表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/40

9話 三人のルーンティカ

 



 木漏れ日の下で、銀の瞳がぱちりとまたたき、三人組の男女を映す。


 この三人は、ノルンに服の知識と、美しいと言う評価――そして、はじめての小さな救済を、体験させてくれた者たちだった。



「やあ、おれは〈土馴染み〉のテヌ。

 ちょいと向こうにある集落の人間さ」


 緑の瞳を細め、和やかな笑顔でノルンへと語りかけた、短くザックリと切った濃い茶色の髪を持つ、屈強な若い男性テヌは、たくましい腕を伸ばして、古い神託迷宮の後ろ側を指差す。


 挨拶と共に、その動作で集落の位置を伝えたテヌの隣で、まだ少女の面影を残す女性が、ひらりとノルンへ片手を振る。


「あたしは〈土開き〉のテーカよ。

 テヌはあたしの兄さんなの」


 本人が語る通り、兄によく似た笑顔で挨拶をしたテーカは、眩しげに緑の瞳を細めてノルンを見た後、肩口で切りそろえた薄い茶色の髪を揺らして、もう一人の若い男性へと顔を向けた。


「それから、彼はあたしの旦那さん!」

「〈樹の地〉のキクスだ。

 テヌとテーカと同じ集落に住んでいる」


 テーカの紹介に、凛とした表情で挨拶を告げた、長身の青年キクスは、切れ長の深緑の瞳をひたとノルンに注いでいる。

 首の後ろでくくり背に流している鮮やかな緑の長髪は、森に立つ樹々の葉と同じ色をしていた。


 友好的な雰囲気の三人を見上げた銀の瞳は、一様にノルンよりも焼けた健康的な肌や、蔓や花や蔦を模した木製のサークレットをはめている姿を、その内に映す。


 ――土と樹の香りがする人間たちだと、神の子は思った。


「あなたの名をきいても良い?」


 テーカの問いに、ノルンは三人が名乗った、名乗りの法則――名の意味を告げてから、名乗る方法を思い出して、口を開く。


「私は……〈区切り〉の、ノルン、です」

「へぇ、珍しい名だな」

「そう……みたいですね」


 言葉をゆっくりと返しながら、ノルンは内心少し困っていた。


(本当の名の意味は……〈全ての人間の区切り〉。

 さすがに、そのままの意味を言ってはいけない気がして、縮めた意味を伝えたけれど……父さんは、すごい意味の名を、私に授けてくれたんだな)


 父神アトアが与えた、その名の本来の意味するところは、まだノルンには分からない。


 それでも、珍しい名だと言われたことで、なんとなく普通の人間に与えられるものではないのだろうと、気づいた。


 しかし、ノルンの内心の悩みなど知らない三人は、気にせず会話を続けていく。


「実はおれたち、テーカの怪我を癒す神託を読み解いてくれたのが、きみだって分かってさ」

「お礼を言いに来たの!

 本当にありがとう、ノルン!」

「感謝する」


 率直な感謝に、一度ぱちりと銀の瞳をまたたいたのち、ノルンは小さく微笑んだ。


「どういたしまして」


 胸の内がぽかぽかとあたたかくなる感覚に、つい一日前、ノルンが告げた感謝に父アトアが返した言葉と、同じ言葉を三人へ返す。


 ノルンの言葉に、テヌとテーカが笑顔を咲かせ、キクスはかすかに安堵の吐息を零した。

 次いで、互いに一度顔を見合わせてから、再びテヌから口を開く。


「それで、ノルンが良ければ、なんだけどさ」

「君の力を貸してくれないだろうか?

 俺たちと共に、大きな神託迷宮に入って欲しいんだ」

「お願いっ!」


 真剣な響きが込められた願いに――神の子ノルンは、返す言葉を迷わなかった。


「私でよろしければ」


 即答で肯定を告げ、しかしとそのままとある問題点を語る。


「ただ、私は一日前から手前の記憶がないので、みなさんのお役にたてるかは、分からないのですが……」

「えっ!? 記憶がないのか!?」

「はい」


 驚きに目を見張る三人に、ノルンはコクリとうなずく。

 およそほとんどの情報を、いまだ知らないノルンにとって、共に行動を願う人々に自らの無知を伝えることは、とても重要だと感じた。


(私が共に行くことで、三人に負担がかかるようなことは、避けたいな)


 内心でそう呟きながら、顔を見合わせている三人を見つめていると、何やら決心したようにうなずき合い、凛とした表情が三つノルンへ向く。


「わかったわ!

 それなら、あたしたちがノルンの知らないことを教える!」

「おれたちが知ってることしか、教えられないけどさ」

「ただの辺境の集落の人間が持つ知識でも、知っていればこの先、何か役立つこともあるだろう」


 三人の申し出は、間違いなくノルンにとって、ありがたいことだった。


「お願い、しても?」

「まっかせて!!」


 尋ねるようなノルンの言葉に、テーカが弾けるような笑顔を咲かせ、テヌとキクスも力強くうなずく。


 ――ノルンが、貴重な知識を得るきっかけを手にした、瞬間だった。



「う~ん! 頭飾りをつけてるから、たぶん成人の十六歳にはなってると思うのよね~!」

「頭飾りは、成人の証だ」

「そうだったのですね……」


 さっそく伝えられた知識に、銀環のサークレットをほっそりとした指先がつるりと撫でる。


 改めて、三人から語られた解読者や、神託迷宮の知識は、父アトアが教えてくれたものよりも、ずいぶんと簡単な言の葉で語られた。


 それは、彼らや彼女の生き方からにじみ出る、今を生きる人間らしい表現。

 神ならぬ人間だからこそ、ノルンが耳にすることが出来る言葉だった。


 木漏れ日が落ちる森の中を、ゆったりと移動しながら、ノルンへの知識の提供は続いていく。


「解読者って言っても、協会所属と野良の違いがあってね?

 あっ、協会って言うのは、解読者協会のことね!」

「解読者協会で試験を受けて合格をした者を、協会所属と呼んでいる。

 協会所属は、各国が認める正式な解読者として、国が管理している神託迷宮にも入ることが出来るようになる」


 キクスの説明に、テヌが頭の後ろで両手を組んで続ける。


「協会所属は神学者の集まりみたいなもので、数が少ないんだよなあ。

 だから、おれたちみたいな野良の解読者のほうが多いんだ」

「古きかつては、身に宿す神力が強い者しか神託迷宮に入れなかったため、各国は入る者の管理が出来なかったらしい。

 今でも野良の解読者が多いのは、そのなごりだ」

「そのような過去があって、現状があるのですね」


 加えられた二人の説明に納得を返し、ノルンはふと前方に銀色の視線を向ける。


 樹々のすきまから――巨大な灰色の建物が、見え隠れしていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