恒一、十一階層で配信する
堺城ダンジョンタワー、十一階層。
ここは一般的なC級探索者が、ギリギリソロで潜れる範囲の階層だ。
油断すれば死ぬ。だが慎重に立ち回れば、確実に成果を出せる。
今日、俺はここで――
初めて配信をする。
今まで、ソロでの配信は一階層のみ。
採取中心、戦闘は最低限。
そんな俺が、別の階層で配信をする日が来るなんて、正直思ってもいなかった。
人生、分からんもんだな。
これも社長と、スリースターズ全員の提案だ。
「コッチーなら、よゆーよゆー!」
「むしろ、ちょうどいいと思いますよ」
全員、口を揃えてそう言った。
そして――
今。
その張本人たちは、カメラの画角からは完全に外れた位置にいる。
ルナは、両手を口元に当てて口パクしている。
たぶん「がんばれ」だな。
ヒカリは気合いの入ったガッツポーズ。
声は出していないが、全身で応援しているのが分かる。
カナデは――
何も言わない。
ただ、じっとこちらを見ている。
なんか、圧が強いな。
三人三様。
本当に、らしい反応だ。
「……まだカメラ、回してないぞ」
小声でそう呟きながら、俺はドローン搭載型のスマホを宙へ放る。
――ブン。
軽い駆動音と共に、スマホが浮遊し、俺の正面へ。
画角、問題なし。
音声、問題なし。
俺は、ひとつ息を整えた。
さて、やるか。
配信開始。
いつもなら、ここで視聴者ゼロ。
そこから徐々に増えても、せいぜい十数人といったところだ。
だが、今日の伸びは少し違った。
“お、配信はじまったぞ”
“突然の通知ビビった笑”
“これ、わっち剣士のやつだよな?”
“恒一氏、待ってたぞ!”
イヤホン越しに、アナウンスが流れる。
〈現在の視聴者数、百人を超えました〉
「……百?」
思わず、声が漏れそうになるのを堪えた。
これは、間違いなくあの配信の影響だ。
スリースターズを仮面の男から助けた、あの日の出来事。
聞くところによると、あの配信はすでに再生回数五十万を軽く上回っているとのこと。
さらには切り抜き動画も各SNSで出回り、俺個人の情報まで辿られたらしい。
そこからチャンネル登録。
なるほど。
人気配信者っていうのは、こうやって人を集めていくのか。
今さらながら、少しだけ実感する。
「どうも」
軽く頭を下げるようにして言った。
「俺は三枝恒一です」
コメントが、すぐに流れる。
“あれ、わっち口調は?”
“これが恒一氏の平常運転だ”
“え、じゃああの時のわっちは演技?”
“説明求む!”
来るだろうな、とは思っていた。
俺は一度、歩みを止めてカメラを見る。
「まず、そこから説明します」
声を落ち着かせる。
「この前の配信で見えた、口調が違う俺についてですが」
コメントの流れが、わずかに緩む。
「基本的に――」
一拍。
「あれは例外です」
“例外?”
“どういうこと?”
“別人格説的な?”
「あの時の〈わっち〉ですが、変な演出とか仕込みではありません」
ハッキリ言う。
「詳しくは説明できませんが、あの時みたいなことも、基本的には起きないと思ってください」
“じゃあ、今日は普通の恒一氏?”
“わっちは封印?”
“ちょっと残念”
「その代わり」
俺は、視線を前に戻す。
「今日は、俺の実力……全部出します」
十一階層の通路へ、足を踏み出す。
“実力?”
“今までは本気じゃなかったってこと?”
「今まで一階層の配信ばかりだったのは事実です」
“それな”
“採取メインだった”
“安全第一の人って印象”
「でも」
そこで一度、区切った。
「それで、俺の実力が決まるわけじゃない」
一瞬、コメントが止まる。
――そして。
「ここは十一階層です」
周囲を映すように、ドローンが旋回する。
「今日はここで、全力を出します」
逃げも、誤魔化しもしない。
「それが、俺のやり方です」
言い切った。
“恒一氏、こんなに喋る人だったんだ”
“落ち着いてて好感ある”
“わっちじゃないこの人もいいかも”
視聴者の反応も悪くない。
俺は一つ安堵の息をを吐き、前へ進んだ。
通路の先、視界がひらけた瞬間――
それは、すぐに分かった。
床や壁にへばりつくように蠢く、黒ずんだ影。
犬ほどの大きさをした魔獣が、ざっと見ただけでも十体以上。
ラット・ハウンド。
群れで動き、噛みつきと数で押してくる、厄介なタイプだ。
「今日の任務は、こいつらの掃討です」
カメラに向けて、淡々と言う。
「数が増えすぎたみたいで、十一階層の危険度が上がっているらしい」
“うわ、結構いるな”
“これ一人で?”
