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あーはい、こちら依途。現場からお伝えします。

上映中の映画ですがスクリーンには見知らぬ男女の接吻が大写し、濡れ場が無いならこれぞ山場、カップルたちは唇が触れるのを今か今かと待ち侘びております。…………おおっ、邪魔が入りました。今のは不発だったようですね。自己投影のお上手なアベックの落胆が目に見えるようです。

一方右手に見えます未神選手。安らかな面持ちですやすやすやすやと寝息を立て夢の国に旅立っているようです。やはりポルノのポルノ抜きには耐え難いものがあるのでしょうか、上映10分、ヒロインと男優が初会話の前には既に船を漕ぎ始めておりました。そのタイムは他の追随を許しません。正に、圧倒的な王者の貫禄であります!

「…………」

実に馬鹿なことを考えている、という自覚はある。しかしそうでもしなければこの無為な時間が永久のように感じられて仕方がないのだ。

スマホを弄るのも途中退出するのも憚られ、ここへ連行した張本人はとっくに夢の中。俺が謎の実況を始めるのも無理は無かった。

別に映画が悪いのではない。俺とか未神みたいなのに向けて創った作品でない、というだけである。俺たちは大人しくガメラとかを見てればいいのである。

……しかしだ。それでも未神は恋愛映画を見たがったわけで。拒絶反応がでるのも多分分かった上でそうしてるわけで。誰かに惚れたせいらしいが、何とも難儀なジレンマである。

そこまで誰かを好きになるなんて、あるものなんだろうか?


