第12話 旅立ち
夜明け前の空は、まだ薄暗かった。
村の外れ。
見慣れた道。
だが、今日は少しだけ違って見える。
「……静かだな」
独り言が、やけに大きく響いた。
もう、この時間に起きて訓練する必要はない。
見回りに気を配る必要もない。
――俺がやることは、終わった。
肩にかけた荷は軽い。
最低限の装備と、数日分の食料。
村で揃えられるものは、それで十分だった。
「さて……」
一歩、踏み出す。
草を踏む音。
靴底に伝わる感触。
村を出る、という実感がようやく追いついてくる。
街道は、想像よりも整っていた。
踏み固められた道。
車輪の跡。
行商人や旅人が、行き交った痕跡。
「……人の流れがある」
それだけで、少し気が引き締まる。
村の外は、無秩序だ。
だが、完全な混沌ではない。
規則があり、
力があり、
そして――利害がある。
歩きながら、自然と周囲を観察する。
・草の踏まれ方
・野営跡の灰
・道端に残された獣の足跡
どれも、村では意識しなくなっていたものだ。
「……癖は、抜けないな」
苦笑しながら、歩を進める。
昼前。
道の先に、数人の旅人が見えた。
冒険者らしい装備。
だが、動きは荒い。
「……新人か」
距離を保ちつつ、追い越す。
彼らは、こちらをちらりと見ただけで興味を失った。
それでいい。
今の俺は、
・名もない
・実績もない
・ただの旅人だ。
それが、一番安全だ。
昼過ぎ。
街道沿いの小さな休憩所で、簡単な食事を取る。
硬いパン。
乾いた肉。
「……悪くない」
贅沢ではないが、十分だ。
隣の席では、二人組の冒険者が話している。
「最近、ギルドが忙しいらしい」
「新人が多いってよ」
「腕の立つ奴は?」
「さあな」
「でも、すぐ消えるのも多いらしい」
――よくある話だ。
才能があれば、生き残る。
なければ、消える。
単純で、残酷な世界。
「……分かりやすい」
だからこそ、やりやすい。
夕方。
遠くに、街の影が見え始めた。
城壁。
塔。
人の気配。
「……あそこか」
冒険者ギルドのある街。
村とは、比べ物にならない規模。
人の数も、情報も、危険も。
自然と、胸の奥が静かに高鳴る。
怖さではない。
期待でもない。
――確認だ。
「このやり方が、どこまで通じるか」
力を誇示しない。
才能を見せない。
凡人の皮を被ったまま、
どこまで登れるか。
街道を歩きながら、深く息を吸う。
「……よし」
もう、引き返す理由はない。
村でやったことは、
小さな成功例に過ぎない。
外の世界は、もっと雑多で、もっと厄介だ。
だからこそ。
「面白い」
小さくそう呟き、
俺は街へ向かって歩き続けた。
冒険者として。
名もなき一人として。
――そして、
世界の仕組みを静かに壊す存在として。




