アケボノとの再会
その姿を見た瞬間、胸の奥が、僅かに軋んだ。
俺にとって、もはや見間違えようがない。
探索者パーティ〈アケボノ〉。
つい先日まで俺が所属していたパーティだ。
“恒一氏、前パーティと遭遇の巻”
“うわぁ気まずいやつだ”
“自分を振った元カノとばったり、みたいな”
“吉祥寺、目こわ”
中央に立つ男と目が合う。
「チッ、なんでお前がここに……」
リーダーの吉祥寺。
彼は気だるげに息を吐く。
そして隣には腕を組んだ柊と市村。
――懐かしい、はずなのに。
感情は、思ったよりも静かだった。
視線が交錯し、数秒の沈黙が落ちた。
吉祥寺が、眉をひそめる。
「なんでお前が、こんなとこにいんだ?」
周囲を一瞥し、俺を見て続ける。
「十九階層だぞ、ここ。お前、ソロの時は一階層ばっかだっただろ」
言葉はぶっきらぼうだが、敵意というより困惑に近い。
当然だ。
一緒のパーティだった頃から、吉祥寺は俺の事なんて眼中になかった。
今だってそうだろう。
俺がわっち口調でバズろうが、スリースターズの事務所に入ろうが、彼にとってはどうでもいいことだ。
「最近、話題なんですよ」
落ち着いた口調。
市村だった。
「三枝さん。わっち口調の配信で、ちょっとした騒ぎになってまして」
柊が、鼻で笑う。
「変なキャラ付けでバズったやつな。ほんっっと、くだんない。あんなことで世間の気を引いてさぁ……悲しくないの?」
冷たい瞳で一瞥される。
「ははっ、変なキャラでウケ狙うとか一発屋かよ。ま、探索者としての寿命も過ぎてんだし、ちょうどいいんじゃねぇの? お笑い芸人への転向も」
吉祥寺は愉しげに笑いあげ、
「くく……ちょ、ちょっと吉祥寺くん……お笑い芸人って……ははっ、笑わせないでよ!」
市村も思わず吹き出してしまう。
「ちょっと吉祥寺、それ言い過ぎ……ふふ……ッ!」
異変の起きている十九階層に似合わない、明るく愉しい笑い声が響き渡る。
“全員性格悪すぎて草”
“いや、アケボノはいつもこんな感じ”
“配信映えとか視聴者受けとか気にしてないもんな”
“だからこそ、ここまで強くなったってのはある”
アイツら、完全に俺をバカにしてるな。
別に気を引きたいとか、人気を出したいからって理由じゃないし、そんなこと思ったことすらない。
だがなんて説明する?
正直に説明したとて信じてもらえない。
いや、わざわざ反論する必要もないか。
俺はアケボノから貶されるのは慣れている。
別に勝手に言わせとけばいいさ。
俺の居場所は今、ここにある。
スリースターズ。
ヒカリ、ルナ、カナデ、神崎社長。
彼女たちの傍。
――だから俺は、アケボノなんて気にしない。
「……変なキャラ、じゃありません!」
ヒカリが、一歩前に出た。
声音は穏やかだが、はっきりしている。
「恒一さんは、実力で評価されているんです!」
「は?」
柊が、露骨に眉を吊り上げる。
「アンタら、スリースターズでしょ?」
彼女の視線が三人をなぞる。
「話題になってんのは、お前らと絡んだから。それに三枝が強い? はっ、冗談きついわ」
「……冗談キツイのは、アンタたちだと思うけど?」
ルナの一言に空気が冷える。
「十七階層、アタシたちが危なかった時、助けに来てくれたのがコッチーだったんだから。この事実は配信にしっかり残ってるよ」
一瞬。
場の空気が、わずかに揺れた。
「……は?」
吉祥寺が、聞き返す。
「助けた? しかも十七階層だぁ?」
俺を見る目が、値踏みに変わる。
「冗談だろ。お前、俺らといた時、前衛についてくるのがやっとだったじゃねぇか」
懐かしい言葉だ。
何度も浴びせられた。
痛いほどに、心が覚えている。
だが――
「それはね、きっとアンタたち〈アケボノ〉の見る目がなかったんだよ」
ルナが、にっと笑った。
「ね、コッチー?」
“きたぁ! ルナちのコッチー呼び!”
“言いたいことを言ってくれた感あって神“
“アケボノ、顔ブチ切れてて草”
“なんかスッキリしたw”
吉祥寺が眉をひそめる。
「何だその呼び方」
「今はそう呼ばれてるの。愛称ってやつ」
ルナは悪びれず肩をすくめた。
訪れる沈黙。
そして視線は自然と俺に集まってくる。
口を開かずとも、常に話題の渦中にいたからだろう。
「今回は、彼女たちとの合同任務だ」
淡々と。
「十九階層の異変調査とモンスターの掃討。俺はスリースターズ側として参加してる」
吉祥寺が、舌打ちをする。
「はっ。随分、出世したな」
皮肉。
だが、どこか苛立ちも混じっていた。
「だったら俺らは上に行く」
吉祥寺が、俺を一瞥する。
「二十階層にも異変があるらしいからな。お前らは下で、雑魚処理でもしてろ」
昔と、変わらない言い方。
だが――
俺の胸は、不思議なほど静かだった。
それだけじゃない。
静かに燃える熱のようなものも感じる。
これまで散々罵られていた俺が、仲間から庇ってもらい、それだけじゃなく認めてもらった。
彼女たちの信頼がカタチとして見えた瞬間でもあった。
それが嬉しくもあり、心強くもあった。
「……行きましょう」
彼ら〈アケボノ〉がここから去った後、ヒカリが静かにそう言った。
その視線は十九階層の奥――探索を続けるべき通路へ向けられている。
「そだね。アタシらの任務は、この十九階層の調査なんだし」
ルナとカナデも同じ方向を向く。
「みんな、ありがとう」
俺を、庇ってくれて。
俺を、認めてくれて。
俺を、スリースターズと関わらせてくれて。
彼女たちには色んな感謝がある。
だけどその一つ一つは、とてもじゃないが恥ずかしくて口に出せなかった。
「なんのありがとうか知らないけど、さっさと調査終わらせて焼肉でも食べに行こうよ、コッチー!」
「いいね、それ! 私も賛成!」
「……恒一の奢りなら、アリ」
“その焼肉……視聴者参加型でおなしゃす”
“場所は銀座でいいっすか?”
“この人数だと店貸切でも足りんやろw”
“先、銀座でスタンバってます”
“店決めてからスタンバれよww”
なぜか俺の奢りで話もコメントも進んでいくお疲れ様会にツッコミを入れつつも、俺は彼女たちスリースターズと先の通路へ足を踏み入れた。
「……あの、俺たちも一緒にいいですか?」
どうやら探索者パーティ〈ブルーアーチ〉もこの先ついてくるようだ。
もちろん焼肉じゃなくて、この先のことだ。
メンバーが多いに越したことはない。
探索者計七人。
大所帯となった俺たちは、警戒しつつ、十九階層をさらに進むのだった。
そんな中、俺は別の心配を胸に抱く。
二十階層。
アケボノ時代、何度か足を踏み入れた階層。
俺は彼らの一員として、その階層を経験した。
俺は、彼らアケボノのことを思い浮かべた。
彼らの実力なら、問題ない。
少なくとも、俺が心配するようなことは一つだってありはしないだろう。
それこそ――
大きな異変でも起きない限りは。




