スキル【スライム】でサバイバル! エルフ聖女と伝説の料理人のもっちもちスローライフ
「ローラ、お前に告げる。今をもって――この村から追放とする」
静かな森に、長老の声が響いた。
わたしはその場に立ち尽くしていた。目の前には、何十人もの村人たち。
誰一人、悲しそうな顔をしている者はいない。
「スキルがたった一つ……しかも『スライム』などという、子どもの遊び道具」
「三千年も生きて、それか。愚かだな」
「村に“無能”を抱える余裕はない」
冷たい言葉の数々。それが、わたしの三千年に返された答えだった。
エルフの村で生まれ、静かに、静かに育ってきた。
けれど――わたしの持っていたスキルは、たったひとつ。
スライム。
戦闘スキルでもなく、回復でもなければ、精霊術でもない。
ただ、ぷにっとしたスライムを呼び出せるだけ。
「……わかりました」
わたしは頭を下げて、そっと村の門を後にした。
背を向けた瞬間、誰かの嘲笑が聞こえたけど、振り返らなかった。
それで、よかった。
涙は――一滴も、出なかった。
村の外れの、さらに外れ。
長い森を越えて、足が棒になるほど歩いた先に、ひらけた場所があった。
小さな川が流れていて、周囲には草と木と、空。
空は、やけに広く見えた。
そこが、わたしの新しい居場所になった。
「……帝国に、近いんだっけ、こっちの方」
地図も持っていないけれど、どこかで聞いた記憶がある。
帝国の交易路に近いこのあたりなら、なにかあってもどうにかなるかもしれない。
「……とにかく、生きなくちゃ」
それだけが、わたしの最初の目標だった。
スキル【スライム】。それが、わたしの唯一の力。
「召喚、ぷにちゃん」
――ぷにっ。
わたしの呼びかけに応え、もっちりとしたスライムが現れた。
半透明の丸い体。手も足もないけれど、表情もないけれど、愛着はあった。
「……あの村では、無能って言われたけど……本当に、そうかな」
試しに、スライムに「イスの形になってみて」と頼んでみた。
すると、ぷにちゃんはふにゃりと変形して、低めのクッションイスになった。
「……え、すご」
その日から、わたしは試しまくった。
ベッド、テーブル、壁、屋根……できる。全部、できる。ぷにちゃん、天才。
そうして生まれたのが、もっちもちの家――『スライムハウス』。
外から見ると、半透明のドーム。中はふかふか、温度も調整できて、冬でもあったかい。
食べるものは、川の魚と果実、キノコなどでなんとかなる。
「……意外と、悪くないかも」
そう思い始めたころだった。
事件は、突然起こった。
ガサッ、と茂みが揺れた。わたしは身をすくめた。
そこから飛び出してきたのは――巨大な牙を持った、イノシシ型の魔獣。
暴牙獣。
足がすくみ、声も出なかった。ぷにちゃんを呼び出して守ろうとしたけれど、体が動かない。
そのとき――
「下がってろ」
男の声がして、何かが風を切った。
バシュッ! と音が鳴り、モンスターの側頭部に何かが直撃する。
――フライパン?
現れた男は、金髪をポニーテールにし、片目に眼帯をしていた。
白いコック服を着た、細身の青年だった。
彼は一言も発さず、もう一度フライパンを構え――暴牙獣に叩きつけた。
焼けるような金属音。香ばしい匂い。なんか、ほんとに“焼いてる”みたいな動きだった。
やがて、モンスターはぐらりと倒れ、動かなくなった。
「ふぅ……焼きすぎたか?」
料理人……? いや、何者?
「……助けてくださって、ありがとうございました」
「……エルフか。珍しいな」
「はい、ローラと申します」
「俺はケーシィ。料理人だ」
彼は、腰にフライパンを戻しながら、冷静に答えた。
「近くに家があるんです。よかったら、寄っていきませんか?」
「豪勢な食事でも振舞ってくれるのか?」
「いえ、その……毒キノコくらいですが」
ケーシィは小さく笑って、「おいおい」とだけ言った。
でも、彼はわたしのスライムハウスを見て目を見開いた。
「……これ、スライムか」
「はい。ぷにちゃんって呼んでます」
「まさか、スライムで建築するとはな……」
「自分でも驚いています……」
彼は、興味深そうにスライム椅子に腰を下ろし――沈んだ。
「……沈んだな」
「ご、ごめんなさい、ぷにちゃん、ちょっと固く!」
「いや、ふわふわしてる。悪くない」
その日、ケーシィは持っていた野菜と肉で料理を作ってくれた。
川魚にハーブをかけ、フライパンでジュウジュウ焼いていく。
そして、ひと口――
「……おいしい……っ」
泣いていた。自分でも驚くくらい、ぼろぼろと。
こんなにも温かくて、美味しくて、やさしい味が、この世にあったなんて。
「ふーん、この味は初めてだったか」
「はい……ほんとに……」
「だったら、これからも時々、来てやるよ。食材のついでにな」
――数日後。
近くの村から老人ギルドの皆さんがやってきた。
全員、おじいちゃん・おばあちゃん。元SSランクという伝説の面々。
「ここが噂のスライムハウスか!」
「銀髪が美しいのう。ええのう、エルフは」
「細くて可愛いのに、頑張り屋さんなのねえ」
わたしは褒められ慣れてなかったので、照れてしまった。
ぷにちゃんも照れて、もちもちと波打っていた。
その夜は、スライム宴会。ケーシィは大量の料理を用意し、ぷにちゃんはイスやテーブルに変形しまくり。
とても、あたたかい時間だった。
その翌日、村から手紙が届いた。
――「村が呪われている。戻ってきてほしい」と。
病が流行り、作物が枯れ、人が倒れていく。
聖女を追放した罰ではないか、と噂になっているらしい。
「……どうする?」とケーシィ。
「もう、いいかなって思ってます」とわたし。
ここでの生活が好きだから。
ぷにちゃんとケーシィと、そして新しい出会いと、もっちもちの毎日。
「じゃあ、次は移動できるスライムハウスでも作ってみるか」
「ふふっ、いいですね。ぷにちゃん、旅の準備しましょうか」
わたしたちは、新しいスローライフを求めて、ゆっくり歩き出した。