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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界を作り物だと認識してしまった少女の末路

 この世界が作り物の世界で、私は誰かが考えた物語をなぞっているだけなのだろうかと考えるときがある。

 何故そう考えるのか。それは周囲の人たちの言動に中身がないように感じるから。誰かに言わされているというか、そんな感じ。

 通学路を歩きながら、私は周囲の様子を観察する。友人と登校してる女子。音楽を聴きながら一人で歩いている男子。遅刻しそうなのか、焦った様子で走っているサラリーマン。まるで操り人形のようだ。色のついていない、白黒のパペット。

 ふと、前を見た。そして私は目を奪われる。目の前を歩いている彼女は他の人たちと違って、色があったのだ。動きも滑らかで、一目で「嗚呼、彼女は他の人とは違う」と判った。

 栗色の短い髪に、頭に付けた赤いリボン。着ているのは私と同じ学校の制服だ。……学校にあんな子、居たっけ? と疑問に思いながら、私は学校についた。

 廊下を歩いていると人々の視線が私に突き刺さる。ひそひそと話している生徒たちの声が耳に入る。それは憧憬の言葉であり、私を褒めたたえるものだった。それを聴いてうんざりとする。私は所謂高嶺の花で、私と対等に接してくれる人なんていない。それどころかこうして聴こえてくる言葉たちだって、彼ら彼女ら自身の言葉とは思えないほど空しく聴こえるの。身体がどしりと重くなるのを感じながら、2のAの扉を開ける。一斉に投げられる視線を恐れながら、窓辺の席に着いた。

 ホームルームが始まる。今日は転校生が来るようで、先生がその言葉を口にした途端教室がざわめいた。教室に入って来た転校生を見て、再び私は目を奪われた。

 栗色の短い髪に、頭に付けた赤いリボン。金色の丸い眼に、整った顔立ちは道行く人々が目を奪われていくだろう。でも、私はそんな理由で目を奪われたわけじゃない。通学中と同じように、彼女には色があった。白黒だらけのこの世界で唯一、色がついているのだ。

 _嗚呼、この世界はやっぱり作り物なんだ!

 パッと視界が明るくなるのを感じる。私はやっと確信を得た。この世界は彼女のために作られた世界だ。そして私は、彼女のために生まれたきた存在なんだ。嗚呼、嗚呼! 嬉しい。彼女に出会えたことが、何よりも嬉しい!


「初めまして。今日からここに通う沼尾花奈(ぬまおはな)です。よろしくお願いします!」


 沼尾花奈と名乗った少女の席は私の隣になった。偶然とは思えない出来事に、私の中の結論がより強固なものになる。


「初めまして! 私は菊池草苗(きくちさなえ)って言います。よろしくね」

「うん、よろしくね!」


 彼女と出会ってからの日々はそれはもう楽しいものだった。彼女は元気いっぱいで、誰にでも優しく、努力家で、忙しい両親に変わって姉弟の面倒を見ている。人の良い彼女の周りには常に人が居て、皆が皆、彼女に好感を持っている。その中で、私だけが彼女の特別だった。いつも一緒に居るし、勉強で判らないことがあったら私に質問してくれる。手が足りなかったら、私を頼ってくれるの! 彼女は私を信用してくれる。大切な親友だと思ってくれている! それが何よりうれしくて、心が満たされる。彼女と出会ってから、嫌でも耳に入っていた周囲の声はとっくに聴こえなくなっていた。


「花奈、何か手伝えることはない?」


 放課後。花壇の草むしりをしている彼女にそう問いかける。彼女は園芸委員会に所属していて、毎週水曜日の放課後は花壇の草むしりをしている。


「え?」きょとんとした顔で私を見る彼女。「……ああ、別に大丈夫だよ! あとで同じ委員会の子も来るし」

「そう? ……でも私、貴女の役に立ちたいの。何でもいいから、何か手伝えることはない?」

「え、えーっと……それじゃあ、端っこからここまでの草むしりをお願いしてもいい?」

「! 判ったわ! 私に任せて!」


 やっぱり彼女は私を頼ってくれるのだ! 彼女の役に立つことが私の役割とは言え、実際に頼りにしてくれると嬉しくて体がふわふわと浮いてしまいそうになる。


「ねぇ、花奈。何か手伝えることはない?」

「……特にないよ。大丈夫。ありがとうね」

「本当? でもさっき、先生に荷物運びを……」

「一人でもできる量だから問題ないよ。それに、草苗ちゃんに頼ってばかりも良くないから」


 ……でも、だんだん可笑しくなってきた。彼女は私を避けるようになったの。勉強で判らないところがあったら別の人間に質問するし、手が足りない場合でもそう。最初は大丈夫だった。だってこの世界は彼女のために作られた世界で、私は彼女のために生まれた存在なのだから。

 ……でも、だんだんと彼女から拒否される毎に、私の中で何かが崩れていくのを感じた。

 嗚呼、これはバグだ。何かがずれて、彼女は私を避けるようになった。許せない。嗚呼、嗚呼。直さないと。バグった原因を探して駆除しないと、私のための世界が変わってしまう。

 原因はすぐに見つかった。彼女と特に親しくしていた女だった。女は彼女にこう言った。「菊池草苗とはあまり関わらないほうが良いよ」と。理由は彼女を見る私の眼が怖いから、らしい。この女のせいで彼女が私から離れてしまった。……人形の癖に。爪を噛みながら処分方法を考える。_嗚呼、こうすればいいのか。

