魔導時計塔で雨宿り
繊細なタイルが並べられた階段をゆっくりと上っていく。
こんな雨の日にわざわざ魔導時計塔の展望台に向かう人など、きっと私以外いないだろう。
半透明の魔導ガラス越しに見える歯車が、呼吸するように滑らかに回転しているのが見える。時計塔の濡れた壁に手をつくと、光は応えるように指先を優しくなぞった。
王都が見渡せる展望台にたどり着く。
黒い尖塔群からは、灰色の蒸気の煙が幾本も吐き出されている。
微かな汽笛の音。遠くに魔導列車が走り、緑のランプが軌跡を描く。
空には、飛行船の航行灯が点滅しながらゆったりと横切っている。
その全てが一つになって、雨に滲むように溶けていくのだ。
この光景が好きだ。
ふと、展望台の奥に視線を向けると、雨宿りをしている人がいた。
――あっ、あの人だ。
彼が胸に抱えた本が、濡れてしまっている。
今日は何の本を借りたんだろう。図書館でよく見かける、あの人。
多分、好きな本のジャンルが私と同じ。
だけど、彼の名前は知らない。
話しかけようか。いや、私は彼を知ってるけど、彼は私を知らないだろうな。
――雨が降って困りましたね。
ちょっと違うな。
――良かったら、傘に入りませんか。
馴れ馴れしいかな。
雨粒の中で、彼の黒髪に淡い光沢が走る。
彼が風邪引いちゃうな。
私のブーツが水たまりを踏んだ。
――パシャリ。
傘を差し出した。
彼は目を見開いている。
困ったな。なんて言えばいいか分からない。
傘を開いたまま彼の前に置いて、走って逃げた。
――カッコ悪すぎ。
魔導時計塔の階段を、雨粒を弾きながら駆け下りる。
髪はびしょびしょ。
絶対変なやつだって思われただろうな。
階段を降り切ると、雨が止んだ。
なんだ。
少し待てば止んだのか。
……余計なことしちゃったな。
ため息を一つこぼす。
石畳を少し歩いてから、展望台を見あげた。
雨粒を纏った時計塔の壁が、柔らかく光を弾いている。
彼が手を降っていた。
「ありがとう!!!!」
声が大きすぎるよ。笑っちゃった。
また、図書館で会えるかな。
会えたら、今度はちゃんと話しかけよう。
雨が去った後の空には、虹が出ていた。




