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「麗らかな春の陽の注ぐこの佳き日に旅立ちを迎えられること、大変嬉しく思います」

パイプ椅子の上、普段よりは姿勢の良い生徒達が並んでいる。窓には桃色の花びらが張り付き、教員たちは滅多に見ないスーツや礼服を着込んでいた。

高校生活最後の日。つまるところ、今日は卒業式だった。壇上で校長が涙ながらに挨拶を述べている。残念ながら話したことがないので、思うところもない。

時折聞こえてくる号令に合わせて立ったり座ったりする。順序を覚えていないので動作が遅い。

「卒業証書、授与。代表、未神蒼(みかみあお)。起立」

とはいえ、卒業自体に感慨が湧かないわけでもなかった。例えば、今立ち上がって壇上に登って行くあいつ。未神蒼と呼ばれたその少女。少年のような見目のあいつとは、この三年間付き合いがあった。

信じられないかもしれないが、一昔前のアニメやライトノベルのような日常をあいつと過ごしていたのである。具体的に言えば、あいつには世界を書き換える力がある。俺の夕飯から物理法則まで自由自在に操れるのだ。

この時点で嘘くさいって? まあ聞いてくれよ。そんな未神は思春期同好会なるこれまた一昔前のラノベにありがちだった妙な部活を作り上げ、俺を私兵とし東奔西走七転八倒の大活躍をしていたのである。邪悪な組織を打ち倒したり、異形の化物を駆逐したり、国際社会に介入したり、ちょっとここじゃ言えないダーティなことまでこなしてきた。ちなみに世界を救ったこともある。

ほら、流行ったろ? そういうの。2000年代か、10年代くらいにさ。男女ペアのジュブナイルとか、妙ちきりんな名前の部活で青春したりするあれだ。要するに俺は未神と一緒にあれをやっていたのである。

しかぁし、時は既に2024年。令和だよ? 令和。そういうわけだからか、或いはここがただの現実だからか、俺たちの関係はラノベ的でありながらも、そういう若者とおじさんに優しいラノベたちとは一線を画していた。

…………つまるところラブコメにはならなかった、ということである。

「卒業おめでとう」

彼女が振り返る。俺よりもずっと小さな背丈に、華奢な体躯。ボブだかショートだか、短い髪と中性的な顔立ち。陽の光を浴びて、茶色がかったその髪が揺れた。

一般的に、先に言ったような作品群たちは激戦の果てやら思春期的すれ違いの果てに発情期に至り誰も彼もが付き合い始めたりする。いや、それ以前から何だかんだお互いのことが気になったりなんかしていて、不文律のように、規定事項であるかのように盛ってラブコメになる。何なら、告白の成功を以てエンディングとする作品も多いだろう。

が、我らが思春期同好会にそんな軟弱なものは無かった。俺と未神は一片たりとも恋愛感情を発生させることなく今日この日、卒業式を迎えたのである。純粋に親友として高校生活を終えようとしている。

これは快挙ではないだろうか。愛だの恋だのという呪縛から逃れ、友情と信頼と目的意識で大団円を迎えようとしている。これは進歩であり、コペルニクス的転回であり、新たな多様性であると言え……

「…………」

未神が証書を持ったまま固まっている。どうしたのだろうか。

「…………ってない」

何か呟いた。聞き取れない。思考が埋め尽くされている間に、あいつはこちらを俺の方を見つめていた。

「ぼくの青春はっ! まだ終わってない!!!」

破かれた卒業証書。光射す世界に舞う。黄金色の床にそれが触れる前に、指を差す。

「依途くん!」

…………え? 俺?

握り拳を膝に置いたまま、固まる。口をあんぐりと開け、きっと赤ん坊より間抜けな顔で未神を見ていた。

「……依途空良、起立!」

反応の無いまま沈黙するこちらに呆れたのか、そう命じてくる。

「は、はい……」

立ち上がる。思考が追いつかない状況で理性は働かない。言われるがままである。

「依途くん。今日は卒業式だ」

「あ、ああ……」

寧ろ俺が言いたいセリフだった。証書を破くな。

「きみには3年間世話になった。まずは感謝をしたい」

「そ、そうか……」

「ぼくはきみほど強く、優しい人間を知らない。今日までの3年間が輝いているのは全てきみのせいだ、親友」

なんだか知らないが随分持ち上げられる。

「だがっ! だがしかしだっ! だからこそだっ! ぼくには許せないことがあるっ!!!」

「許せないこと……?」

「……ぼくになにか、言うべきことがあるだろう」

「はぁ」

未神に言わなければならないこと…………なんだ?

