冴斬の真骨頂
リグレッサーとの戦闘中、俺はある出来事を思い出していた。
それは二日前。
堺城ダンジョンタワー、一階層でのこと。
俺と彩芽が向かい合っていたのは冴斬と出会ったあの場所、通常の探索ルートから外れたひとつの隠し部屋だった。
スリースターズとのコラボ配信まであと二日。
俺は彼女たちの足を引っ張らぬよう……いや、尽力できるように、出来うる限りのことをする。
そのための修行を、彩芽に付き合ってもらっているというわけだ。
「恒一」
頭の奥で、彩芽の声が響く。
「冴斬の能力は、完全に把握できておるか?」
「完全に、か……」
俺は腕を組み、少し考える。
「冴斬の魔力で身体能力が底上げされる。それと――斬るものを選べる、だったよな?」
彩芽は満足そうに頷いた。
「そうだ」
短くしかし断定的な声。
「冴斬は斬る対象を選べる刀だ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が僅かにざわついた。
「斬る対象……」
「肉体だけではない」
彩芽は淡々と続ける。
「武器。心。意志。技。そして、力の源そのもの」
俺は思わず息を呑んだ。
「だからこそ痛みだけを残すこともできるし、武器だけを壊すこともできる。命を奪わず、戦意だけを断つことも可能だ」
「……そんなことまで」
正直そこまでは考えたことがなかった。
ただ、冴斬はよく斬れる刀だと思っていた。
武器を選べば武器を、部位を選べば部位を。
自分が思い描いたものは、大抵斬れた。
だからそういうものだと思っていたが、まさか戦意のような目に見えないものまで斬れるとはな。
まぁでも痛みだけを残すことだってできるんだ。
何ができても不思議じゃないか。
「恒一」
彩芽が、ふと話題を変える。
「これから、お主が強いボスと対峙したとする」
「いや、ボスはさ」
思わず口を挟む。
「それこそ最前線の探索者が挑むもんだろ。俺みたいなC級の探索者には――」
「もしも、だ」
ぴしゃりと遮られた。
「フロアボスというのはな、その多くが特異な力を持っている」
彩芽は、淡々と例を挙げていく。
「死者を操るネクロマンス。肉体を自在に変形させる異形化。相手の行動を先読みする未来視。精神を侵す呪い……」
どれも、聞くだけで厄介だ。
「そういった敵と戦う時、お主ならどうする?」
俺は即答できなかった。
だが考えた末に思ったことを答えていく。
「まず一人じゃ無理だな。パーティを組んで、相手の行動を見て、対策を練るしかない」
探索者として、ごく当たり前の答えだ。
彩芽は、そこで一瞬、黙った。
そして――
「冴斬はな」
静かな声。
「そんな必要はない」
「……は?」
思わず、間の抜けた声が出た。
「どういうことだよ」
「斬ればよいのだ」
あまりにも簡単に言う。
「その力ごとな」
「……まさか、そんなことができるのか?」
俺は半信半疑にそう尋ねる。
目に見えない特異な力。
それはおそらく魔法や才能、体質のようなもので、斬れる対象じゃない。
少なくとも今までの常識では。
「できる」
彩芽は、迷いなく断言した。
「そのスキルの正体を、理解しておればな」
胸の奥で、何かが引っかかる。
「正体……?」
「再生、支配、予測。それら現象の理解。魔力の流れ、仕組み。これを理解することで――冴斬は、それを確実に断てる」
彩芽の言葉が、頭の中で反響する。
「つまりお主に必要なのは、二つだけだ」
彩芽は、はっきりと言った。
「どんな敵にも、一太刀浴びせられる攻めの剣」
そして。
「相手の懐にまで踏み込める身体能力」
静かな間。
「フロアボスがどんな理不尽を見せてきても、お主はたった一撃で解決することができる」
俺は、冴斬の柄を見下ろした。
この刀が、そんなことまでできると?
