第63話 狐白と森と散歩
「ガルルルル」
「あぁ。こはくちゃんが隅っこに行って唸ってる!」
アイリは嘆き、もみくちゃにされたボクはあんずちゃんと一緒に隅っこで警戒態勢を取っていた。
えぇ。見事にしてやられましたよ。
「あはは。しかし向こうの雑誌までいただけるとは。ありがたいことです」
そんな田中さんは優雅にロッキングチェアに腰掛けながら漫画雑誌を読んでいる。
ロッキングチェアはなんと自作らしく、なかなか良くできたと本人が話していた。
聞いた話では日曜大工が趣味なのだとか。そのうちいい感じの家具を作って置きたいらしい。
田中さん、さては優秀ですね?
「ちょっとボクは森へ散歩に行こうと思うのですが、田中さんにあんずちゃんを預けておいていいですか? アイリがきたら匿ってもらえると嬉しいです」
「それは構いませんけど、なぜ森に?」
「このあたりについて調べてなかったもので、調べてみようかなと」
ついでに動物関係がいたら調査もしたい。
「私も一緒に行きますよ?」
「いえ、そんなにかからないので大丈夫かと。いざというときはメルディアを召喚しますので」
「そうですか。わかりました。くれぐれも無理しないでくださいね」
というわけであんずちゃんを田中さんに預けてボクは1人で森へと出る。
調査したいのもそうだけど、拠点と街を行き来しているだけなのでこの周辺のことを全く知らないのだ。
森の中は鳥や動物の鳴き声が聞こえる以外は基本的に静かだ。
風が吹けば枝が揺れ葉が擦れる。そうしてまた自然の音が優しく聞こえてくる。
異世界の森も一部を除けば他の世界と何ら変わらないようで実に落ち着いたものだ。
そんなことを感じ、考えながら歩いていると何やら大きな水たまりにたどり着いた。
池というには大きく湖というには少し小さい。
「ふむ。動物たちが遠くで水を飲んでいますね。あ、一角猪」
鹿っぽい動物や兎っぽい動物が水を飲んでいるその近くを一角猪が通りかかった。
動物たちは一角猪を見るやいなや一目散に逃げ出す。
しかし一角猪はそんな動物たちを追わずに、軽く水を飲みのしのしと歩きながら去っていく。
お腹がいっぱいなのか追いつけないからなのか、それとも動物は襲わないのかは定かではないが何もせずにいなくなってしまった。
そうしてしばらく、ぼんやり眺めていると今度は人型をした背の小さい生き物が一角猪と戦っているのを目撃した。
ちょうどいいので少し遠いけど端末のカメラで撮影。図鑑で調べてみたところ【グリーンゴブリン】と表示された。
「あれもゴブリンですか。小鬼というには更に小さい? インプ系ですかね。グリーンゴブリンというからにはブルーゴブリンやレッドゴブリンなんかもいそうですね」
体長は約100cmから130cm程度だろうか。おそらくうちの桃花たちくらいの大きさはある。
見た目は角こそ生えていないがやせ細った緑の体をした小鬼のようだけど、一番見た目が近いのは餓鬼だろう。
餓鬼は普段餓鬼道にいるくせに時折どこからともなく別の世界に漏れ出てくることがある。
もしそんな餓鬼を見かけたらとことん叩きのめして始末するのが一番だ。
人間たちには厳しいかもしれないけど、精霊たちやボクたちならそんなの難しいことではないしね。
グリーンゴブリンたちは集団でどうにか一角猪を仕留めたものの、負傷者が出た様子。意気揚々と一角猪を持って帰ろうと振り向いた瞬間、彼らは目ざとくボクを見つけたらしくそのまま踊るような勢いでこっちに走ってきていた。
「距離は十分。こっちに敵意アリですか。あまり実験する機会はありませんでしたがちょっとお父様の力を使ってみますかね」
父詠心は空間を使った攻撃術にも長けていた。もちろんほかにも色々な術を持っているのだけど、一番簡単だと教えてくれたのは影という空間を利用した妨害と攻撃だった。
「まずはゴブリンの影の座標を確認」
ゴブリンは3体ほどいるものの全員がまだ遠く影すら見ることはできない。しかし近づくにつれてこちらの認識範囲にうっすらと影が見え始める。
「【影空間固定】」
そう口にした瞬間、3体のゴブリンはぴたりと動きを止める。ゴブリンたちは訳も分からずに足を動かしたり手を動かしたりしているが一向に動く気配はない。
「【固定した影空間の先鋭化】」
その言葉を口にすると、ゴブリンたちの影から黒い槍のようなものが伸び始める。
そしてーー。
「【解放】」
瞬間、影から放たれた黒い槍がゴブリンの身体を背中から貫く。
「!!」
苦悶の声をあげるがうまく叫べないようで、じたばたともがきながらやがてゴブリンたちは動かなくなってしまった。
「テストは良好、ですね。影空間固定からの足止め、その後の刺突までは想定内ですね」
少なくともゴブリンには先ほどの攻撃が有効。なので今後出会っても問題なく対処できるだろう。
さて探索の続きをしなければ。さっそく倒したゴブリンの死体のある場所へと移動する。
ゴブリンの死体は3体。どれも腹部を背中から貫かれての致命の一撃を受けている。
そんなゴブリンの近くには棍棒や石のナイフ、石の槍が落ちているのが見えた。
どうやら彼らは磨製石器で狩りをしていたらしい。
「鉄器でも銅器でも青銅器でもなく石器ですか。案外ゴブリンの集落は竪穴式か横穴式といったところなんでしょうね」
軽くゴブリンの観察を終え、死体を別の空間に放り込む。
そして落ちていた武器を並べて地面に置き、ボクはその場を立ち去った。
少し歩くと先ほどゴブリンが倒していた一角猪を見つけることができたので頂戴しておく。
やはり空間にポイっと入れ収納する。
「小型とはいえ、ゴブリンが一角猪を倒すんですから侮れませんね」
少し周囲を観察した後、さらに森の奥へと進む。
ちょうどゴブリンが出て来た付近だ。この先には集落があるのだろう。
「集落に立ち入るのは少し面倒ですね。ちょっと気になっているところだけ見たら戻りますか」
ゴブリンの集落があると思われる方向とは別の場所から空間の揺らぎを感じるのでそこへ向かう。
何か隠蔽しているような雰囲気だ。あの時の封印の祭壇と似たものでもあるのだろうか?
そのまましばらく歩いていくと、崩れた石造りの大きな建物だったであろう廃墟に辿り着く。
もうほとんど崩れ、少しの壁と石畳の床の一部しか残っていない、そんな廃墟だ。
「あった」
少し周囲を調べると、目的の物を見つけることができた。
それは石畳の床に重なるようにして配置されている、認識を歪める結界だった。
「何かがあるというわけですか。もし遺品類でしたらそっとしておきますかね」
石畳の床に重なるようにして設置されている認識阻害の結界。これを軽く引っ張り、結界を壊さないようにして結界と床面に対して空間の隙間を作る。
結界自体を1つの空間としてそのままずらすようなイメージだ。
「地下への階段、ですか」
結界の下にあったのは地下へと降りる階段の入り口だった。




