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6話 朽ちた遺跡の神託迷宮

 



 朝、洞の外を照らす陽光の眩さに、銀の瞳が開かれる。

 ノルンは、また食事を奇跡で出現させて楽しむと、すぐに旅を再開した。



 昨日の雨で濡れた森を、狼の背に乗り、颯爽と進んで行く。


 葉の上で煌く雫が散る、美しい一瞬一瞬を眺めながら、駆けた先――まだ続く森のただなかに佇む、古く朽ちた石造りの遺跡が、銀の瞳に映った。


「あれが、父さんが教えてくれた、神託迷宮ですね」


 駆ける速度を落とした、狼の背の上で、ノルンは小さく呟く。


 遠くに見える古い遺跡は、ノルンが目覚めた場所から、もっとも近い位置にあるものだと、アトアが伝えていた神託迷宮。


 樹々に吞み込まれるように遺された、どこか寂しささえ滲ませるその神託迷宮の入り口では、数名の人間たちが行き来していた。


「あの人たちは……解読者(ルーンティカ)、でしょうか?」


 サラリと艶やかな黒の長髪を揺らして、小首をかしげながら、ノルンは疑問を零す。

 ほとんど同時に、その疑問の答えが、自然とノルンの頭の中に浮かんだ。


 すなわち――あの人々は、解読者である、と。


 神の子としての理解をしつつ、ノルンは脚を止めた狼の背から軽やかに降り立ち、美しい狼に向き直る。


「狼さん、ここまで運んでくれて、ありがとうございました。

 本当に、とっても助かりました」


 太陽のような金の瞳と視線を合わせ、ノルンはほっそりとした手を伸ばして、ここまで運んでくれた賢い狼の頭を優しく撫でた。


 嬉しげに瞳を細めた狼は、スリとノルンへ銀色の毛並みの身体をすり寄せた後、旅路の先を促すように、金の瞳を前方の神託迷宮へと注ぐ。


 金色の視線を追い、神託迷宮を映した銀の瞳は、もう一度だけ狼に向けて注がれ、ひらりと振った片手と共に今度こそ外れた。


 美しい黒髪を揺らし、サークレットの銀環を飾る白石を陽光に煌かせて、ノルンは無言のまま、神託迷宮を目指して足を踏み出す。


 別れの言葉はなくていいと――そう、分かっていたから。




 見守る視線を注ぐ狼のそばから離れ、古い神託迷宮にたどり着くと、ノルンは朽ちた石造りの外観を見上げた。


 樹々の根が絡みつき、緑の蔦におおわれた遺跡は、いったいどれほど永き時間を、この場で佇み続けているのか、ノルンは想像もできずに銀の瞳をまたたく。


 近寄り、そっと片手で触れると、石を積み重ねた壁は物言わぬまま、ザラザラとした感触をノルンに伝えた。


 それはこの石の壁が、雨や風、あるいは植物によって削られた証。


 この神託迷宮が過ごした、月日の流れを感じるには……十分すぎるほどのものだった。


(今から、この遺跡に入るのか……)


 ノルンは、とたんに厳かな場所に見えはじめた神託迷宮の壁から、少しだけ銀色の視線を横へと流す。


 銀の瞳はすぐに、ぽっかりと口を開けた扉の無い入り口を映し、その場所から奥へと続く石造りの通路と、そこにちょうどいた三人の男女の背中を見た。


 一人の女性と二人の男性は、それぞれ薄茶色や、緑色、藍色を基調とした布を、簡素な服として重ね着していて、頭には木を細工してつくったサークレットをはめている。


 耳や手足にも、木や布で作った飾り物を身に着けていて、ノルンの瞳には全員が十代後半か二十代くらいに見えた。


(この服装は、一般的なものだったんだ)


 ぴらっと自らの服の裾を、指先でつまみ上げて、内心で自身だけが不思議な服を着ていたわけではないことを、再確認していたノルンの耳に――声が届く。


「美人……!」

「おぉ、本当だ。綺麗な子だな」

「あぁ。あのような者を、〝神々の美にも近しき美しさ〟と言うのだろうな」


 あえて、服についた汚れでも払っているかのような仕草をしながら、聞こえてきた声にノルンは内心だけでうなずきを返した。


(たしかに、私は父さんと顔が似ているから、美しい父さんに近しき美しさ、はあるとは思う)


「いやいや、それよりも神託だって」

「わかってるって!」

「今日こそは、あの部屋の神託が読み解ければいいのだがな……」


 男女の声は徐々に遠ざかり、ノルンは下げていた視線を戻して、ゆっくりと入り口へ踏み入る。


 ノルンに服装の謎の答えと、美しいという評価をくれた先ほどの男女は、通路の左右にある幾つもの小部屋のどこかへと、すでに姿を消していた。



 伸びる通路は、朽ちて崩れた、あるいは植物の根があけた天井の穴から降る、淡い木漏れ日の光のみが照らし、この朝の時間でも薄暗い。


 ノルンは、少しだけ外よりも冷ややかな、石造りの通路をゆっくりと進み、左右に開いた小部屋の入り口から内側の様子を一つ、二つと確認していく。


 その多くが朽ちた様子を見せる小部屋は、ガランとして何もないものから、机のような石が鎮座しているもの、そして解読者だろう人々が集まる部屋など、色々な状況のものがあった。


 そのうちの一つである、先ほど見かけた男女とはまた別の者たちが数名、壁に刻まれた紋様を前にして唸っている小部屋を、入り口から静かに見つめる。


「求める、者……」

「水。この紋様は、水のはず」

「これは……何を祈れと刻まれているんだ?」


 石の壁に刻まれた紋様――神託を読み解こうと、必死な様子の者たちが零す言葉に、ノルンはかすかに艶やかな黒髪を揺らし、首をかしげた。


 銀色の視線がゆっくりと、神託の文をなぞる。


([温もりを求めし者、水を欲する者、一時の安らぎを求める者は、ただ湯を望むと祈ること。さすれば、あたたかな湯を授けましょう]

 ……悩むほど、難しいことは書いていないと思うのだけど)


 サラッと神託の文を読み、ノルンはそう胸の内で呟く。

 ノルンには、真剣に悩みながら読み解こうとしている、他の解読者たちの姿が、不思議なものに見えた。


 少しだけ考えて、はたと思い至ったのは、ノルン自身と他の者たちとの違い。


(もしかして、他の人たち……いや、普通の人間は。

 ――神の文字(ティアルーン)を、簡単には読めない?)


 改めて、他の人々が考える様子を見つめ、ノルンは一つ確信する。


(神託迷宮の神託は、本当は紋様の意味を探して、過去の知識と照らし合わせながら、文字として読み解いていく――謎解きのようなものだったのか)


 また一つ、知らないことを知ることが出来た喜びに、ノルンは小さく微笑む。


 同時に、神託迷宮への好奇心が、芽を出したのだった。




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