三枝恒一の選択
十九階層にてスリースターズ、ブルーアーチ、そしてアケボノが対面してから少し経って――
オレたちアケボノは、一度十九階層から外に出て、転移門から二十階層へたどり着いた。
オレにとって二十階層とは慣れた場所だ。
モンスターも弱いし、通路だって単純。
いくら異常があるからといっても、なんてことないだろう。
だがなぜか今、オレの胸の奥には明確なザラつきが残っている。
……チッ。
理由は分かっている。
分かっているからこそ、余計に腹が立つ。
十九階層で会った三枝恒一。
オレがアケボノから追い出した男だ。
スリースターズとかいう、やたら人気のある配信者パーティと一緒にいて。
しかも、まるで当然の位置にいるみたいな顔で。
思い出すだけで奥歯が軋む。
なんでだ。
アケボノにいた頃の三枝恒一は、そんな男じゃなかった。
目立たない。
前に出ない。
決して弱くはなかったが、強いとも言えない。
少なくとも、話題になる存在じゃなかった。
それがどうだ。
わっち口調がどうとか。
配信でバズってるとか。
クソ、ありえねぇんだよ。
挙句の果てに、ルナとかいう女――
『見る目がなかったんじゃない?』
……ふざけるな。
オレが。
このオレが。
人を見る目がなかった?
だったらアケボノはどうなる。
今まで積み上げてきたものは、全部間違いだったって言うのか。
「……前、出るぞ」
苛立ちを誤魔化すように、オレは剣を構えた。
「ちょっと、吉祥寺。突っ込みすぎ」
柊の声が後ろから飛ぶ。
「分かってる」
短く返し、地を蹴る。
出てきたのは見慣れた二十階層のモンスター。
本来なら何の問題もない相手だ。
剣を振る。
斬る。
倒す。
いつも通り。
……のはずだった。
「っ――!」
一瞬、背中が空いた。
次の瞬間、脇腹に衝撃。
完全に浅いが確実に判断が遅れた。
「吉祥寺くん!」
市村の声。
遅れて防御魔法が重なる。
「……遅い!」
思わず、怒鳴っていた。
「す、すいません……!」
市村は慌てて距離を詰める。
「いつもそこは三枝さんがカバーしてくれてたんで、つい……」
また、三枝。
胸の奥で、何かが音を立てた。
「……」
剣を振る手に、力が入る。
モンスターを斬り伏せながらも、思考がまとまらない。
「いやぁ……」
戦闘が一区切りついたところで、市村が、場を和ませるように言った。
「パーティ全体を守るのって相当難しいんですね。三枝さんが抜けて、正直……痛感というか。やっぱりあの人、歳食ってる分立ち回りが上手いんですよ」
その言葉を聞いた瞬間。
頭の中が、白くなった。
「――やっぱり」
低い声が、自分の口から漏れる。
「アイツを追放した俺に、見る目がなかったって……お前らも、あの女と同じこと思ってんのか!?」
「ち、違います!」
市村が慌てて首を振る。
「そういうつもりじゃ――」
「ほんと、何イラついてんのよ」
柊が、冷たく言い切った。
「さっきから、おかしいよ。吉祥寺」
その一言で、空気が完全に冷えた。
誰も、続けて何も言わない。
分かっている。
自分が荒れていることくらい。
でも止まらない。
頭の片隅に、十九階層で見た光景が焼き付いて離れない。
スリースターズと並ぶ三枝。
俺を見もしなかった、あの落ち着いた顔。
クソ!