“C級ソロって、こんなの倒せるんだっけ?”
俺は歩みを止めず、奴らに歩み寄る。
そして手を前にかざす。
次の瞬間。
すっと、刀が現れた。
紫でも、妖気でもない。
鈍く光る、どこにでもありそうな鉄の刀。
――今の俺が扱える、限界の形。
彩芽との修行を経て、〈冴斬〉は木刀からこの姿へと変わっていた。
“え?”
“なんだ、何が起こった!?!?”
“どっから刀出したんだ?笑”
“今、空間から出てきたよな?”
軽く振る。
ずしりとした重み。
木刀の時とは明らかに違う。
それと同時に――
身体の内側が熱を帯びた。
流れ込んでくる魔力の量が段違いだ。
木刀の時は必要最低限。
だが今は余剰がある。
魔力を腕に流す。
踏み込みに合わせて、下半身にも回す。
すると身体が応えてきた。
重いはずの刀が軽い。
力を込めなくても刃が前へ出る。
武器に流すか。
身体に回すか。
この使い方は俺次第。
内側ではっきりとそう理解した。
これが、今の俺の最強の形だ。
俺はラット・ハウンドの群れに突っ込む。
吠え声、地を蹴る音。
だが――
一体目。
横から飛びかかってきた個体を、
最短距離で斬る。
血が飛ぶ前に、次。
二体目。
噛みつく動作に入る前、喉元を断つ。
“え、速くね?”
“今の判断ヤバい”
“回避じゃなくて斬りに行った?”
そうだ。
今までは、避けて、受けて、流していた。
だが――
ちゃんと刻まれている。
彩芽に叩き込まれた、あの三日間。
攻撃を選ぶ判断が、もう迷わず出てくる。
背後。
気配。
振り向かずに、斬る。
三体目が倒れる。
“後ろ見てないのに?”
“え、エスパー?”
“いや、完全に勘じゃないだろ”
数は多い。
だが、囲ませない。
位置取り。
通路の幅。
逃げ道。
すべて把握した上で――
一体ずつ、確実に減らす。
“あれ?”
“この人、全然焦ってない”
“数減るの早すぎる”
同時に、イヤホンに通知。
〈同時視聴者数、五百人を超えました〉
……増えてるな。
ラット・ハウンドが最後の抵抗を見せる。
四体同時。
普通なら、下がる場面。
だが――
下がらない。
踏み込む。
最初の一太刀で一体。
返す刃で二体目。
三体目が跳ぶ前に、首を落とす。
最後の一体が、逃げようとした瞬間。
一閃。
床に転がる、魔獣の死体。
“……”
“……え?”
“今の、一人で全部?”
〈同時視聴者数、千人を超えました〉
俺は、刀を下ろす。
「掃討完了です」
呼吸は、乱れていない。
コメントが、爆発する。
“エグい戦闘”
“これ、C級探索者の動きじゃないだろ”
“判断が全部早い”
“一階層配信ばっかりだったの、逆に損してたな”
“さすが元アケボノ前衛”
“切り抜きから来ました”
“わっち剣士の中の人、こんな強かったのか”
“普通にガチ勢じゃん”
“さすが元アケボノ前衛”
“今まで過小評価されてたな”
俺は、カメラを見る。
「……掃討完了です」
特別なことは、していない。
ただ生き残るために、斬るべき敵を斬っただけだ。
だがコメントが耳に入ってはっきり分かる。
俺は見直された。
一階層配信ばかりしていた頃とは、明らかに違う空気だ。
「では、そろそろ配信を終わりに――」
その直後。
俺が言葉を言い切るより前に、カメラの横からぬっと影が入ってきた。
「ねぇコッチー」
聞き慣れた声。
「やっぱりめっちゃ強いじゃん」
ルナだ。
「ルナ……ッ!! 今はダメですよ――」
そしてそれを止めに入ってきたヒカリ。
二人は完璧に、俺の……三枝恒一チャンネルの画面に姿を晒す。
その瞬間、コメント欄が今までにないレベルの大爆発を起こしたのだった。




