
「そして、三枝恒一チャンネル」
一瞬、場の空気が引き締まる。
「現在の登録者数は――五万六千」
”5万……!?!?”
”コッチー出世しすぎだろwwww”
”そりゃあんだけ強かったらな笑”
”二十階層のわっちも良かったし”
”これはさすがに本物だな”
「……五万?」
思わず、俺が聞き返す。
「はい」
社長は頷いた。
一日で四万人以上の人が、俺のチャンネルを登録したってことだよな。
俺にとってはあまりに大きすぎるその数字に、正直返す言葉すら見つからない。
「一日でのチャンネル登録者数としては、かなり異例の数字です。十一階層の配信に加えて、十九階層、二十階層の切り抜きが連鎖的に拡散したからでしょう」
社長の冷静な分析。
身に余る思いだ。
「恒一さん、良かったですね……」
ヒカリが、少し嬉しそうに言う。
「三枝さんは、もうスリースターズのおまけではありません。独立した一人の探索者チャンネルとして、認識されています」
社長は穏やかに笑った。
その一言が、胸に静かに落ちた。
「よしっ! これにてコッチーをバズらせよう大作戦、完了でいいよね?」
ルナがニヤリとする。
「そうだね!」
ヒカリが満足げに頷き、それに遅れてカナデも深く首を縦に振った。
それからまだまだ宴会は続いた。
そして笑い声と肉の焼ける音が落ち着き、テーブルの上がほぼ片付いた頃。
神崎社長が、ふとカメラを下ろした。
その仕草だけで、空気が少しだけ変わる。
「――さて」
軽く咳払いをしてから、こちらを見る。
「業務連絡です」
一瞬、ルナたちが顔を上げたが、社長は手で制する。
「難しい話ではありません。まず――」
そこで一度、言葉を区切る。
「スリースターズ全員と、三枝さん。
明日と明後日は、二日間の完全オフにしましょう」
「えっ」
ルナが声を上げる。
「いいんですか?」
「ええ」
社長は即答した。
「十九階層、二十階層。
誰がどう見ても、想定以上の負荷でした」
俺の方へも視線が向く。
「三枝さんも含めてです。
無理に配信も探索もする必要はありません」
「やったー!」
ルナが思わずガッツポーズを取る。
「じゃあ寝る! 食べる! 何もしない!」
ヒカリも、どこかほっとしたように頷く。
「休養、大事ですからね」
カナデは短く、
「賛成」
とだけ言った。
「……分かりました」
俺も素直に頷く。
正直、体も気持ちも、少しだけ休みたかった。
それを確認した社長は、スマホを操作しながら続ける。
「その上で――三日後」
その言葉に、自然と背筋が伸びる。
「探索者協会から、正式な呼び出しが入っています」
店内の音が、一瞬だけ遠のいた気がした。
「内容は?」
思わず、そう聞いていた。
「詳細は分かりません。そして――」
社長は、こちらをまっすぐ見る。
「これは三枝恒一さん個人への呼び出しになります」
「えっ、コッチーだけ?」
ルナとヒカリが、同時に俺を見る。
カナデも、静かに視線を向けていた。
「……対応、お願いできますか?」
社長の声は、いつも通り落ち着いている。
だが、その裏にある意味は、嫌でも伝わってくる。
探索者協会。
つまり――
十九階層、二十階層の件。
どちらも経験し、討伐に関与した俺だけが呼び出されるのは必然だろう。
「……分かりました」
俺は、短く答えた。
「ありがとうございます。では皆さん、そろそろお開きにしましょうか」
神崎社長の一言で、本日のお疲れ様会は解散の流れとなった。
そして次の俺の仕事。
それは休暇明けの探索者協会。
おそらく今回の件について、あれこれ聞かれることになるだろう。
当日に向けて、少し準備くらいはしておくか。
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明日から13時20分の一日一回投稿になります。