今思い出しても無性に腹が立つ。
「……なぁ、吉祥寺」
柊が、低く言った。
「二十階層って、こんなに魔力の質、重かったっけ?」
「……あぁ? 知らねぇよ」
とは言ったものの――
たしかに空気が重くなった。
通路の先。
嫌な予感が背骨をなぞる。
オレは無意識に剣を握り直していた。
この奥にヤバい奴がいる。
理屈じゃなく、感覚がそう訴えてくる。
しかもこの先って言やぁ……
「……ここ、ボス部屋ですよね?」
市村が慎重な声を出した。
そう、二十階層は長く真っ直ぐな通路と、その奥にあるボス部屋のみの単純構造。
そんなことはオレだって分かっている
「だから何だってんだ」
オレは、苛立ちを隠さずに言った。
「だから、一度戻ったほうが――」
「戻る?」
言葉を遮って、鼻で笑う。
「はっ、今さら。そんな弱腰だからスリースターズの女にバカにされんだよ」
柊が、鋭い視線を向けてくる。
「吉祥寺。アンタ、落ち着いて」
「落ち着いてる」
即答だった。
だが自分でも分かる。
――嘘だ。
落ち着けてなんかいない。
十九階層で見た光景が頭から離れない。
三枝がスリースターズの真ん中にいたこと。
俺たちを見下ろすでもなく、淡々と前に立っていたこと。
そしてアイツらの言葉。
『恒一さんは、実力で評価されているんです』
『見る目がなかったのは、アンタたち』
それがずっと胸の奥に刺さっている。
……クソ。
何がわっち口調だ。
何がバズりだ。
地味で、守ることしかできねぇ中年。
それが今さら。
世間から評価されて始めている?
「……」
無意識に、足が前に出ていた。
「吉祥寺!」
柊の声。
「吉祥寺さん、待って!」
市村も慌てて伸ばす。
だがその時にはもう遅かった。
俺の足はボスエリアの境界線を越えていた。
後ろから柊と市村もついてくる。
円形の広い空間。
そこには特に何もいないが、嫌な魔力だけがこの部屋に漂っている。
そんな時、
背後で重い音が響く。
ゴゴゴ……。
「……っ!」
振り返った時には巨大な石扉が下り始めていた。
「ちょ、待っ……!」
「クソ、閉まる!」
柊と市村が駆け寄る。
だが扉は容赦なく地面へ沈み込む。
完全封鎖。
完全に逃げ場を失った。
「おい、冗談だろ……」
柊が扉に駆け寄るがびくともしない。
パラパラと降る土埃。
俺は上を見る。
するとそこには、一目では測れないほど大きな何かが天井を蠢いていた。
喉を鳴らしてこちらに眼光を飛ばしている。
やっちまった。
完全に。
だがもう遅い。
* * *
十九階層。
リグレッサーの討伐を終えた俺は、スマホに映る配信画面を見つめていた。
探索者パーティ〈アケボノ〉。
画面は荒れ、叫び声が飛び交っている。
“二十階層もボス出現とか、シャレにならんな”
“三人で勝てるもんなの?”
“いや、無理だろ”
“明らかに防戦一方”
“マジでいつまで体力もつか、だよな”
胸の奥が、嫌な音を立てる。
二十階層。
ここもリグレッサー同様、記録にすらない未発見のフロアボスだ。
彩芽の話が本当なら、画面越しのコイツも、昔のフロアボスということになる。
「二十階層ヤバそうじゃん」
ルナの声。
震えた声と同じように、スマホを持つ手も小刻みに揺れている。
「恒一さん……」
ヒカリ。
俺に判断を委ねているような瞳。
「あの……後のことは協会に任せた方がいいんじゃないでしょうか?」
そこでブルーアーチのうおたが割って入る。
「十の節目のフロアボスは異常な強さをしていると聞きます。実際この二十階層のボスも、さっきのボスに比べて明らかに強い。僕たちが行っても、はたしてこの人数で勝てるかどうか……」
この言葉に全員が息詰まる。
そりゃそうか。
皆さっきの戦闘で疲れている。
自信がなくなるのも当然のことだ。
目の前には二十階層に続く階段と、外へ脱出できる転移門が横に並ぶ。
そして――俺の答えはもうすでに決まっている。
一歩、一歩と先に進む。
「コッチー?」
「恒一さん?」
「恒一……?」
スリースターズ全員の声が重なる。
「一度、外に出よう」
数々の視線を背中で受けながら、俺は導き出した答えを口に出す。
転移門から脱出すること。
それがここにいる負傷者のため、そしてアケボノを最も早く助ける唯一の方法だ。
そう、二十階層へ続く階段よりも確実に、だ。
俺はそう確信を持って、転移門へ歩き出した。




