けっしてスマホを見てはいけない部屋
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ。蛇口も好きにひねってね。猫とも好きに遊んで」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「男なんか連れ込まないわよ」
私はそんなつもりは本当になかった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
キッチンへ案内すると、美沙は冷蔵庫を開けた。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。賞味期限の近いものから片付けてね?」
開けられた冷蔵庫の中を見て、私は盛大に驚いた。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
「わぁい♪」
「ただひとつ、スマホは絶対に見ないでね」
「え!?」
私は自他ともに認めるスマホ中毒だ。
特に自分が投稿したインスタグラムのチェックは一日に180回はする。小説家になろうも150回以上毎日開いている。
「スマホを見ると……どうなるの?」
「わからない」
「わからない……って?」
「この部屋に入る前に、管理人さんに言われたの。『この部屋ではけっしてスマホを見るな』って。『おそろしいことが起こるから』って──」
「ど……、どんなおそろしいことが?」
「わからないわ。知りたいなら自分でスマホを見てみたらいいじゃない」
脅されて、そんな勇気はもてなかった。
「……やめとく」
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、ゲーム機で遊び、蛇口をひねり放題にひねり、猫と遊び、冷蔵庫の高級食品を猫と一緒に食い尽くすと、やることがなくなった。
ふいに気になった。
『この部屋でスマホを見ると、どうなるんだろう……?』
テーブルの上に置いた自分のスマホに目をやった。
薄暗い夜の影の中で、静かにそれは佇んでいる。けっして見ないようにするため、電源は切ってあった。
私は吸い寄せられるように、そこへ近づいていった。
近くで見るとそれは私を誘惑した。
電源を入れろ、待ち受け画面を立ち上げろとスマホに命令されている気がした。
私は窓を開けた。
9階から見下ろす夜の街はキラキラしていた。
「この部屋で見なければいいのよ」
私はスマホを部屋から外へ差し出し、電源を立ち上げた。
画面が真っ赤に染まる。
ワイモバイルの起動画面は真っ赤なのだ。
待ち受け画面におそろしい男の顔が現れた。
私が壁紙に使っている太眉おじさんの顔だった。
「ぎぃやああああ!」
スマホが絶叫した。
着信音をそんなものに設定しているのだ。
結局、何も起こらなかった。
「……なんだ、なんでもないじゃない」
安心し、窓を閉め、ソファーにぼん! とお尻を投げ、改めてスマホを見る。するとそこにおそろしいものが映っていた。
「あれほどスマホを見てはいけないって言ったのに!」
画面に映る血だらけの美沙が、ずるずると這い出してきた。
そして走って窓から飛び出すと、月へ向かって飛んでいった。