感謝? いや、それは何度も伝えてきたはずだ。今日に至るまでに何度だって。じゃあ何だ? 考える。卒業式をジャックしてまで俺に言わせるべきこと……

「あ……」

「やっと分かったか! 朴念仁!」

「昨日借りた500円なら明日帰す! ちょっと待っててくれ!」

「違うっ! おたんこなすっ!」

違うらしい。じゃあ何なのか。……思いつきそうにもない。

「卒業しちゃうんだぞ! 進路だって違うんだっ、今このタイミングで言わなきゃ手遅れになることがあるだろっ!!!」

そう言われ更に考えてみる。あれだけ必死になっているのだから何か喫緊の問題なのだろう。

「……」

だめだ。思い付かない。そう思ってふと顔を上げると、周囲の全ての視線が俺に注がれているのに気が付いた。おいおい、そんなに見るなよ。照れちゃうだろ。

「えーと……なんですかね……?」

「あ゙る゙だろ゙っ」

不味い。お冠だ。こうなると未神は大変なのだ。何時間も無言で睨んできたり、かといって放っておけば収まらないしでそれはもう面倒なのである。

普段ならどうにかこうにか宥めるか、理不尽であれば徹底抗戦するのだが、今回のは原因不明でしかも現在絶賛卒業式中だ。

となると、最早俺の取れる行動は一つしかなかった。

「さぁ寄越せ、親友! 青春の最後の一ピースを!」

「…………ごめんなさいっ!」

腰を120度に曲げ、全力で謝意を示す…………そう、平謝り。ノープライドチェリーボーイに許された最後の秘技。額を床に擦り付けないあたりが最後の抵抗である。

「…………」

沈黙が流れる。どうしたことかと思って顔を上げると、見たこともないほど表情を歪めた未神がいた。

あ、謝っちゃいけなかったやつ?

「理由を」

「へ?」

「理由を述べてくれ。じゃなきゃ納得出来そうにない」

選択を誤ったようだ。何だかよく分からないまま謝った結果、説明を求められている。これは大変に困った。何故なら何だかよく分かって無いのだから。

結果、言い逃れもまた適当なことを言う外無くなる。

「だってほら……俺たち、親友だろ?」

友情を殊更に強調してみる。何だかよく分からない以上は、抽象的で聞こえのいい言葉を発するしかなかった。

「……そう。そうか。ふ、ふははははは」

あいつが腹を抱えて笑い出す。ど、どうしたんだ?

「……そうだね。ぼくときみは「親友」だ。ラブコメには遅すぎた、というわけだ」

「?」

「依途くん。残念だけど、今日で終わりというわけにはいかなくなってしまった」

「え?」

「いいじゃないか。……これで卒業(エンディング)なんて早すぎるだろう?」

未神の髪が銀色に染まる。真白い翼をはためかせ宙に浮く。

「お、おい。力を使う気か」

「うん。依途くん。……来年もよろしくね」

体育館に光が満ちていく。やがてそれが世界すらも書き換える。


次に目を覚ました時、卒業式は終わっていた。いや正確に言うならこれまでの世界が終わっていた。結局未神が俺に言わせようとしたことが何だったのか、俺には知る由もない。

終章(エピローグ)が終わり、新学期(ほんぺん)が始まる。

どうやらここからが物語の始まり、らしい。



大発情時代


吾妻高校、教室。

暖かな春の陽が差し、窓はあいも変わらず狂い咲き真っ只中の桜を映している。あたりを見渡せば見知った顔や見知らぬ顔がめいめいに自己紹介やら挨拶やらを済ませていた。

そんな、出会いの季節さながらの明るい騒々しさが辺りを包んでいる。

……唯一、俺とその背後を除いては。

「…………はぁ」

「初日から溜息だなんて随分縁起が悪いじゃないか」

「お前のせいだろうよ」

昨日は卒業式だった。校長の長い挨拶を聞き流し、証書も授与された。

となれば今日、こうして学校に来るはずはない。それどころか二度とこの学校の敷地に足を踏み入れることもなかったはずだ。

しかし、俺は今この学校にいる。明らかに教室に着席している。

何でかって? そんなのは言うまでもない。未神蒼……俺の後ろで優等生ヅラしているこいつのせいだ。別れの悲しみや新天地への期待も全ての破壊し尽くされてしまった。

想像主(ストーリーライター)…………世界を書き換える、未神の力によって。

「おう、お前ら。HR始めるぞ」

担任がやってくる。もう二度と見ることのなかったはずのHRが再び始まった。

「さて、今日から新学期、つまりお前らは高校4年生になったわけだ。今年で卒業になるんだな」

事も無げに担任はそう言った。

俺達は今、高校4年生なる謎の身分になっているらしい。きっと日本の教育制度が実際に変更され、高等学校が4年制になってしまったのだろう。そんな妙ちきりんなことになっているのは当然あの女の邪悪な企みのせいである

「要するに、今年お前らは進路を決めなければならないはずだ。進学にせよ就職にせよそれは人の岐路になるというわけだな」

しかし、何故未神はそんなことを……?

