「休んだ男」
◆◆◆一日目
神島が学校を休んだ。
あの小学校でも中学校でも学校を休んだことのない神島が、だ。クラス内でもその話で持ち寄りになっていた。
「きっと神島は風邪を引いて今寝込んでるんだよ。いくらあの神島と言っても学校を休まないとは限らないじゃないか」ある者が言う。
「いいや。神島は勉強ができないじゃないか。そのくせもう受験だから、焦って今勉強しているんだよ」また違う者が言う。
僕は、というと神島は風を引いて休んでいたり、今頑張って勉強している姿はまるで見えなかった。
神島になにかあったんじゃないか。
そう思った。そう思ってしまうと急に不安になり、ガタガタと体が震え始めた。寒気もする。別にさほど仲が良い訳でもない神島の笑い顔が脳裏にはっきりと映る。僕はたとえ家族でも親友でもない他人ですら「何かある」と思ってしまうとそれどころではなくなってしまう性格にある。
ふと隣を見る。隣の席の女子はほとんど喋ったことのない静かな女子だったが、彼女の顔には心配や不安にもつかぬ比較的マイナスに見える顔をしていた。僕もそんな顔をしていたのかもしれない。
気づくとチャイムが鳴っている。そして、平然な顔をして先生がやって来る。
時が経つのは速いものだ。そして心の中で呟く。
神島、無事でいてくれ。
◆◆◆二日目
その次の日にも、神島は来なかった。
しかし、神島が2日連続で休んだことよりも、近所のコンビニで起きた万引事件の話でクラス内は大いに盛り上がっていた。
「神島が万引きしたんじゃないのか。犯行時間が昨日の午前十一時だったんだろ。昨日唯一休んだ神島なら、できるんじゃないのか」
そう言ったのはまさかの学級委員だった。最悪の学級委員だな、と僕は思うも声には出さない。他のクラスメイトもそんな事を話している場合ではないようだ。僕は特になにか言うわけでもなく、その場を見守る、いわば地球を見守る神のように、いやそんな大それたことではないが、とにかくクラスを見守っていた。
そもそも、神島との出会いもこうした「見守りポジション」をやっていたときだった。
「お前シャーペン何使ってんだよ」
彼は突然やってきた。やってきたと思えば、当時小学2年生だった僕にとって意味がわからない言葉を発してきた。目の前で宇宙人が今突然やってきても、こんな反応になったに違いない。
「しゃあぺん?」僕が尋ねると彼はにやりと笑い、同時に歯並びの良い歯を見せた。
「もういい。筆箱見せろ」
今度は逆に苛立たしい目つきに変わり、勝手に机の中から筆箱を引っ張り出し、チャックを開き、ベタベタと触りだした。「見せろ」という言葉の意味をわかっているのか、と怒鳴りたくもなるが、その時の彼に言ったところで、触るのをやめないだろう。やがて彼は口を開く。
「ふうん。鉛筆だけか」
そういうお前は何を使ってんだよ、と聞き返したくなったが、結局自慢されるだけだと考えたので喉から出ようとする言葉を飲み込んだ。我ながらいい判断だったと思う。しかし彼にそんなことは関係がなかった。
「じゃーん!お父さんが買ってくれたんだ!」
そう言って、ピカピカに光るのどこからどう見ても高そうなシャーペンを見せてきた。結局、自慢したかっただけなのだ。
しかし僕があまりにも反応が悪いためか、神島は再び不機嫌そうな顔になって去っていった。
あとから聞いた話だと、神島のお父さんは結構な大手会社の社長だったらしい。通りで金持ちなものだ。
◆◆◆三日目
その次の日にもやはり神島は来なかった。そして、クラスでも様々な口論が行われていた。
「神島は不登校になったんじゃないか」
「そんな2日、3日で不登校と決めつけるのは良くないよ」僕もそう思う。不登校、といえば、クラスにも不登校らしき生徒もいた。
