第4話 呼吸が変われば、魔法が変わる
朝の空気は、少し冷たかった。
納屋の外に出ると、村の広場にすでに数人が集まっている。
剣を振る者。
魔法の練習をする者。
その中に、昨日話しかけてきた子どもの姿があった。
「兄ちゃん!」
駆け寄ってきた彼は、興奮気味に言う。
「昨日の息の仕方、またやってみたんだ!」
「結果は?」
「失敗しなかった!」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
「よかったな」
子どもは誇らしげに胸を張り、広場の端へ戻っていく。
……早い。
俺が思っていた以上に、この世界の人間は素直だ。
結果が出れば、迷わず信じる。
だが――
「魔法は、そんなに単純じゃない」
広場の中央で、若者の一人が火の魔法を放った。
だが炎は揺らぎ、途中で消える。
「ちっ……」
舌打ちする彼に、年長の男が声をかける。
「集中が足りん! もっと気合を入れろ!」
それを聞いて、俺は思わず眉をひそめた。
集中。
気合。
どちらも曖昧だ。
「……少し、試してもいいか?」
俺が声をかけると、周囲の視線が集まった。
「お前が?」
「この前から、変なこと言ってる流れ者か」
失笑が混じる。
だが、拒否はされなかった。
結果が出ているからだ。
俺は、若者の前に立つ。
「さっきの魔法、もう一度やってみてくれ」
彼は頷き、詠唱を始める。
だが、やはり炎は不安定だ。
「今度は、俺の言う通りに」
「……分かった」
半信半疑の表情。
俺は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「まず、息を吸う。肩じゃない。腹だ」
「吐く時は、一定に」
「魔力は、一気に流さない」
「……それで?」
「それでいい」
若者は戸惑いながらも、言われた通りに呼吸を整えた。
深く吸って。
ゆっくり吐く。
そのまま、魔力を流す。
――炎が生まれた。
小さい。
だが、揺れない。
「……っ!」
周囲が、ざわついた。
「今の……」
「さっきと、全然違う」
若者自身が、一番驚いていた。
「な、何をしたんだ?」
「特別なことは、何も」
俺は首を振る。
「魔法は力じゃない。流れだ」
「呼吸が乱れれば、流れも乱れる」
「そんな……」
「試してみろ。何度でも」
彼は、再び魔法を放つ。
同じ。
安定している。
「……できた」
ぽつりと、そう呟いた。
次の瞬間、周囲の反応が変わった。
「俺にも教えてくれ」
「さっきの、もう一回頼む」
一気に人が集まる。
……やはり、まずかったか。
だが、止める理由もない。
俺は簡単に説明し、数人に試させた。
成功率は、明らかに上がる。
「失敗しない……」
「魔力が、暴れない」
感嘆の声。
だが、その中で一人だけ、険しい表情を浮かべる男がいた。
村の古参だ。
「……そんな簡単な話で、魔法が安定するなら」
「今までの教えは、何だったんだ」
重い言葉。
俺は、視線を外さずに答える。
「間違っていた、とは言いません」
「ただ……足りなかっただけです」
「足りない?」
「理由と、再現性です」
空気が、張り詰める。
男はしばらく黙り込み、やがて苦笑した。
「……若いのに、面倒なことを言う」
そう言い残し、背を向けて去っていく。
残された人々は、複雑な表情だった。
結果は出ている。
だが、今までを否定された気分にもなる。
「……広めるのは、慎重にしないとな」
その日の夜。
俺は一人、焚き火の前に座っていた。
炎は、静かに揺れている。
いや――揺れていない。
安定して、燃えている。
「呼吸」
「姿勢」
「意識の向け方」
現代では、当たり前のこと。
だが、この世界では――革命だ。
「これ以上、目立つと……」
冒険者。
貴族。
騎士団。
どこかで、必ず引っかかる。
俺は炎を見つめながら、静かに決めた。
「次は、戦いだ」
理屈が通じるかどうか。
魔物相手なら、分かりやすい。
――力ではなく、やり方で勝てるか。
外では、夜風が草を揺らしていた。
この小さな変化は、
確実に世界を動かし始めている。




