第11話 残されたもの
夜明け前の村は、静かだった。
焚き火の跡から、まだ微かに煙が立ち上っている。
昨夜の夜襲の名残だ。
だが――
恐怖の気配は、もうない。
「……見回り、交代だ」
若者の一人がそう言い、別の男が頷く。
声は落ち着いている。
無理な気負いも、震えもない。
俺は、少し離れた場所からその様子を見ていた。
――大丈夫だな。
それが、率直な感想だった。
昨夜、俺は途中までしか手を出していない。
指示も、判断も、ほとんど村の連中が行った。
それでも結果は同じだった。
怪我人なし。
混乱なし。
撤退判断も、追撃の判断も、正確。
「……ここまで来たか」
胸の奥で、小さく何かがほどける。
夜襲の後処理が終わり、村人たちが集まる。
誰かが言った。
「昨日の動き、悪くなかったな」
「前より、ずっと落ち着いてた」
「無茶する奴も、いなかった」
「……ああ」
古参の男が、腕を組んで頷く。
「“勝とう”としてなかった」
「“生き残ろう”としてた」
その言葉に、皆が静かに同意する。
俺は、一歩だけ前に出た。
「それで、いいんです」
視線が集まる。
「昨日、勝てたのは」
「強くなったからじゃありません」
一瞬、空気が張る。
「判断が、揃っただけです」
「揃えば、結果は安定します」
誰も、反論しない。
――もう、説明はいらない。
彼らは、理解している。
昼前。
若者たちが、自主的に集まって訓練を始めていた。
走り込み。
呼吸。
簡単な役割確認。
俺は、何も言っていない。
それでも――
内容は、ほとんど変わっていなかった。
「……教えただけなのに、か」
そう呟くと、古参の男が隣に立つ。
「違うな」
低い声。
「お前は、“正解”を教えたんじゃない」
「“考え方”を置いていった」
俺は、何も言えなかった。
その通りだからだ。
「だから、残る」
「お前がいなくてもな」
男は、遠くを見る。
「この村は、もう守られるだけじゃない」
夕方。
俺は、荷をまとめていた。
といっても、大した量じゃない。
最低限の装備と、少しの食料。
「……行くんだな」
声をかけてきたのは、最初に俺を信用してくれた若者だった。
「はい」
「ギルド、だっけ」
「ええ」
彼は、少し黙り込み――
やがて、笑った。
「なんかさ」
「俺たち、前より怖くなくなった」
その言葉に、俺は小さく頷く。
「それが、一番の成果です」
村の外れ。
見送りに来たのは、ほんの数人だった。
大げさな別れは、ない。
だが、視線は真っ直ぐだ。
古参の男が、最後に言った。
「お前がいなくなっても」
「この村は、大丈夫だ」
「ええ」
それが、俺の目的だった。
「……だがな」
男は、少しだけ口角を上げる。
「外の世界は、厄介だぞ」
「お前みたいなのは、特にな」
「分かってます」
凡人の皮を被った異常者。
きっと、すぐに気づかれる。
それでも。
「行ってきます」
そう言って、俺は一歩踏み出した。
振り返らない。
村は、もう――
俺の手を離れた。
夜、少し離れた丘の上。
一人で空を見上げる。
「……これで、第1段階は終わりだな」
力を与えたわけじゃない。
守ってやったわけでもない。
ただ、
考え方を残した。
それだけで、人は変わる。
集団は、変わる。
「……次は、外だ」
もっと強い人間。
もっと荒れた世界。
そこで、このやり方が通じるか。
確かめに行くだけだ。
――これが、始まりだった。




