35話 それぞれの戦利品
宴を楽しみ、色とりどりの艶やかな布が敷かれた一角で、布に包まれて眠りについた、翌日。
さすがに疲労していたのか、全員そろって昼を過ぎても眠り続け、その後ようやく空腹を感じて、一人二人と目を覚ましはじめた頃。
ふるり、と繊細な睫毛を震わせ、開かれた銀の瞳が、数度またたきを繰り返す。
触り心地の好い布に身を包んだまま、つと流れた銀色の視線は、窓の外の晴れ渡る青空を映し、その眩しさに再び瞼を伏せた。
「あ! ノルン兄さんも起きたー?」
元気なフーヒオの声が、静かな部屋に響く。
「こら、フーヒオ君。
そう急かすものではない」
「はぁーい」
たしなめるようなキトの低い声と、気にした様子もないフーヒオの返答を聞きながら、ノルンゆっくりと上体を起こし、サラリと流れた美しい黒の長髪を手で払って、口を開いた。
「おきました」
ぽやぽやとした、どこか拙ささえ感じさせるノルンの返答に、先に起きていた四人が笑顔で口々に挨拶を返す。
布の中から抜け出し、四人が囲む木の机のそばへと歩み寄るノルンを待ってから、昨夜と同じ神託を読み解き、一行は遅めの昼食を楽しむことにした。
美味しい食事を楽しみ、果汁の飲み物を片手に、全員が一息ついた頃。
思い出したように顔を上げたウイトが、そう言えばと口を開いた。
「そうだ。
あそこに宝箱があったから、みんなで開けてみないか?」
「あけるー!!」
「楽しみ、です……!」
好奇心を隠さない二人の少女と、コクコクとうなずくノルン、口角を上げるキトを順に見た後、爽やかな笑顔を浮かべたウイトが手招きをする。
そろって立ち上がり、部屋の隅に、ひっそりと置かれていた宝箱の前へと歩み寄ったのち。
全員で手を伸ばし、息を合わせて蓋を開くと――中には幾つかの、神物が入っていた。
「おぉ! 素晴らしい!!」
とたんに薄緑の瞳を煌かせるキトに、今回は誰しもが負けず劣らず、瞳を煌かせる。
「いろいろな種類の神物がありますね」
束の間、星のように瞳を煌かせたノルンは、次いでぱちりとまたたきながら、宝箱の中にある神物たちを銀の瞳に映す。
「あー! これ、アタシが持ってる神物!」
声を弾ませたフーヒオが指差したのは、周囲を照らす光を放つ石の神物。
たしかに、暗い通路ではお世話になったと、その神物のことを思い出してノルンはうなずく。
他にも、透き通った水色の杯の神物や、二枚の小さな白い布の神物。
それに、一行がすっかり見慣れた、ノルンやキトが持つ物に似た布袋の神物。
それらを銀色の視線でなぞったノルンは、いまだ瞳を煌かせて宝箱の中へと視線を注ぐ、キトへと問いかけた。
「キトは、これらの神物がどのような奇跡を宿しているのか、知っていますか?」
神学者として非常に博識なキトならば、宝箱の中の神物たちのことを知っているかもしれない、と予想した神の子の素朴な問いかけに、神学者は軽く咳払いをして姿勢を正す。
「はい。幸いにもここに入っている神物は全て、街の中にある神物を専門に取り扱っている店で、見たことがあります」
そう答えたキトは、片眼鏡をかけ直して、じっと神物たちへと薄緑の瞳を注いだ。
「こちらの、透き通る水の色をした杯の神物は、神力を注ぐ間、奇跡にて底から湧き出でる水を与えてくださる神物です。
少量の神力で奇跡を起こしてくれるため、私たち人間にとっては、とても助かる神物の一つですね」
「それは確かに、とても便利ですね」
キトの説明に、コクコクと納得してうなずいたノルンは、次の神物へと銀色の視線を向ける。
「この真っ白な布の神物は?」
「こちらは確か、浄化の奇跡を宿す神物だったかと。
ただ、浄化と言いましても、混沌の影を消すような強力な奇跡ではなく、汚れを綺麗にするような、小さな奇跡の浄化ですな」
「汚れを綺麗にする神物……」
「すてきな神物ですね……!」
小さく呟き、興味深く神物を見つめるノルンの横で、アイルが咲かせた笑顔に、キトも同意のうなずきを返す。
「みんなは、どの神物が欲しいんだ?」
ウイトの問いに、再び全員が宝箱の中へと視線を注ぎ――最初に、フーヒオが片手を上げた。
「はいはーい! アタシはこの、水が出る神物がいい!」
「そ、それなら、わたしはこちらの、浄化の布の神物がほしいです……!」
「俺は、キトさんとノルンさんも持ってる、この布袋の神物がいいけど……」
「ふむ。私は光る石の神物を貰えるとありがたいが。
――ノルン様は、どの神物をお求めでしょうか?」
フーヒオを口火に、次々と四人が欲しい神物を告げた後、キトがノルンへと問いかける。
それにうなずきを一つ返し、ノルンは興味を惹かれる心のままに、答えた。
「私は、浄化の布の神物が欲しいです」
結果的に全員が望みの神物を手にして、それぞれが満足気な笑みを浮かべる中、ふとノルンを見たウイトが、ハッとした表情を浮かべて口を開く。
「そうだ、ノルンさん!
記憶がないって言ってたけど、こういう戦利品の取り方のお約束は、知ってるかい?」
ウイトの問いに、ぱちりと銀の瞳をまたたき、ノルンは首を横に振る。
まだ少ない記憶の中を探ってみても、戦利品に関するお約束は見つからない。
サラリと美しい黒髪を揺らして、小首をかしげたノルンに、ウイトは知らないのであればと、言葉を続けた。
「俺たちはみんな仲間だし、こうして宝箱から出てきた神物も、それに神託の奇跡だって相談して分け合うけど、実はそうじゃないことも多いんだ」
「うむ。基本的には、自らの手で取って来たものが己の戦利品、と言うお約束があるのだったね」
自身に続けて、キトが語った言葉に、ウイトが破顔する。
「そうそう! キトさんが言う通り、神託なら最初に読み解いた人、神物なら最初に手にした人が、その奇跡や神物を手に入れられるんだ。
だから、もしノルンさんが欲しいと思う戦利品を見つけた時は、あまり遠慮せずに先に手に取っていいんだ。
もちろん、相談してもいいけどな!」
爽やかに笑うウイトの言葉に、新しい知識を得た神の子は、うなずきを返す。
「分かりました。
――戦利品のお約束、憶えておきます」
今回の戦利品である、やわらかな白い布の神物を、布袋の神物へ入れて。
ノルンはまた、四人と共に小さな笑みを咲かせた。