加茂山だ。
彼は2週間ぐらい前から、学校を休んでいる。もともと、実家がとても貧乏だったこともあり、終始嫌味ったらしい噂が飛び交っていた。
そして、僕はある作戦を立てて、朝早くからコンビニに行っていた。
午前五時―
さすがに朝五時となると、空はまだ薄暗く、それはカーテン越しでもよく伝わるものである。時計はまだ午前5時を回ったばかりで、それを確認するとまた少し横になった。
別に早く起きたかったわけでもない。夜寝ても寝ても2時間程度で起きてしまっていた。夜には不眠症という言葉があるが、僕はまさしくそれであった。
僕は神島が万引きしたと思っている。理由は知らない。しかし、神島が学校を休むということは何か重大なことがあるということだ。
彼は学校を休んで万引きをした。それだけだ。
僕は最低な人間だな、と思った。同時に一つ思いついたことがあった。
本当に神島がやったか調べれべいいんじゃないか。
まだ朝早い。コンビニも二四時間営業だから、どんなに朝早くてもお店が閉まっているということはない。
やるなら今しかない。
そう思うのと同時に足が動く。勝手に動く。母親の押し入れから勝手に小型カメラを取り出す。まだ親はどちらも起きていない。適当な服に着替え、靴下を履く。神島の声が脳裏に響く。
「じゃーん!お父さんに買ってもらったんだ」
それも盗品じゃないのか。
足音を立てぬよう靴下を引きずり、玄関でスニーカーを履く。横になっている鍵のつまみを縦にする。ドアノブを回し、ドアを開け、外に出る。ほぼ同時に風が吹く。朝が早いせいか、肌寒い。こんな寒いのなら上着を着てくればよかったな、と苦笑する。小型カメラをポケットに押し込み、走り出す。小さな路地を左に曲がり、一度大通りに出る。まだ車は殆ど通っていない。その右側の歩道を小刻みに足を動かし、もう一度左に曲がる。すると、コンビニの派手な赤色と黄色、そして緑色の看板が見えてきた。
コンビニ到着すると、ためらわず中に入る。
店員はぶっきらぼうに会釈するだけだった。万引事件もあり、店員の様子は相当不機嫌そうだった。その時、僕の目に飛び込んできたのは、
「少年誘拐事件」という、新聞の見出しだった。たかが誘拐事件で大げさだな、と思い、新聞を広げる。
「なるほど」
呟いてから、自分が今、早朝のコンビニにいることに気づき、恥ずかしくなる。朝から何をやっているんだよ、と。しかし、店員はこちらを見ているわけでもなく、ただただ事務作業をしていた。いや、寝ていた。「そりゃ、万引きされるよ」と呟いてしまいそうになる。
店員がレジで事務作業をしているのを確認し、小型カメラの置く場所を模索する。盗まれたのは何か知らない。しかし、コンビニにはそんな高価なものはあまりないはずだ。これは直感で選ぶべきだとも考えた。
ここだ。そうなったのは、あれから五分ぐらい経ったときだった。パンコーナーだ。そう思ったのだ。早速カメラを取り付ける。取り付けてから、考える。
本当にやって良いのか。
やるのか、やらないのか。自分で自分の行動を考える。また、神島の言葉が頭に浮かぶ。
「ふうん、ただの鉛筆か」
やってやる。ぎゃふんと言わせていやる。もう一度カメラを見る。どのように写っているのか確認したかったが、その方法が見つからず、しばらアイスクリームコーナーでアイスを選んでいるふりをしてから、コンビニをあとにした。
ということがあったのだ。よくよく考えてみれば、万引き犯は2日連続も万引きをするだろうか。「するわけない」と言うほうが、なにせ現実的に見えた。本当にしないのだろうか。皆が神島で口論している間、僕はそんな事を考えていた。
午後6時─
僕は部活帰りにコンビニに立ち寄る。運が良いのか、悪いのか。まだそこには小型カメラがあった。やはり「店員は何をしているんだ」と怒鳴りたくなる。
