第54話 鬼たちの領域へ
意外なところでボクは幼馴染の【酒井鈴音】に出会ってしまった。
どうやら彼女もまたこの世界で色々なことをして楽しんでいるようだ。
まぁ日本ではできないこともあるわけで、そういう意味では新鮮で楽しいとは思う。
そんな鈴音に手を引かれ、ボクはダラムの街を歩いていくことに。
「珍しいと思うだろうけど、街中に転移ポイント設置してあるんだよ。ちょっと家を買ってな」
「家? 都市の中だと高くないですか?」
「まぁ見てろって」
鈴音はそう言うと、どんどん歩いていく。やがてだんだんと街の中心から離れていき、たどり着いたのは誰が建てたのかわからない1つの社だった。
どうしてこんなところに? そう思わずにはいられない。
「元々ここには広い空き地があったんだ。んでこの社をあたしが建てた。事前の土地買って許可貰ってな。大事なのはこの奥だ」
鈴音に手を引かれたまま社の脇を通りその先へ。するとそこにはただ意味もなく鳥居が1つだけ建っていたのだ。
その奇妙な鳥居からは結界の気配を感じる。これか。
「鈴音、これ」
「おうよ。この先が領域へ繋がってる転移ポイントよ。連れのそいつも連れて行ってやるから安心しな。でも、手を離すなよ」
そう口にすると鈴音は一気に鳥居の間へと侵入していく。ボクは鈴音の手を握りながらメルディアの手も離さないように握りなおす。
そして3人が鳥居へと侵入した瞬間、景色が一変した。
周囲は古い日本のような風景に変わったのだ。
「到着っと。どうだ? ここがあたしの領域だ。まぁ結構昔の日本の風景って感じだと思うけどよ」
小高い丘の上にあるのか周囲には空が見える。近くにある建物は神社が1つだけ。
鈴音の手が離れたので、ボクはゆっくり神社の鳥居の先へと歩き出した。
するとそこには長い階段とその下に大きな街が広がっていたのだ。
教科書の写真で見たような、明治・大正期あたりの街並みのように見える。
「木造建築と石造りの建築物が入り混じってる……」
基本的な商店や民家などは木造平屋か2階建てがほとんどで、それ以外の場所は石造りの建築物が利用されていた。特に馬車が入る建物はとても大きな洋風建築になっている。
「まぁうちの衆がこれが良いって言ってきかないもんでよ。なんか古めかしい感じになっちまったんだ」
そう口にしながら快活に笑う鈴音。男勝りなところは相変わらずのようだ。
「そっか。ボクも真似しちゃおうかな」
「おうおう。真似しろ真似しろ。なんなら技術指導にうちの衆を出すぜ」
未だ街並みには悩んでいるものの、何となく好きな感じの風景なので真似したいところ。
鈴音も気にしていないどころか勧めてくるくらいだ。
「あの石造りの、馬車が入っていく建物は? 交易所とか?」
「あぁ。あれは交易所だな。一旦あそこに荷物を集めて方々に売ったり出したり運んだりするんだ」
大きな石造りの交易所にはいくつもの馬車や荷車が入っていくのが見える。
かなり好況な様子だ。それにしても見える人はやはり鬼が多い。
「そこの交易所の右隣に大きな蔵と古めな木造建築があるだろ? 入り口に杉玉が飾ってある建物。あそこ【オロチ酒造】の店舗の1つだぜ」
「えっ、そうなんです?」
ボクもネット通販でお世話になっている【オロチ酒造】、その店舗の1つが鈴音の領域にあるなんて驚きだった。
どうやって交渉したんだろう? あんまり店舗を増やしたがらない大蛇なのに。
「基本的にあの蛇は高天原だけにしか店舗置かないからな。交渉は難航したよ。けどまぁうちの鬼どもが酒好きってところが良かったらしくてな。試しにってことで出店してくれたんだよ。あそこの売上はやっぱすげえよ」
「ふぅん……」
若干ジェラシーを感じるけど、ボクはここまでしっかり打ち込んでこなかったから当然といえば当然の結果だ。