「そして恒一、今のお主に足りないのは、そのうちの『後者』だ」
後者。
「つまり、身体能力……?」
彩芽は静かに首を縦に振る。
「今のお主の肉体では、冴斬の力を完全に引き出すことはできておらぬ。まぁよくて――」
彼女は少し考える素振りをしたのち、その答えを口に出した。
「三割。その辺りだろう」
「え、そんなもんなのか!?」
愕然とした。
だが同時に心もわずかに弾んだ。
俺はまだ強くなれると、
そう言われたような気がしたからだ。
「この二日間はお主の身体能力強化と、冴斬との適合性を向上させる修行だ。覚悟はいいな」
「……お、おう!」
彩芽の不敵な笑みとともに、俺の地獄の二日間は幕を開けたのだった。
* * *
十九階層、フロアボスの目前。
再生を終えた怪物が、再びこちらを睥睨していた。
傷はない。
疲れも感じられない。
まるでさっきまでの戦闘など最初から存在しなかったかのようだ。
「……」
もう迷いはない。
初めから、俺が斬るべきは肉体じゃなかったんだ。
踏み出す。
一歩。
二歩。
「恒一さん!?」
ヒカリの声が背後から飛ぶが、止まらない。
冴斬に魔力を流す。
だが今までのように全身へ分散させない。
下半身。
踏み込みだけに集中。
――視界が、歪んだ。
リグレッサーから振り下ろされる腕を、俺は問題なく潜り抜けていく。
衝撃波を少しかすめてもスピードは維持。
攻めるときはどんなことがあっても減速してはいけないと、彩芽との修行で学んだ。
攻めを躊躇して、何度も彩芽にぶった斬られた経験をしたからだ。
俺は初めての地獄の修行を、まるで昔のことだったかのように思い出す。
吐きそうなほど、狂いそうなほどの痛みに悶え苦しみ、それでも死ねない畏怖と憎悪。
今でも思い出し嘔吐しそうなところで、俺は正気を取り戻し、本気の一歩を放った。
そしてリグレッサーとの距離が消える。
一太刀。
真正面から。
冴斬が、深く食い込む。
だが――
斬ったのは、肉体じゃない。
その異常な回復にも見える、時間逆行をだ。
回復ではない。
再生でもない。
初めて腕を斬った時、それは傷口から治癒していくわけでも、生えたわけでもなかった。
斬れた腕がそのまま元の部位に戻ったのだ。
正直それだけじゃ分からなかった。
だがその後全員で一斉攻撃をした時、リグレッサーの肉体は、逆再生をしているかのように、元の姿まで修復した。
飛び散った肉片までしっかりと回収してだ。
これが時間逆行の根拠。
もっとも他の可能性がないこともないだろうが、今のところはこれが濃厚だろう。
しかし今起こった目の前の現象、それが俺の導き出した答えとして、全てを物語った。
――裂けた傷口が塞がらない。
この怪物を元に戻している力。
傷をなかったことにしている根幹。
それが発動されなかった。
肉は裂けたまま。
外殻も戻らない。
よし、上手くいったぞ!
「今だ!」
俺は叫んだ。
「今なら、倒せる! 全力で来てくれ!!」
一瞬の沈黙。
だが、次の瞬間――
「了解!!」
ヒカリが踏み込む。
ルナの魔法が炸裂し、ブルーアーチの魔法が一斉に砲撃される。
今までとは違う。
確実に削れていく。
「戻らない……!」
「回復、してないぞ!!」
歓声と確信が混じった声。
リグレッサーが初めて後退した。
その隙を逃さない。
「畳みかけろ!!」
怒涛の連携。
崩れ落ちる外殻。
悲鳴のような咆哮。
リグレッサーは両腕を失い、外殻はほとんど崩れ去った。
残るは軟弱に見える細い肉体。
人のようで人でない、グレーの肉塊がどうにか佇んでいる状態だった。
そして――
最後の一撃。
「恒一さん! トドメを!」
ヒカリの叫び。
「コッチー!」
全員、俺に視線が集まる。
後は頼んだと言わんばかりに、皆、武器を下ろし首を大きく縦に振った。
正直、さっきの身体強化で筋肉が疲れきってる。
彩芽の言った通り、俺はまだ冴斬を全くといっていいほど使いこなせていない。
だが、ここで任された最後の一撃。
仲間に委ねられた初めてのボス討伐。
「……よし、任せろ!」
俺は渾身の力を振り絞って、
リグレッサーを両断した。
バシュッ――
巨体が、ゆっくりと傾ぐ。
――ドン。
床を揺らし、リグレッサーは完全に動かなくなった。
静寂。
数秒後。
「……倒した?」
「……倒した、よな?」
周囲から確認の声が飛び交う。
だが再生は起きない。
動かない。
少し経って、完全な討伐が証明された。
「……やった」
「やった……!」
安堵の声が、次々と漏れる。
「ちょ、コッチースゴすぎない!? コメントも絶賛盛り上がり中だよ」
まずルナが駆け寄ってきた。
“今の何!?!?!”
“再生止まったぞ!?”
“え、スキル斬った?”
“そんなことできんの?”
“コッチー何者だよ”
“完全に主役じゃん”
“もはやこっちのほうがバケモン説”
確かにさっきから通知で耳がうるさい。
ヒカリとカナデも息を整えながらこちらを見る。
「恒一さん、今のってどういう……?」
「カナデも、理解不能」
そうだよな。
今のを見て気にならないわけがない。
冴斬のこと今まで黙っていたけど、そろそろスリースターズのみんなに話す時が来たのかもな。
「……あ、ちょっと待って」
ルナの声で、俺も気づいた。
それは大量に流れてくるコメントの一部。
“てか二十階層、今ヤバくね?”
“同じようにフロアボスが出てきてるな”
“今、アケボノの配信エグいことになってるぞ”
“何かあったっぽい?”
“配信見る限り普通にピンチそう”
胸の奥が、わずかに軋む。
二十階層。
アケボノが向かった先だ。
どうやらボスの復活は、この階だけじゃなかったらしい。
俺はスマホを手に取り、アケボノのチャンネルを確認した。