そんな俺の考えを嘲笑うように男女はいつの間にやらくっついたらしく、館内は灯りを取り戻しラブコメディは終わっていた。

「未神。起きろ」

「…………ふぇ?」

頭を起こし数拍置くと、未神は状況に気が付いたようだ。

「映画、終わったのかい?」

「ああ」

「起こしてくれればよかったのに」

「つまらないから寝たんだろ」

「…………」

「無理してもしょうがない、俺たちには合わないのさ」

立ち上がる。黙って着いてくる未神と一緒に映画館を後にした。


ショッピングモールから出て市街を歩く。

時刻は13時を過ぎた頃。更に多くなった人混み、高くなった陽射しに更に輝きを増す桜の木々。

「荷物、持つか?」

「いや……戦果は自分の手で持ち帰らなければならないね」

まぁそう言うなら無理にとは言わんが。

「んで、この後はどうするんだ。どっかあてとかあるか?」

「うん、ある……そろそろ、お腹の減る頃だろ?」

「そうだな。どこで食うよ? この辺にファミレスとかあったっけ?」

「いや、実はだね……」

「きゃーっ!」

突如、背後から悲鳴。

振り返ると、手を伸ばしている女子高生と鞄を掴んで走り去ろうとするバイクの男。

「ひったくりか」

「みたいだねっ」

ひっ捕らえてやろうと踏み出す。未神も同じことを考えたようで、俺と寸分狂わぬタイミングで踏み出していた。流石親友だ、息ぴったり…………

「うげぇ!」

「うぐっ!」

思いっきりぶつかってすっ転んだ。バイクが笑いながら走り去っていく。

「息が合いすぎたようだな、親友」

「…………まったくだね」

「うわーっ、待ってよーっ!」

鞄を取られた女子が叫んでいる。高校生の鞄なんて盗んでどうするんだか。

「さ、行こうぜ未神。憂さ晴らしだ、盗人を晒し首にしてやろう」

「私刑は褒められないけど……たまにはいいか」

「よし来た! お前はあの生徒の様子を見ててくれ!」

「はいはい。これより思春期同好会は作戦を発動する。作戦名に希望は?」

「オペレーション・リゲインド」

走り出す。

「奪還……そのまんまだなぁ」

無視してさらに走る。この3年間、戦い続けた俺の脚力はバイクなんぞの比ではない。

「はっ!」

近くのビルに跳んでその壁面を走る。人がいない分こちらのほうが速い。

「ちょうど退屈してたんだ。悪く思うなよっ」

壁面を蹴って、引ったくりが駆るバイクの前に着地する。

「なぁッ!!」

マシンを足で押さえつつ、その勢いを完全に殺しきらないよう徐々に滑っていく。即座に停止させると、バイクが破損したり引ったくりが吹っ飛んだりして面倒だからだ。

停車する。男が降りて必死に逃げようとした。

「おっと」

回り込む。

「引ったくりなんてしてもしょうがないでしょ。ほら返して」

「…………」

「高校生のバッグだしさ。大した額入ってないよ、ね?」

可能な限りを柔和な台詞と表情を心掛ける。がしかし、男は震えていた。……そりゃそうだ、足でバイク押さえられてんだから。

「……これはもうオレのものだ! オレが盗ったんだからな!」

男の目視できるスピードを超えて踏み込む。次の瞬間には鞄は俺の手にあった。

「じゃあ俺が盗れば俺のってわけだ」

「……死ねぇ!」

男がポケットから銃刀法にはかからなそうな位のナイフを突き付けてくる。俺も同時に銃を抜きそいつの眉間を捉えていた。

「何だ、刺さないのか?」

「て、てめぇ! そんな玩具で脅しやがって……」

「3秒以内にナイフを捨てろ。そしたら撃たないでやる」

答えはNOだった。男がナイフを動かす。銃弾はやつの頭に直撃した。音を立て愚かな犯罪者が倒れる。

仕事は終わった。あとやることは……




「はい、これ」

さっきの場所まで戻ると被害者の女子生徒と未神がいた。取り戻した鞄を手渡す。

「ほ、ほんとに取り戻しちゃったんですか?」

「ええ」

「生身でバイクに追いつくなんて……」

「犯人は地べたでお昼寝してます。警察も呼んだので、そのうち来るでしょう」 

俺の銃は未神が寄越した特別な品だ。実弾を撃つわけでもないしおっさんも当然死んでいない。もっとこう、ファンタジーな感じの武器である。

華やかな金髪の、背の大きな生徒。よく見ればその着ている制服は俺たちのと同じだった。

「有名人になりたくないので。あんまり騒がないで頂ければ助かります」

「は、はい。……と言っても、もうあんまり意味無いかもしれないけど」

「?」

「いえ。ありがとうございました!」

生徒が頭を下げる。

「ううん。気にしないでくださいね」

未神が応える。いやそれは俺に言わせろよ。

「そうだ。な、何かお礼を……」

「そんなのは別に……」

「別に構いません。どうか、お気を付けて帰って下さい」

だから俺に言わせろって。

「そうですか…………では失礼しますね」

生徒はまたぺこりと頭を下げて去っていく。桜の街にまた俺と未神だけになった。

「警察来る前に行こうか」

「うん」

どこへともなく歩き出す。

「やっぱり、こういうのが俺たちらしい活動だな」

「そうかな」

「ああ。無理にああいう映画を見るよりずっと良いだろ」

未神が荷物…………渦巻きのゲームハードでなく、自分の鞄を漁っている。

「そうだ、飯だったな。どこへ行くつもりだったんだ?」

「……」

やつは暫く鞄を漁っていたが、やがてそれをやめて顔を上げた。

「いや。予定が変わった。どこか食べに行こう」

その表情は一見、いつもと変わらぬ笑みに見える。声だってそうだ。出会ってばかりなら何も思わなかっただろう。しかし今は違う、何てったってこいつとの付き合いはもう4年目だ。