外に出て、小型カメラに写っている内容を確認する。さすがに1日中録画をしたためか、容量はもうなくなっており、動作もだいぶ遅くなっていた。再生ボタンを押し、5倍速にする。それでもだいぶ長い。
「まじか」そう呟いたのは、再生ボタンを押して3分ぐらいたったときだった。その部分だけを今度は1倍速で再生する。
通りでこうなってしまったものか。
コンビニを出て、家の方角とは反対方向を向き住宅街に入った。
気にかかる人を見つけたからだ。夕方の光が差し込み、眩しくなる。小走りで住宅街の迷路のような道をかき分けるように進む。彼は僕がおっていることにまるで気づいていないように見えた。彼は小走りと言っては早すぎるスピードで住宅街を進む。それを追って、僕が進む。かなりスピードが出ているせいか、息が切れる。この足音や、荒い息で追っていることがバレるのではないか、と内心不安になる。
「神島」
そんな表札を見て、彼は立ち止まる。僕は、その家の曲がり角ギリギリの所で、座り込む。
要するに、ここが神島の家だ。豪邸、とは聞いていたが、流石に大きすぎた。そのくせ、外装はピカピカで一目で金持ちの家だということはわかる。おそらく、何年かに一回外装を変えているのだろう。おまけには、何円で買えるのかすらわからない、超高級ベンツが3台ほど並んでいた。
「おい、加茂山」声を掛ける。彼は、例の不登校の生徒だ。
「な、なんだよ」動揺したことを隠すような口調だったが、動揺していることは丸わかりだった。僕はふう、と一息吐き、バクバクと鳴っている心臓を落ち着かせる。
「加茂山、お前が万引き犯だったんだな」僕は冷静に話す。
「そ、そうだよ」加茂山があっさりと認めたものだから、僕は逆に動揺した。びっくりした。そしてまた口を開く。
「誘拐されている神島に食事を与えるために?」
「そうだよ」加茂山はぶっきらぼうに一言返事をする。新聞の「少年誘拐事件」は神島のことだったのだ。
「俺は、神島が誘拐されているのを見ちゃったんだ。でも、何故か犯人は神島の家に引きこもってたんだ。それで、一昨日に一度神島の家に行ったんだ。そしたら、雨戸が空いてて、カーテンもしまってなくて、中が丸見えだったんだ。バカだよな、犯人。それで、隠れながら、様子を見たんだ」誘拐というより、監禁に近いような、と思う。
「そこに、神島はいたんだろ」僕の予想はそうだ。
「そうだよ。神島の顔には結構いっぱい傷があったんだ。可愛そうだろ?そしたら、その傷だらけの顔面でなにか言ってきたんだよ」
「犯人は居なかったのか?」
「犯人なら居なかったよ。それで、神島は『食べ物をくれ』って言ってきたんだよ。もう俺は耐えられなくて。目の前の人を見殺しにはできないだろ?その後、コンビニに行ってパンを盗んだんだ」
「犯人は神島を殺すつもりはなかったんだと思うよ」
「へ?」加茂島は意表を突かれたような顔になった。
「だって、せっかくの人質なんだろ?人質が死んだら元も子もないじゃないか」
「あぁ、そうか」
その後、加茂島と少し雑談をした。彼は意外と面白くて、楽しかった。
◆◆◆四日目
神島が学校に来た。
クラスメイトは神島と加茂山が来たことに大いに盛り上がっていた。そして、万引き犯が加茂山だということがわかると、今度は大いにブーイングをした。
「おい、お前いくら不登校でも、万引きしちゃーだめだろ」
「そうだよ、そうだぞ」
「おいおい、言いすぎだろ。万引き犯がカワイソーだぞ」
そこに神島が駆け寄った。
「加茂山は万引き犯なんかじゃないぞ。ヒーローだ」
僕は、神島が淡々と説明しているのを、黙って見ていた。
神島お前は、立派でリッチだよ。




