第3話 知っているだけで、世界は変わる
それから、一週間が経った。
「……おかしいな」
朝の空気を吸い込みながら、俺は小さく呟いた。
体が、軽い。
昨日まで感じていた脚の重さが、ほとんどない。
寝起きであるにもかかわらず、立ち上がる動作が自然に出る。
「一週間で、ここまで変わるか?」
自分の体を見下ろし、軽く屈伸する。
関節の動きに、引っかかりがない。
筋肉が増えたわけじゃない。
力が急に強くなったわけでもない。
――無駄が、消えている。
それが一番近い感覚だった。
村の外れへ向かうと、いつものように若者たちが集まっていた。
彼らは今日も、全力で走り、全力で剣を振っている。
汗だくになり、息を切らしながら。
「よっ、あんたも走るのか?」
昨日声をかけてきた若者が、笑いながら言う。
「いや、今日は少しだけ」
「またそれか。楽して強くなれるなら苦労しないぞ?」
その言葉に、俺は否定も肯定もしなかった。
代わりに、歩き出す。
姿勢を正し、視線を前へ。
肩の力を抜き、呼吸を整える。
――走る。
昨日より、自然に足が前へ出る。
地面を蹴る感触が、はっきり分かる。
五分。
息は乱れない。
十分。
まだ余裕がある。
「……?」
横を走っていた若者が、ちらりとこちらを見た。
十五分。
彼の呼吸は荒くなり、ペースが落ち始める。
俺は、一定。
二十分。
「……っ、はぁ……はぁ……」
若者が足を止め、膝に手をついた。
俺は、まだ走っている。
「……おい」
声をかけられ、足を止める。
「何だ?」
「昨日まで……そんなじゃなかったよな?」
困惑と警戒が混じった視線。
「一週間前は、十歩で倒れそうだったろ」
「そうだな」
事実だ。
「なのに……」
若者は言葉を失っていた。
俺は、軽く首を傾げる。
「別に、特別なことはしてない」
「嘘つけ」
「本当だ」
走るのをやめ、歩きながら説明する。
「いきなり全力でやらない」
「疲れ切る前に止める」
「昨日より、ほんの少しだけ増やす」
若者は、ぽかんと口を開けていた。
「……それだけ?」
「それだけだ」
彼は、しばらく黙り込み、やがて苦笑した。
「そんなの、考えたこともなかったな」
だろうな、と思う。
この世界では、「根性」と「才能」が全てだ。
方法論は、評価されない。
その日の午後、俺は別の検証を始めた。
魔法だ。
村人の一人が、簡単な火の魔法を見せてくれる。
だが、炎は不安定で、揺れている。
「もっと気合を入れろ」
そう言われていたらしい。
俺は、頼んで同じ魔法を試させてもらった。
――深く、息を吸う。
――ゆっくり、吐く。
腹から、空気を押し出す感覚。
そして、魔力を流す。
「……っ」
炎が、出た。
小さいが、安定している。
「……?」
村人が目を見開いた。
「今の、どうやった?」
「呼吸を、一定にしただけだ」
「……それだけ?」
また、それだ。
俺は内心で苦笑する。
「魔力って、力じゃない。流れだ」
理解できるかどうかは、分からない。
だが、見た結果は事実だ。
その日の夕方。
村の子どもが、走り寄ってきた。
「ねえ、兄ちゃん!」
「どうした?」
「さっき教えてくれた息の仕方、やったら、魔法失敗しなかった!」
……早いな。
「そうか」
頭を撫でると、子どもは誇らしげに胸を張った。
周囲の村人たちが、ざわつく。
「何か、変なことを教えてるらしい」
「でも、結果は出てる」
視線が集まるのを感じながら、俺は静かに思う。
――これは、まずいかもしれない。
成長が、早すぎる。
しかも、俺だけじゃない。
「……広がるのが、早い」
夜。
納屋で一人、天井を見つめる。
この一週間で、分かったことがある。
このスキルは、確かに強い。
だが、それ以上に――
「この世界が、あまりにも非効率だ」
知っているだけで、差がつく。
考えられていないだけで、結果が変わる。
俺は、静かに息を吐いた。
「このままじゃ……目立つな」
まだ、力はない。
だが、伸び方は異常だ。
――そして、異常は必ず、見つかる。
外では、夕焼けが村を赤く染めていた。
この小さな村から始まった違和感は、
やがて、もっと大きな波になる。
そんな予感だけが、胸に残っていた。
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