その笑顔に曇りがあるのだって気が付いてしまう。

「やっぱり……今更こんなことしたって」

似合わないセリフを呟くのが聞こえた。

「なぁ未神。ひったくりは確かに悪辣だが、最近の女子高生は不警戒が過ぎると思わないか?」

「……?」

やつがきょとんとしているその隙に、鞄を奪い去った。

「あっ」

「全く。不警戒だ」

「ちょ、返してよっ」

未神が取り返そうと腕を伸ばしてくる。鞄を高く持ち上げた。

「ひ、卑怯だ!」

「卑怯もらっきょも大好物、と……」

小さな未神が精一杯腕を伸ばしてくるのをいなしながら鞄の中身を漁る。別に何かやらしい動機があるわけでなく、財布でもすってやろうとか思ってるわけでもない。

「お、有ったな」

果たして、目当てのものはそこにあった。

「あっ……」

青い弁当箱。箸も付いている。未神が気まずそうな顔をした。透明な蓋から見える中身はぐちゃぐちゃになっていて、絵の具を混ぜたパレットみたいになっている。

「……返してよ」

「ああ」

弁当箱を抜いた鞄だけを手渡してやる。

「……弁当箱もだ」

「断る。俺が盗ったんだから俺のだ」

「……親友。もういいじゃないか。やっぱりこういうのは、ぼくにはだめなんだ。身の程を知るべきだったんだよ」

「そうかもな」

「笑ってくれていい。けど、そのごみは返してくれないか」

 無視して歩く。近くにベンチがあった。座り込んで、弁当箱の蓋を開けた。

「ちょ、依途くん」

「この弁当はお前の所持品だったかもしれない。誰かに作ったものかもしれないが、それも知らない。だがこれは俺が盗った。だから俺のもんだ」

蓋にこびりついた米粒を落とす。もうぐちゃぐちゃになって何の料理かも分からないが、関係無しにかきこんだ。多分卵焼きと……あとは何か煮物とかの味がした。

「依途くん……そんな無理して」

「いや、無理とかじゃない。自分の弁当を食ってるだけだ」

正直美味しくはない。というか、もう料理とも呼べない。だがそれでも俺のだ。未神には返さない。更にかきこむ。

もう半分も残っていなかった。

「げほっ」

「かきこむからだよ、ばか」

未神が自分の飲み物をくれた。

「盗人に塩を送るとは人が出来てるな」

「いいから飲んで」

黙って貰った飲み物を飲む。アセロラジュース、自家製のようだった。美味い。

「…………そういえば」

「ん?」

「この弁当、多分2人分だよな」

「そうだね」

「……悪い。後で飯奢るわ」

未神が笑いながら溜息を吐く。

「そんなことどうでもいいよ。…………ありがとう、親友」

「おう」

お互い無理したもんだな、と。桜を眺めながらそんなことを思った。




そんな、デートの定義を問い直す様な珍道中が終わり、次の日。

慣れないことをしたからか、いい具合に疲労が溜まり昨日は随分と心地良く眠れた。お陰で今日は珍しく体調も気分も好調であり、心穏やかに一日を過ごせそうである。

普段より爽やかさ3割増の表情で教室の扉を開く。未神は既に登校しているようだ。

「おはよう、依途くん。……何か元気そうだね」

「ああ。昨日、よく眠れてな」

席に着く。直ぐに担任が教室に入ってきた。

「……あー、ホームルーム」

おかしい。昨日あれだけ暑苦しかった担任に覇気がない。それどころか、悲壮感すら漂わせお通夜みたいになっていた。

「せ、先生! どうしたんですか……?」

生徒のうちだれかが恐る恐る尋ねた。

「どうした、とは……?」

「いや、なんか元気が無いというか」

見るからに希望を失っている彼は溜息を吐いて、何かを呟いた。

「……雛子先生」

「え?」

「雛子せんせぇーッ! どうしてどうして校長と付き合ってるんだよぉ〜〜〜ッ!!!」

何でそんな昼ドラみたいになってるんだよ。

「あいつハゲなのに……ハゲなのにぃ〜ッ!」

担任が泣き喚き始めた。生徒たちが慰め始める。

「おい未神。これどう収拾つけるんだよ」