「……が、進路などそんなことは別にいい。問題なのは青春の総本山たる高校生活がこの一年で終わりそう、ということだ。お前ら、よく聞け」

思考が中断される。……聞き間違いか? 今、進路がどうでもいいとか聞こえたような。いやいや、教員がそんなこと言うわけ……

「…………恋だ。恋をしろ。男女で、いや男男でも女女でもいい。ときめききらめき八代亜紀、精一杯青春するんだぞッ!」

「うおおおおおおお!」

生徒たちが雄叫びをあげる。俺は言葉を失っていた。どうしたんだ、こいつら……

「そういうわけだ。校則はフリーでリバティで無問題(モーマンタイ)

授業はグループワーク、私語完全解禁、風紀委員会は今日で解散とするッ!」

「うおおおおおおおおお!!」

「不純異性交遊バンザーイッッ!!!」

「バンザーイッッッ!!!!!」

だめだ。イカれちまった。教育は敗北した。我が学び舎は既に猿たちのラブホテルと化している。何故こんなことに……

「よーし! 先生も今からとなりのクラスの雛子先生に告白してくるからなぁッ!」

担任が職務を放棄し隣の教室へすっ飛んでいく。生徒たちが手当たり次第近くの異性やら同性やらにコナ掛け始めた。

「……なぁ、未神」

「なんだい、依途くん」

「これはお前が書き換えた結果か?」

「そうだね」

異常だ。確かに未神は世界を書き換える力……想像主(ストーリーライター)を持っている。だがこんな妙な使い方をしたことはない。

こいつはあくまでこいつなりに、人類だとか世界だとかを考えて力を振るってきたのである。それが今回はどういうわけか、高校中が大発情時代に陥っていた。

とうとう少子化問題にまで手を付けるつもりなのか? こいつは?

……分からない。何故、何のためにこいつがこんなことをしているのか。後ろを振り返るといつもの様に微笑みを浮かべる未神がいる。

「理由を教えてくれ」

「分からないかい?」

「全く分からん」

「なら、考えるしかないね」

そのうえで分からないから聞いているのだ。

「新学期初日から隣がいないのは俺が嫌われているからか?」

「それも自分で考えてくれ……ていうか、それはそもそも知らない」

左は壁、右はいない。前は発情ザルと化し、後ろは諸悪の根源。詰んでいる。

「なぁ、未神」

「なんだい」

「この3年間でお前のことはだいたい分かった気がしていたが……違ったようだな」

「うん。きみはぼくのことなんか全く分かってない。だから、青春は終われないのさ」




部室のドアを開ける。

教室の裏側……南棟の最上階、その端の空き教室。校舎の末端、場末と呼んでいいだろうここが我らが思春期同好会のアジトであった。

もう見ることも無いのだろうとノスタルジーを感じたこの部屋に、結局こうして舞い戻って来ることになったわけだ。

嬉しいような、何か違うような。

「どうなっちまったんだ、本当に……」

本来、授業中の時間であるのだが。

担任が全時間保健体育の授業にするだなどと宣い始めたので脱兎の如く逃げ出してきたのである。誰も責めまい。

「やっぱり落ち着くね、ここは」

未神がいつもの椅子に腰掛ける。見慣れた光景が続いていることに新鮮さを覚えた。俺も腰掛けると、机を挟んで向かいにやつが笑っていた。

「まさか、4年目があるとはな」

「ぼくもびっくりだよ」

この動揺で忘れそうになるが、これまでの3年間は実に素晴らしいものであった。未神と共に状況を変えていくその毎日はまるで主人公になれたような、そんな充実感に満ちていたのだ。

言うまでもなく人生最高の3年間と言っていい。この前にも後にも、こんな時間は無い。だから、続きがあると解った時は実は結構嬉しかったのである。

「びっくりって、お前が始めたことだろう?」

「少なくとも今までこういう風にしようとは考えてもいなかったんだ。が、状況が変わった」

「状況?」

「不遜で不埒で不届きな男がいてね。そいつに正しく現状を認識させ、目先の青い鳥の価値を正しく把握させなきゃいけない」

ふむ…………こいつがそこまで言うのだ、不貞な輩なのだろう。しかし青い鳥というのは一体何のことなのだろうか。

顎に手を当て考えていると未神が溜息を吐く。

「依途くん。ぼくは昨日の卒業式振られたんだ」

「振られた……?」

……つまり、未神が誰かに告白した?