ただやっぱり売れているお店が来てくれるのは非常に大きいと思う。注目度も違うから旅行者も多くなるはずだし。
「なーに拗ねてんだよ。狐白んところはこれからだろ? あの蛇より大物がいつもチェックしてんだぞ」
「そうだけど……」
わかってはいるけどなんとなく腑に落ちないっていうか、なんというか。
と、そんなことを思っていると遠くから声が聞こえてきた。
「お嬢ー! おかえりなさいませー!」
遠くから現れたのは大柄な男性の鬼だ。強面のいかにも鬼ですといわんばかりの顔をしている。
「おう。戻ったぜ」
「おっと、こりゃ失礼。まさかお嬢がお連れさんと一緒とは思わなくて」
鬼の男性はボクの方をちらりと見ると、ぺこりと頭を下げる。
「こいつは狐白だ。あたしの幼馴染だけど、お前会ったことないんだっけか?」
「へぇ。あっしはお会いしたことはありません。ですが、このお嬢様が狐白様ですかい」
「そうだよ。怖がらせんじゃねえぞ? もし何かあったらさすがのあたしでも怒るからな」
「肝に銘じておきやす」
「何言ってるんですか、この鬼どもは……」
鈴音は昔からボクに対してちょっと入れ込みすぎるところがあるように感じる。
まぁ幼馴染で親友ってだけでもそれなりに特別感はあるのだろうけど。
余計なこと考えているようならひっぱたくんですけど。
「うっし、んじゃちょっと街見てくか」
鈴音の言葉を聞いてちらりとメルディアを見る。
メルディアはワクワクしたような表情をみせていた。
鈴音に先導され階段下の街へと赴く。
そこで見たのはとても不思議な世界感だった。
まず道は基本的に土の道だ。そこに馬車が通り荷車が通り、人が通る。
上下水道はあるようでマンホールが設置されている。電気も通っているらしく電柱から電線が伸びていた。
おそらく日本の歴史を踏襲しているのなら、発電方法は水力あたりだろうか。
「いらっしゃいいらっしゃい、今日はいい魚が入ったよ!」
「野菜はいかがかねー!」
「今日は鬼丸精肉店の肉特売日だ! ちょっとそこの奥さん、いいとこ1つ買っていかないかい?」
「緊急車両通るぞ! 道開けろー! けが人がいるんだからよ!」
「今日のニュースはっと。はぁ、異界からの訪問者の流入量が増加か。変な奴らじゃなきゃいいんだけどな」
街はビジネスマンや個人商店などで賑わっていた。
時間的にはまだお昼ごろだろうけど、汝なんだろうか?
「新聞もあるんですね」
「あー、そっちにもそのうち行くと思うけど、ありゃ天狗の新聞屋だぞ。あっちこっち飛び回ってネタ仕入れて記事にしてあっちこっちに売って回ってんだ」
「そういえばボクたちの幼馴染にもいましたね。まぁ今来られても難民キャンプみたいになっている開拓地の情報しか載らないと思うんですけど」
天狗には様々な仕事の子たちがいる。新聞屋のような仕事をしている子もいれば結界師のような仕事をしている子もいるし、運送業なんかも担当していたりとかなり幅広い仕事を担っている。
ボクたちの幼馴染には大天狗、烏天狗、狗賓がおり、それぞれ得意なことが違っていた。
一番顕著なのは術の扱い方や習熟度だろうか。
大天狗や烏天狗は術の扱い方が上手く、習熟度も高いものの狗賓はそうでもない。
どちらかといえば狗賓は肉体を使った行動の方が得意だ。
だからだろうか、狗賓には警察のような仕事に就く子が多いようだ。
「そうだなぁ。まぁあいつらはそのうち来るだろ。まぁあたしの領域にもあいつら来たことねえけどな」
「天狗は気まぐれですから」
「だな。よし、とりあえず飯屋行こうぜ飯屋」
どうやら鈴音はお腹が空いているらしい。
あんまり食べたい気分じゃないけど、見に行くだけ行ってみようかな。
「メルディアも一緒にいこ」
ただ無言でついてくるだけのメルディアだけど、見たいところもあるんだろうな。
あとで聞いてみよう。