「ぼくに言われても……」

「お前が書き換えた世界だろ」

「個人の恋路まで規定してないし……」

「すいませーんっ! 遅れちゃいましたーっ」

騒乱を斬り裂く様に、教室へ誰かが入ってくる。……何か聞いたことある声のような。

「…………ん?」

「あれ?」

空白だった俺の右隣の席に座ろうとしたそいつは……昨日ひったくりにあっていた女子生徒だった。

「あぁーっ! 昨日の変なお兄さんっ!」

こちらを指してとんだ紹介をしてくれた。

「驚くのは分かる。が、人を指差して叫ぶのは止めてくれ」

「あ、ごめん……」

教室中の視線がこちらに集まっていた。当然である。じつに決まりが悪い。

「私がどうも、変なお兄さんです」

「やめなよ……」

未神が本当に止めて欲しそうに呟いた。母親の井戸端会議を見るような顔である。

「あー、夜海?」

担任が彼女を呼んだ。

「はい?」

「遅刻を指導したいところだが…………今日の授業は無しだ」

教室がざわめく。俺たちに集っていた視線はもう失われていた。

「授業なぞやってられるか! こっちは30過ぎて女性の手すら握ったことがないんだぞ! 何で作ったこともない子どもの面倒を見なきゃいかんのだ!」

「暴論すぎるだろ」

「そういうわけで俺は教育を放棄する! 未来の日本より今の俺のが危機だからなッ! じゃあなお前ら、アイルビーバックッ!」

サムズ・アップしながら担任は溶鉱炉だか廊下だかに飛び込んでいった。さよなら担任、永遠なれ……

「で、どうすんのこれ。文字通り教育が敗北してるんだが」

「彼は公共への奉仕より自分の幸福を選んだ。けれどそれもまた、正しい人の在り方だろう……」

「まとめようとしてんじゃねーよあいつ公務員だぞ」

仕方無い。部活にでも行くか…………




部室。

今日も今日とてまともな授業は行われないということらしいので、我々もこうして最低限学生らしい時間の過ごし方を模索するわけである。

つまりところそれは部活動であり、部室で惰眠を貪ることだった。

「依途くん。起きて」

「んー…………」

「起きろ」

仕方無く顔を上げる。さっきまで好調だったはずの俺の心身はとっくに活力を失い、怠惰の限りを尽くしたい気持ちでいっぱいになっていた。

担任がターミネーターごっこし始めたらこうもなろう。

「起きて何をするって言うんだ。平和な世界に俺たちは不要なんだよ」

「そんな最終回みたいなこと言ってないで、ほら」

原稿用紙を机の上に置かれる。

「この前一本書いただろ」

「うん。ぼくはそれでネームを描くから、きみは新しいのを書いて」

これが思春期同好会の平時の活動である。未神が対処すべきと定義した事柄が無い限りはゲームでもやるか、或いはこうして2人で漫画を描いていた。俺が話を作り、未神が絵にする。元々俺は漫画なんて作っていた訳ではなかったのだが……まぁ色々あったのである。

そんなわけでシャーペンを握り原稿用紙へ向かう。

「……スマホじゃだめか?」

「紙のがそれらしいだろ?」

俺の環境への配慮は脆くも否決され、今日も鉛が物語を紡いでいく。さて、何を書こうか。しばらく悩んでみるが筆は余り動かなかった。

「たのもーっ」

元気な声とともに威勢よく扉が開かれる。突然の闖入だった。

「敵襲か?」

「否定はしきれないね」

入ってきた生徒が長い金髪……茶髪?を揺らす。俗に言うギャルのような見目。さっきの夜海さんだった。

「え、えーとっ…………依途くん、だよね……?」

「ああ」

何故か向こうは俺の名を知っているようだ。

「何だか知らんが、俺も随分有名になったみたいだな」

「それは無いね」

無いのか。

「昨日来なかったから、自己紹介してなかったね。わたし夜海彩夏(よみあやか)! よろしくね」

差し出された手を戸惑いながら握る。何かさっきよりフレンドリーな感じである。いつの間にジャパニーズの自己紹介はシェイクハンズになったん?