 放課後の空き教室。私はアバズレ女と一緒に居た。ここは人けのない校舎の中でも特に人が来ない場所だ。誰にも見つからない。

 女は何か喋っているようだったが、何も理解できない。文法がめちゃくちゃになっていて要領を得ないのだ。……意味のある台詞を喋れなくなるほどこれは壊れているのね。早く処分してあげるのも優しさってものかしら。

 私は美術の授業で作った木槌を振りかぶり頭を殴る。1回で動かなくなったけれど、不安だから何度も何度も殴り、原型もとどめないほど壊し続ける……ふと、ガタリと音がした。


「っひ」


 ドアのほうを見ると、彼女が怯えた表情をして立っていた。……どうして彼女がここに? この女には「誰にも言わずにこの教室に来て」と言ったはずなのだけど……。


「花奈、どうしてここに居るの?」

「……あ。せ、先生のお使いで……近くを通りかかったら、悲鳴が聞こえて……」


 そうだったのね。酷い偶然もあったものだわ。彼女に知られずに処分したかったのに……。


「ごめんなさい。汚いものを見せてしまって」

「汚いものって……なんでそんな冷静なの!? ひっ、人を殺してるんだよ!?」


 彼女の悲痛な叫びがこだまする。


「殺す?」


 私は彼女の言葉に首を傾げる。そしてすぐに思い至った。彼女はきっと勘違いをしているのだろう。この世界に人間は彼女しか居ないのだから。これは人間じゃない。人形だ。しかも、不具合を起こしてしまった。


「アハハ。花奈は勘違いしてるわ。これはヒトじゃない。ただの人形よ。意味のある言葉すら話せないほど壊れきった人形なの。だから悲しがる必要はないわ」


 ゆっくりと彼女に近づく。この子を怖がらせないようにした行動だったのだけれど、逆効果だったみたい。彼女は「ひっ」と悲鳴を上げるとしりもちをついた。腰が抜けちゃったのかしら? 可愛いわ。


「こっ、来ないで!」


 守るように顔の前で腕を交差し、そう叫ぶ彼女。その言葉を聴いたとき、私の胸にドスンと重いものがのしかかる。拒絶された? どうして? 彼女のためにあれを処分したのに……どうして彼女は私に感謝するどころか拒絶の言葉を言うの? ……嗚呼、もしかして。

 彼女はあれに影響されてしまって変わったのだ。人間も、関わる人によって性格や認知が変わると聞いたもの。なら今度は私の色に染めればいい。そのためには……。


「花奈、落ち着いて聴いて? 私は貴女が好きなの。本当に。……そのためなら人も殺せるくらい」


 こう言えば彼女は判ってくれるだろう。


「……どういうこと?」


 その予想も当たったようで、彼女は少しだけ警戒を緩めたみたい。腕を下げてこちらを見る。その目には涙が浮かんでいて……私は微笑んで続きを話した。


「あの子が貴女の陰口を言っていたのを偶然聞いてしまったの。私、それが許せなくて……」

「……それで、加古(かこ)ちゃんを殺したの?」

 

 カコ。あれはそういう名前だったのね。

 

「ええ。だって……あまりにも聞くに絶えない物言いだったし、そんな人間が貴女と友人関係にあったらいずれ貴女が傷ついてしまう。私、それが嫌なの」


 もちろん嘘だ。でも効果はあったみたい。彼女は何かを決心したかのような表情を浮かべ、たどたどしく立ち上がると私の方へ来た。私の手に触れ、優しく微笑む彼女。……嗚呼。嗚呼! これでやっとバグが直って正常になった!

 脳が喜びで満ちる。そのせいで彼女がハンマーを奪っていたのに気づかなかった。頭に鈍い衝撃が走る。視界が揺れ、耳鳴りがキィンと響く。2回目の衝撃。


「_賢くて優しいあなたを歪ませてしまって、ごめんなさい。……私もすぐに逝くから」


 薄れゆく意識の中、すすり泣く声が脳に響いた。

 嗚呼_。


 彼女はなんて慈悲深いのだろう!


 ・


 ???side


 血に染った教室内に白髪の男が虚空から現れる。彼は室内の惨状を見ると顔を顰め、泣きそうな顔になった。


「嗚呼……間に合わなかった」


 男はそう呟き菊池草苗の頭を撫でると呪文を唱える。すると三人の死体も、血も、きれいさっぱりとなくなった。男は世界を管理する組織の一人で、不具合があった草苗を直すためにやってきたのだ。だが不具合があると気づいたときには草苗が天利加古(あまりかこ)を殺していたところだった。


「俺がもっと早くに気づいていれば……すまない」


 男は手を合わせる。弔い。それが彼の手遅れになった生命体を削除するときの習慣だった。弔いが終わり、男は立ち上がる。


(本来優しい心を持った生命体が、一たび故障するとこのような惨劇を引き起こしてしまう。……2度と、こんな悲劇は起こさせない)


 覚悟を決めると、男はワープゲートを作り出し彼が居た世界に戻る。誰も居なくなった教室はまるであの惨状がなかったかのように静かだった。

 これがこの世界が作り物だと誤認した少女の末路。どの世界でも起こりうる悲劇だ。

お読みいただいてありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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