そうだったのか。そんな様子を見た覚えはない。あの日記憶にあるのは未神がやけに怒っていたことだけだ。

「悪いけど、このまま卒業なんて出来ない。ぼくの気持ちを受け止めてもらうまでは……」

「…………はっ!」

脳の電圧が瞬間的に跳ね上がったような感覚。そうか、分かったぞ。親友よ。全て繋がった。

要するにこうだ。昨日、未神は俺の見てないどこかで誰かに告白したのだ。当然この告白というのは恋愛感情を打ち明けたり交際を求めるような告白である。

しかし、その想いは脆くも崩れ去ってしまった。相手は告白を断ったのだ。

思い返せばあの時未神は相当に激昂していた。俺には何が理由か全く察しがつかなかったが、きっと拒絶された悲しみや怒りを抑えられず俺に当たったのだ。

未神に想い人がいるというのは聞いたことが無いが、考えてみれば未神は花の女子高生でありあの日は卒業式だった。何ら不思議じゃない。

あの日告白が受け入れられなかったのなら、二度と会うことも無い。普通なら泣いて終わりだろうが……未神には選択肢があったのだ。

まだお別れじゃない。そういう風に書き換える力が。

さっき言っていた青い鳥というのは自分で、不届き者はその男のことなのだろう。

「そうかそうか」

「?」

こいつにも中々可愛いところがあるじゃないか。惚れたやつとやらの面を拝んでみたい気もするが……流石に悪趣味だな。

「まぁいい、依途くん。今日の活動についてだが……」

「何をするんだ?」

「ぼくたちのこの部活、名前の由来を覚えているかい?」

随分懐かしいことを聞いてきた。思春期同好会の由来は、入部したての頃に聞いたのをはっきり覚えている。

「ああ。思春期の短い青春を可能な限り楽しんで過ごして、「青春欲」を満たそう、そんな感じだったな。……まぁ実際にやったのは怪物やら人間やらとの手に汗握る熱いバトルだったわけだが」

「ライトノベルの様な青春だ。最高だろ?」

「まあ確かに」

「しかしだ。ぼくたちのこの青春にはあっっっとうてきに不足しているものがあるんだ」

「……なんだ?」

「ラブコメだよ」

奇しくも昨日、思い浮かべた単語をこいつはが述べる。

「思春期なる名前を掲げておきながら、これは如何ともし難い欠陥だよ、依途くん」

「欠陥なのはこの色狂いの世界だと思うが」

「私語は慎んでくれ」

発言は許可されないらしい。

「そういうわけで、今日はデートを行う」

「…………は?」

沈黙は十秒も保てなかった。

「何故?」

「思春期である以上、恋愛は必須だ」

反論しようとして、考え込む。……なるほど。

さっきの不届き男に振られた鬱憤を晴らそうというわけだ。八つ当たりとか代償行為とかそういうのである。

「そういうわけだ。ほら行くよ」

未神が立ち上がって歩き出す。

「おい、一応授業中だぞ」

「6時間保健体育なんてやってられないもん」

お前が言うのか、それ。




市街。

青空を天井にした街に桜が吹雪いている。夏というほどではないが、春にしては暑すぎた。28度ほどあるそうだ。

駅から少し離れているものの、この辺では十分栄えているだろうと思われるプレイスポットだ。いつもなら暇そうな学生が歩き回っているが、今は流石にいない。…………俺たちを除いて。