「えっと……未神ちゃん、であってるかな?」

「うん。未神蒼、よろしくね」

「よろしく!」

夜海さんがぶんぶん握手するのに合わせて、未神が上下する。彼女たちはあまりに体躯が違った。あいつの背丈は多分俺より20センチほど低く、夜海の背丈は俺より10センチほど高い。俺は大体男子平均ほどのタッパであることを考えると、夜海は相当大きい方だ。

要するに、デカいギャル。未神が常人であったら腕の骨を心配するところである。

「それで、こんな辺境に何の御用です?」

「あ、そうだった。ここって思春期同好会?って部活なんだよね?」

「ええ」

「入部したいな!」

沈黙が場を支配する。俺も未神も押し黙り、やがて夜海が不安そうにわたわたし始めた。

「…………今、入部って言いました?」

「え? うん、そうだけど…………」

「未神。会議だ」

「うん」

「ええ!?」

彼女に背を向け、未神とひそひそ話し始める。

「おい、こりゃどういうことだ。どうして3年間一度たりとも表れなかった入部希望者が今になって……」

「うーん……」

「生徒会による部費削減のための内部監査とかじゃ無いだろうな」

「そもそもうちに部費は出てないよ」

そりゃそうか。

「おーい? 放置しないでよー?」

「済まない、夜海さん。驚いてしまって」

「驚く? なんで?」

「ご覧の通り僕と未神の二人しかいない部活なんだ。3年間この有り様だったから、新しい人が来るなんて思ってなかったんだよ」

「あ、2人だけなのは知ってる!」

「そうなの?」

「学校中誰でも知ってるよ? たった2人で4年やってる謎の部活があるらしいって」

どうやら噂になってるらしい。話す相手もそんなにいないので知らなかった。

「いろーんな噂になってるね。なんかやらしいことしてるとか、政治運動してるとか」

「…………」

「公安と教育委員会にマークされてるとか」

「どっちかにしてくれ……」

知らない間に随分有名人になっていたらしい。嬉しくて涙がでるね。

「ちなみにほんと?」

「公安にはされてないが防衛省にはされてる」

「…………え?」

「冗談だ。気にするな」

国家の存亡に関わったこともあるのだ。顔と名前を押さえられるのも仕方ない。まぁ色々やったからね。しょうがないね。

「それで、そんな妙な噂の尽きないこの部活にわざわざ入りに来たのか?」

「うん」

「しかし何故? スパイならお断りなんだが」

「あはは、まさか」

「じゃあなんでこんな部活に」

「ただのひとめぼ……」

頭を掻きながらそこまで言いかけて、そのポーズのまま夜海さんは硬化した。未神が冷ややかな視線を向けている。

「……」

「どうしたんだ? 時間でも止まってんのか?」

「べ、べべべべべ別になんでもないよ! 何にも言ってない!」

「いや、質問してるのだから何かは言ってほしいのだが」

異様にあたふたしてらっしゃる。想像以上の慌てっぷりである。これはまさか……

「もしや本当にスパイ……?」

「違うと思うよ」

「なんでだ」

「自分で考えたら」

やけに未神がつっけんどんだ。仕方ないので自分で考えてみることにする。夜海さんはあたふたし続けている。

さっき夜海さんがいいかけた言葉はなんだろうか。……ひとめぼ……ひとめぼ……ひとめぼれ。まさかひとめぼれか? 何たることか、そんなまさか。

けほんけほんと咳払いし、夜海さんをしっかりと見据える。言わねばならないことがある。

「な、なな、なにかなっ!」

「俺のひとめぼれをあなたに渡すわけにはいかない……」

「えっ、ええっ?」

彼女が赤くなって湯煙を上げた。

「あれはいいものだ……炒飯に向いている」

「……ん?」

夜海さんは水でも掛けられたのかの様に顔色が落ち着いた。未神に至ってはドライアイスのような視線をこちらに向けている。

「持っていくならせめてコシヒカリにしてくれ。あれは美味いが炒飯に向いていない」

「……ああっ。うん。よかったぁ」

何故か安堵の息を吐いている。コシヒカリのほうが好きなのか?

