椿
〈非情なる事だけ寒き暖冬よ 涙次〉
(前回參照。)
【ⅰ】
カンテラへ、ルシフェルの今日のご宣託。「*(時軸)麻之介のやうな、大技(「和合空間」の事)を持つ者に、猫どもの世話をさせてゐるのは、人事的に無駄ぢやろ。お主も甘いの」-そんな譯で、時軸には**「番軍」監査と云ふポストを用意し、「猫nekoふれ愛ハウス」のマスターは、一般から公募する事になつた。猫に情熱を傾けられる人、募集! と求人誌に掲載、同時にSNSでも募集要項を流す- さて、秩父の僻地に勤める事の出來る、適材は現れるのか?
* 前シリーズ第186話參照。
** 当該シリーズ第28話參照。
【ⅱ】
意外な事に、カンテラ一味に縁のある者が應募して來た。* 比良賀杜司である。だが、小學生にこの大役が勤まるのだらうか? カンテラは然し、杜司の採用に前向きだつた。事務所内でその事について多數決を取つたが、叛對したのは由香梨一人-「え〜、わたしだけなのお?」-由香梨には彼女なりの子供観があつた譯だが(何せ思ひも依らぬ、同級生の應募である)、カンテラ「彼のやうな子は、早くに實業界で羽撃くべきなんだ」と由香梨を諭した。由香梨はボーイフレンド・光流の父、** 田咲志彦氏(氏は福祉作業所所長)に相談した。が、志彦氏、「杜司くんならやつてくれると、私は思ふよ」と云ふ答へ。
* 前シリーズ第15話參照。
** 前シリーズ第68話參照。
【ⅲ】
結局、見習ひ、と云ふ事で假採用となつた杜司。彼はカンテラの思惑通り、目覺ましい才能を發揮して見せた。まづ、時軸と引き継ぎの期間があつた譯だが、愛猫・チャムを連れ杜司、猫の世話なら何でもし、珈琲の淹れ方も覺え、また器用に食器洗ひ、ケーキ類の仕入れなどもこなす。學業は仕事の合ひ間に通信教育を受け、何と(所謂「飛び級」で)中學卒業の資格を取つてしまつた。由香梨・光流、「驚いたねー、杜司もやるねえ」とひたすら舌を卷いたのだつた。
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〈だうせドブ江川つ子の我見限つた今は下水の舗道下の川 平手みき〉
【ⅳ】
後は金錢的な管理(こればつかりは、11歳には重荷)だけだが、それにはワーキング・マザーを目指す悦美が(* 翔吉を連れて)当たり、月末の精算日に「ふれ愛ハウス」に赴けば事足りた。(何かトラブルがあれば、わたしがバックアップするわ。謂はゞわたしは、「影番」ね)と君繪。と云ふ事で、杜司目出度く本採用が決まつた。早くから身寄りの者を亡くした杜司は自立心旺盛だつた-
* 當該シリーズ第2話參照。
【ⅴ】
で、實は杜司、住んでゐたグループホーム内で埓もない虐めを受け、其処から脱け出たい一心で、雇はれマスター職に「逃げて」來たのである(その點、住み込みで働ける「ふれ愛ハウス」は氣樂だつた)。彼の物怖じゝない氣質が仇となつた譯だが、それを聞き、「開發センター」庭掃除役である樹木の精・〈翁〉は怒つた。「* 儂の『坊や』を虐めたのは誰だー!?」-杜司がいゝと云ふのに、〈翁〉はお節介焼きで、虐めをした子に罰を與へる、と息卷いた。
* 前シリーズ第101話參照。
【ⅵ】
「頼もお!」と〈翁〉、グループホームに怒鳴り込んだ。「杜司くんを虐めたのは、誰ぢや?」-標的は直ぐに見付かつた。「杜司〜? あんな奴ゐなくてせいせいしたよ」と或る子が云ふ。「お前か、天誅ぢや」見る見る内に虐めつ子の躰から、葉つぱや枝がによきによきと伸びた。〈翁〉流石に樹木の精だけの事はある。「わ、わ、助けてくれ〜!」〈翁〉ほくそ笑み、「冬だから、椿ぢや。その内花が咲くぞ」-虐めつ子は手もなく降參。「許して下さい、何でもしますから」-「ぢや虐めは金輪際しないと誓ふな?」-「は、はい」。元より子供のする事だから、〈翁〉はそれ以上の罰は與へなかつた。
【ⅶ】
さう云ふ顛末で、時軸は「番軍」監査に、杜司は「ふれ愛ハウス」マスターに、それぞれ無事就任。一層賑やかになつた、カンテラ一味の未來は明るい。勿論この一件、収入は派生しなかつたが、杜司と云ふ得難い人材を確保したのは、一味にとつてデカい。尠なくとも、カンテラはさう信じたかつた。お仕舞ひ。
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〈ぬくぬくと還暦近き居候 涙次〉