「これ、補導されるんじゃないか?」

「その時はコスプレである旨を伝えればいいだろう」

よくないだろ。

「それで、どこに行くんだ? デートだなんだと騒ぐくらいだから場所くらい決めてあるんだろ?」

「…………」

「ノープランなのな」

一瞬の沈黙からそれを読み解くあたり、3年の友情は伊達じゃないのである。

「あれ、入るか」

近くに有ったでかいショッピングモールを指す。

「まぁ行けば何かあるだろ」

「そうだね」


そういうわけでショッピングモールの中へ。店内にはスーパーから飲食店、やけに多い服屋に百円ショップやらまあ色々有った。来たこともないが……どこに行ったもんか。

「未神、案内できるか?」

「来たことないね」

「じゃあ地図見るか」

ショッピングモール、迷子になりがち。

「おっ」

目欲しい場所を見つけて歩き出す。

「どこいくの?」

「いい場所があったんでな」

エスカレータに乗り上の階へ。店内は平日の昼間から混み合っていて、夫婦だかカップルだかが楽しそうに手を繋いで歩いている。やかましいことだ。

「……ねぇ依途くん。一般的に、デートというのは男女が仲睦まじく手を繋いだりするものだと思うんだけど」

「そうかもしれないな」

「ぼ、ぼぼぼくたちもその慣例に倣うべきじゃないのかな!?」

「別に構わんが……」

辿り着いた店を指し示す。

「ここ、中古屋だぞ?」

説明しよう、中古屋とは…………中古のフィギュアとかトイとかゲームとかマンガがたくさん売っている店のことである!

「手を繋いで入るような場所でもあるまい」

意気揚々と連れてきた俺とは裏腹に、未神がこの世の終わりでも見たかのような暗い表情で溜息を吐いていた。

「依途くん」

「何だよ。ブックオフの方が良かったか?」

「違う。…………ぼくたちはデートをしてるんだ。分かるかな?」

「どういうことだ」

「こんなオタクしか来ない店でデートしないだろっ」

未神、絶叫。

「失礼だな。アルファードに乗ったヤンキー家族もよく来るぞ」

「それはもっと地方の倉庫っぽい店だ」

詳しいな。

「しかしだな、未神。お前と遊びに来ると大体こういう店を巡りに巡って中古のゲームとかプライズフィギュアを漁ることが殆どだった気がするが」

そう。未神はその辺の趣味も含めて「親友」枠であり、一緒に遊びに行くのにも気を遣わなくて済む大変稀有な女であった。

「確かにぼくたちの休日はほぼそういう過ごし方だが…………違うんだ! これはデートなんだよ! 依途くん!」

「はぁ」

そんなやつがデートなどと糖尿病まっしぐらなほど甘ったるい言葉を吐き、手を繋ぐべきとかどうとか言いだしたのだ。戸惑いもするだろう。

「考えてみろ! 付き合いたてほやほや! 互いの目を見るのも恥ずかしい初心なカップル!」

「お前初心なのか」

「黙れっ! そのカップルが「で、デート行こうか……」「どこにしよう……」「よし、中古屋にしよっか!」「一緒にプレステ2のゲーム見に行こうね」……なるか! なるわけ無いだろっ!」