「そのバカは放っていいよ。話を続けてくれるかな?」

未神が俺を非難しながら話のもとに戻す。

「あ、入部したい理由はね。何か楽しそうだったし。昨日助けてもらったし。見学だけでもできないかなーって」

なんだ、聞いた感じごく普通に興味を持っているだけらしい。コメ泥棒ではないようだ。

「どうする? 未神?」

「そうだね、まずはこの部がどんなことしてるか知ってもらうとこからじゃないかな」

未神がこほん、わざとらしく咳払いする。あまり見ない仕草だった。

「ここは思春期同好会。思春期真っ只中の若者が、「青春欲」を満たす為の部活」

「青春欲?」

「うん。アニメやマンガみたいな大冒険がしたい、眠っているはずの自分の才能を見つけたい、主人公になりたい。そんな厨二病じみた欲求さ」

「うーん……夢見がち?」

随分的確にナイフを投げてくる子である。

「そう。本来、こんなものは夢に過ぎない。だがそれを叶えちゃおうというのがこの部活なんだ。具体的な活動内容だけど…………」

未神が表情を変える。何かに気が付いたように。

「……直接見たほうが早いかもね」

「……異界か?」

「うん」

「いかい……? なにそれ?」

立ち上がる。

「着いてきてくれるかな?」

「えっと……どこに?」

「ちょっとした散歩ですよ」




駅前。

青空の下、辺り一面桜と暇人で溢れていた。平日の昼間だってのに素晴らしいことである。最も俺たちもその一部なわけだが。

「一応まだ授業の時間だけど……出てきてよかったのかな?」

良心がまだ僅かに残っているらしい夜海さんがそう呟く。

「問題無いっすね。あそこはもう教育施設じゃないですし」

「あはは、そうかも?」

「アイルビーバックとでも言えば許されるでしょう」

街を3人で歩く。何だか不思議な感覚がする。未神以外の誰かと歩くこと自体、珍しいことだった。

「さ、着いたよ」

路地。薄暗い影に覆われた隙間に人はいない。未神が手をかざすと隠された扉が光に晒された。

「なにこれっ!?」

「行くよ、依途くん」

「ああ……着いてきて、夜海さん」

光の中へ。


「な、な、なにこれぇーーーっ!?」

絵の具を適当に混ぜ合わせたように彩られ、移ろって行く醜い空間。どこかから聞こえる悲鳴と軋むような音。地獄とでもいうような世界がそこに広がっていた。

夜海さんが悲鳴を上げ泡を吹き、今にも気絶しそうになっている。

「どこ? ここどこなの!?」

「依途くんとぼくの愛の巣だよ」

「えっ……」

今度は顔が青ざめる。

「壮絶な……愛なんだ……」

「変な嘘はやめろ、未神。ここがさっき話した異界です」

制止すると、未神は不機嫌そうに顔を背けた。

「ひえぇ……」

「……夜海さん、大丈夫?」

「だ、だめぇー」

まぁ確かに無理も無い。俺も初めて来た時はこんな感じだった。

「まぁ、すぐに慣れるから」

「いや! いやいや! だってキモいし! 怖いし!」

「依途くんも最初漏らしてたけど、割とすぐ正気に戻ってたよ」

「おい。それは言わない約束だろ」

さらっととんでもないことを言ってくれる。何なの? 俺の株価を操作しに来てるの?

