第7話 努力の差は、回数で決まる
訓練は、静かに始まった。
「今日は、剣も魔法も使わない」
そう告げた瞬間、村人たちの間にざわめきが走る。
「……じゃあ、何をするんだ?」
「昨日みたいな戦い方の練習か?」
俺は首を横に振った。
「その前に、体を壊さないやり方を覚えてほしい」
「それができないと、何をやっても続かない」
納得していない顔が多い。
だが、止めない。
結果で示せばいい。
「まず、これをやります」
俺は地面に線を引いた。
往復十歩ほどの、短い距離だ。
「ここを、歩いてください」
「速さは一定。息が上がらない程度で」
「……それだけ?」
「それだけです」
半信半疑のまま、数人が歩き始める。
すぐに、誰かが言った。
「楽すぎないか?」
「楽でいい」
俺は即答した。
「“楽にできる回数”を増やすのが目的です」
その言葉に、古参の男が眉をひそめる。
「苦しくならなきゃ、鍛えた気がしないがな」
「苦しくなる前に止めてください」
「今日は、そこまでです」
不満げな空気。
だが、俺は譲らない。
「――やめるのも、訓練です」
一時間後。
誰一人、倒れていなかった。
息も乱れていない。
「……これで、終わりか?」
「はい」
不満そうな声が上がる。
「こんなんで、強くなるのかよ」
俺は、静かに頷いた。
「明日も、同じことをやります」
「明後日も、その次の日も」
その夜。
俺は一人、納屋で記録を取っていた。
・歩いた距離
・時間
・疲労感
数値はない。
だが、感覚は嘘をつかない。
翌日。
同じ訓練を、同じ内容で行う。
三日目。
四日目。
変化は、ゆっくりだ。
だが――確実に出始めた。
「……あれ?」
「昨日より、楽だぞ」
気づいた者から、表情が変わる。
一方で、変わらない者もいる。
「つまらねぇ」
「こんなの意味ない」
三日目で来なくなった若者がいた。
五日目で、数人が抜けた。
俺は、引き止めなかった。
「……差が出るな」
古参の男が、ぽつりと言う。
「ええ」
俺は頷いた。
「“同じ努力”でも、回数が違います」
「続いた人だけ、結果が出る」
一週間後。
最初に残ったのは、半分ほどだった。
だが、その半分は――明らかに変わっていた。
・長く動ける
・息が乱れにくい
・判断が早い
剣を振らせても、違いが出る。
「……なんでだ?」
訓練に残った若者が、首を傾げる。
「前より、疲れない」
「なのに、動ける」
俺は答える。
「疲れないから、回数が増えた」
「回数が増えたから、体が覚えた」
単純な話だ。
だが、この世界では――新しい。
その日の午後、簡単な模擬戦をした。
結果は、一方的だった。
無理に突っ込む者はいない。
下がる判断が早い。
連携が、自然に出る。
「……昨日まで、こんなじゃなかった」
誰かが呟く。
古参の男が、俺を見る。
「お前……」
「人を強くするのが、上手いな」
「いいえ」
俺は、首を振った。
「強くなったのは、本人たちです」
「俺は、壊さなかっただけ」
その夜。
訓練を続けた者たちが、焚き火を囲んでいた。
笑い声。
疲れているが、暗くない。
「……楽しいな」
「前より、動けるのが分かる」
その輪の外で、俺は静かに考える。
――これだ。
才能でも、根性でもない。
「続けられる努力」
それが、この世界に欠けていた。
そして――
「このやり方は、村には大きすぎる」
いずれ、外に出る。
冒険者ギルド。
もっと厳しい世界。
ここで立ち止まるわけにはいかない。
夜風が、焚き火の火を揺らした。
俺は、心の中で決める。
「次は……個人じゃない」
「集団として、試す」
この方法が、通用するかどうか。
もっと、はっきりした場所で。