先程よりも熱を帯びた未神の叫びがこだまする。

「店先で演説するなよ……」

「きみのせいだろっ!」

親友がこれほど熱くなっている姿を初めて見た。流石に少し申し訳なくなる。

「分かった。とにかく、中古屋はデートに不適当なんだな」

「義務教育で習ったはずだけど」

「お前がどんな学校に通ってたのか知らんが、あいにく俺はデートなんてしたことがない」

「……ほんとに?」

「ああ。神仏に誓って無い」

何だか知らないが、未神が笑っている。馬鹿にされた気がした。

「そういうわけだ。デートと言われてもどこに行けば良いのか見当が着かん。お前が行き先を選んでくれないか?」

「……なるほど」

未神が満足そうに頷く。人の非モテがそんなに嬉しいのか。

「確かに、この3年間きみが女性と話しているのを見たことがない。可哀想に……」

「お、宣戦布告か?」

「きみの言う通り、ぼくがきみを導いてあげるべきだったよ」

途端に図に乗り始めた。腹が立つどころか、何か楽しくなりそうだった。

「よしいいだろう、親友。ぼくが最高のデートを演出してみせるよ」

未神がビシッと指差す。どうなるか見ものだった。




「なぁ、未神」

「ん?」

「何で俺はプレステ2のディスクを漁ってるんだ」

こいつが最高のデートとか言い出してから30分ほど。俺たちは何故かさっきの中古屋にいた。

「ゲームキューブのほうが好みかい?」

未神が俺に吐いたのより3倍大きな溜息を吐いてやる。そうじゃねえよ。

「さっき中古屋はデートに相応しく無いと大演説噛ましてたのはどこの誰だ」

「うっ……」

未神がバツが悪そうな表情をする。

「仕方無いだろ…………服屋に入っても服には興味無いし、おしゃれなカフェは結界が張ってあるし……」

「なんだ結界って」

「ぼくやきみのように慎ましく細やかに生きている人間を殺す結界だ」

「俺を混ぜるな」

「そんな所に行けるはずがない。結局こういう店が一番落ち着く」

そう言いながら未神が妙に懐かしいゲーム機を手に取った。ドリキャスじゃねえか。

「あ、2000円だ……これ買ってくる……」

未神よ……デートでドリキャスは買わねぇぞ…………

そんな声無き叫びは奴に通じず、淡々とドリキャスとバーチャロンを会計している。結局やつも「こちら側」…………要するにオタクなのだ。そいつが全うなデートなどできる筈もなく、中古屋やらカード屋やらゲーセンやらの方が生存に適している。そういうやつだから親友になれたとも言えるが……

無理してデートがどうなどと啖呵を切るとあの様に撃沈して、ドリキャスで心の穴を埋めようとする始末である。いや心埋まらねえだろドリキャスで。何なら当人が墓の下に埋まってるまである。

「あ、会計してきたっ」

「……楽しそうだな」

「うん。そのうち対戦しよう」

カフェやら服屋に無理に入ろうとして灰化しかけているときよりよほど活き活きとした笑みを浮かべている。実際俺も無理してデートなぞしようとするより、2人でゲームでもしている方がよほど気が楽である。

「次は? どこに行くんだ」

「え、あ、そうだな……」

未神が葛藤している。未神自身も無理にデートがどうとか言い出すべきなのか、或いはこのまま心地良く普段の休日を楽しむべきか悩んでいるのだろう。

「な、映画でも見に行くか」 

「え?」

「それならほら、俺達でも行けるし。それなりにデートっぽいだろ」

「まぁ、確かに……」

正直見たい映画も無いし、結構高いしで行きたい理由も無いのだが。まぁこいつのために我慢してやることにする。

「ここの最上階に映画館が有ったはずだ。取りあえず何やってるか見に行こうぜ」


最上階。

併設された映画館へやってくる。天井に釣られたモニタにタイムスケジュールが載っていた。

「これから時間が近いのは……」

最近流行りの一般層まで対象のアニメ映画と、三角マークに波が上がりそうな特撮映画。

「非オタク向けとオタク向けだ。どっちにする?」

「……いや、もう一つある」

未神が指し示したのは、俺が敢えて提示しなかった選択肢……

「……恋愛映画、だとぉっ!」

あの未神が……恋愛映画……考えるだに恐ろしかった。

「アニメでもSFでも特撮でもなく……恋愛映画!?」

「ああ。それも邦画だ」

膝から崩れ落ちそうになる…………

「そんな……お前、予告で国産恋愛映画が流れる度舌打ちして「低予算ホームビデオ」とか「ポルノのポルノ抜き」とか散々言ってたのに……!」

「そう。今からそれを見に行くんだ。1800円も払ってね」

「気でも狂っちまったのかよ! 親友!?」

「そうだ。依途くん。若者はそれくらい情欲に狂っていて当然なんだ」

「そんな馬鹿な……」

恋愛というのはげに恐ろしきものか。こいつに惚れられた不届き者とやらは早く責任を取ってやれ、未神はおかしくなってしまった。

「我々は思春期同好会。その名を騙るのなら、一般的中高生の趣向もある程度は理解しなきゃいけない……」

「えぇ……」

スタバに入れない時点で無理だろう。

「よく考えたまえ依途くん。映画だけじゃない。JPOPでもKPOPでもドラマでもいい。

ラブソング以外の歌がどれだけある! ドラマだって大半は誰が好きとか嫌いとかだろう!

あいつら性欲の話しかしていない、みんな股ぐらを濡らすための装置を求めているんだっ!」

「ステイ、未神ステイ」

「だがそれでも! それが思春期の在り方だと言うのなら、ぼくたちは突き進まなければならない!」

「映画館で叫ぶんじゃない」

仕方無く1800円払ってチケットを買う。読み上げるだけで鳥肌の立ちそう題名だった。

「では6番にどうぞー」

目の前を歩くカップルが俺たちと同じ6番に入っていく。あーあー、ほんとにいるのかカップルでこういう映画見て喜ぶやつ…………と思ったが。傍から見れば俺と未神も変わらないのだ。世間的には等しくバカップルである。おのれ偏向報道。

「はぁ……」

「依途くん。これは試練なんだ」

だがな、一つだけ言い訳させてくれ。バカップルはドリキャスを抱えてメロドラマを見ない……そうだろ?


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