「それは……漏らした事実に冷静になってしまっただけでは……」

「冷静な分析は止めて頂けないでしょうか」

と、突然叫び声が聞こえる。夜海さんでも俺のでもない、人外の鳴き声。

「お出ましか」

四足歩行の獣。犬でも猫でも像でもない化物がそこにいた。口らしき器官をあんぐりと開け叫び続けている。

「ひ、ひえぇ!」

「……とまぁ、異界にはああいう化物、亜獣が出るんです。あいつらを倒して異界を消滅させる、それが思春期同好会の活動の一つ」

「た、倒せるんですか、あの化物」

「ええ。そんなに強くありません」

懐から銃を抜く。そのまま狙いすら付けずに引き金を引くと、光の弾丸が獣を撃ち抜いた。

「……!」

未神がくれた銃。細かい理屈は知らないがビームが出る。霊子がどうとか精神感応がどうとか言っていた気がする。ひったくりを倒すのにも役立つ。

「まぁこんな感じです」

「お、おぉ……」

更に三匹、同じ亜獣が現れる。こちらに飛びかかってくる前に、足元に発生した魔法陣の光が奴らを消し飛ばした。

「大した危険じゃないけど、あんまり離れないでね」

魔法を放ちながら未神がそう笑う。

「い、いつもこんなことしてるんですか?」

「うん。早く倒さないとあいつら街に出てきかねないんだ」

「こ、これが思春期同好会……」

未神は俺のより大きな銃……アサルトライフルらしきものを出現させる。

「うちに入りたいなら、やってみる?」

「えぇ!?」

「と言っても怖いよね……どうする? 無理にとは言わないけど」

夜海さんは銃をじっと見つめて、頷いた。

「怖いけど……戦う! わたしも部員になりたいし!」

随分度胸のある子らしい。

「ストラップを肩にかけて」

「あ、うん」

「構えてみて」

「おいおい、撃たせるのか?」

「見てるだけの方がつまらないでしょ」

未神は扱い方を諸々レクチャーすると、遠くに見えるさっきの四足亜獣を指した。

「あれ、撃ってみて」

「え、ちょ、そんなの出来ないよぉ」

「当てなくてもいい。とりあえず撃ってみて」

「……よおし」

銃口から光の弾丸が放たれる。亜獣の1メートルほど右の地面を叩いた。

「初めてにしては上手いですね」

「え? ほんと? やった!」

もう恐怖は無いようで弾を連射し始める。5発目で光が敵の頭を撃ち抜いた。

「いえすっ」

直後、山のような巨体が突然目の前に現れた。

「ウオオオォオアァアァアアッ」

「な、なにあれ…………」

太く、鋭い角。血のような瞳。ここからでも分かる硬質化した皮膚。

「この異界の主だな」

「いやーーーッ!!」

太い悲鳴を上げて夜海さんが抱きついてくる。滅茶苦茶震えていた。

「あ、あんなの、勝てっこないよーっ」

「ちょ、くっつかれると戦えないって」

「たーすーけーてーぇ!」

亜獣が拳を合わせると俺たちの直上に魔法陣が描かれた。

「まずっ」

夜海さんを抱えて飛び退く。滝のような雨が魔法陣から注いだ。

「わっ」

とっさに振り下ろした彼女のライフルが雨の中に取り残される。金属製とは思えない程に溶けきって液体と化していた。

「なにあれっ」

「酸の雨だ」

「こーわーいーっ!」

亜獣が拳を未神に振り下ろす。弾かれて拳が破裂し、肉塊と血が飛び散った。

「……沈黙を覚えよ」

どこかから現れた無数の鎖が獣を捕らえる。

「依途くんっ」

「……夜海さん、ごめん」

夜海さんを空へ投げ飛ばす。

「え、ちょっ、依途くーんっ!!!」

両腕が空く。撃鉄を下ろし、銃を両手で保持する。

「はぁ…………」

精神を集中し引金を引く。次の瞬間にはヤツの頭が消し飛んでいた。

「うわぁああああおちるぅぅぅうう!」

舞い降りてきた夜海さんを受け止める。

「お疲れ様でした」

「え……」

亜獣は消滅していた。腕の中で彼女が呆けた顔をしている。地面に下ろすと腰を抜かして座り込んだ。

「こ、ここ」

「?」

「怖かったよーっ!!」

また抱きついてくる。大きく柔らかい感触が俺の腕を圧迫した。いや、そんなくっつかれると困るんですけど……

「……随分嬉しそうだね、依途くん」

「いやはや、そんなことは……」

「そういうの、ホラー映画なら真っ先に殺されるよ」

随分妙な脅しである。

「…………くのことは女とも思ってないくせに」

異界が明けていく。元の空が顔を出し、俺たちはさっきの路地にいた。

「用は済んだ。帰ろう」

歩き出す。未神の呟きは聞き取れなかった。

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