33話 戦いの後には
火をまとう、紅蓮の剣が躍るようにくるりと、空中に炎色の線を描く。
灼熱の剣はそのまま、飛んで来た闇色の球体を次々と斬り捨てる。
その近くで、空中を飛ぶ幾本もの白光をまとう短剣が、闇色の煙のような塊を斬り裂き、暗がりで閃いた。
ブンッと上段から振り下ろされた炎の剣が、闇を一閃。
ノルンが操る白光の短剣と共に、フーヒオの紅蓮の剣もまた、混沌の影を斬り消滅させた。
神物の剣を振るうフーヒオと、光の紋様秘術を駆使するノルンが、飛び交う闇色の球体を斬り捨て、混沌の影へと攻勢に打って出る中。
ウイトとキトが護りをにない、アイルが水の矢を飛ばして、飛来する闇色の球体を迎え撃つ。
しかし、攻撃である闇色の球体も、混沌の影そのものも――今目の前に在るものだけが、全てではなかった。
「……増えますか」
小さく呟いたノルンの銀の瞳に、円形の部屋の端、壁と床の交わる所から、次々と現れる新たな混沌の影が映る。
「ええー!? キリがないじゃん!!」
「キリは……あるはずです。
途切れるまで、戦いましょう」
「うー、わかった!!」
不安を混ぜた不満を叫ぶフーヒオをなだめ、ノルンがまた、白く光る短剣を混沌の影へと放った――直後。
他の混沌の影が飛ばした闇色の球体が、キトの木の葉舞う守護の紋様秘術をすり抜け、アイルとキトの腕や足をかすめた。
「きゃっ!」
「ぐっ!」
短く上がったアイルの悲鳴とキトの苦悶の声に、すかさずウイトが駆け、二人のそばで神物の盾を振る。
「おお、りゃあッ!!」
ブンッと勢いよく振られた盾は、そのまま鈍器と化して、飛んで来た球体を弾き消した。
「アイル、キト、大丈夫ですか?」
「かすり傷です! ご心配なく!」
「わ、わたしも、だいじょうぶです!」
素早く問いかけたノルンへ、すぐさま答えた二人の返答を聴き、一度下がっていたフーヒオが安堵の表情を浮かべる。
ノルンもまた、混沌の影と対峙しながらも小さく吐息を零し、続けて伝えた。
「金貨があった部屋で授かった、癒しの神物を使ってください」
「おぉ、そう言えばあの神物がありましたな!」
神の子の助言に、すぐさま神学者が薄緑の瞳を煌かせ、布袋の神物から癒しの奇跡を宿す小石の神物を取り出す。
アイルもまた、同じように腰につけていた布袋の中から、中心の白色から淡い水色へと色を移ろわせる、神秘的な神物の石を取り出し、キトと共に素早く傷口へと近づける。
刹那――[治癒]と刻まれた神の文字が、薄い水色に輝き、あっという間に流れる命の雫さえ消し去って、傷を癒した。
「傷が……!」
「これは素晴らしい!」
同時に瞳を輝かせた二人の様子を、チラリと銀の瞳に映し、ノルンは飛来する闇色の球体を避け、光る短剣で応戦しながら口を開く。
「怪我をした時は、その神物を使いましょう。
――まだまだ、戦いは続くようですから」
銀の瞳がうごめく混沌の影を、ひたと見つめる。
神の子の言葉に、四人の勇敢な人間たちは、その強き心を示すように力強く、声を上げて応えた。
そうして――永遠に続くかと思われた戦いにも、ようやく終わりが訪れる。
「《光》」
短く唱えた光の紋様秘術が、壁際に残っていた混沌の影を白光で消し去り……ノルンの一撃によって、無事に全ての混沌の影を消滅させるに至った。
「……終わり、ですね。
みなさん、とってもお疲れ様でした」
そっと円形の部屋を見回したノルンが、くるりと振り向いて四人へと告げる。
次の瞬間、どっと床に座り込んだ四人は、荒くなっていた息を整えたのち――胸の内に溢れた思いを、ワッと口々に叫んだ。
「勝ったー!!」
「おっしゃあ!!」
「よ、よかったです……!!」
「ノルン様と勝利を司る全ての神々に、感謝を!!」
共に喜びを分かち合う四人へと、ノルンもまた歩み寄り、互いの健闘を称え合う。
こうして、それぞれの奮闘や、石の形をした癒しの神物の奇跡により、なんとか誰も深手を負うことなく――試練よりも過酷な戦いは、幕を下ろした。
ほっと、誰もが安堵の吐息を零す中。
(――あれ? 何だろう)
ふいにノルンだけが、部屋に満ちる神力の高まりに気づき、ぱちりと銀の瞳をまたたいた、瞬間。
ぐわんと、景色が歪むような神力の干渉に、ノルンでさえ言の葉を零す間もなく――わずかな浮遊感の後、一瞬で切り替わった目の前の光景に、全員が唖然として沈黙を落とす。
誰の目にも、この場所がさきほどまで居た、大迷宮の最も奥深き円形の部屋ではないことだけは、ハッキリと映った。
驚きに、ぱちぱちとまたたきを繰り返しながらも、ノルンはゆっくりと、銀の瞳で見知らぬ広々とした部屋の中を見回す。
まず目に留まったのは、あたたかな湯気が立ち昇る、なみなみと水を満たした大きな石造りの浴場。
次いで、艶やかな布が敷かれた一角と、中央に置かれた大きな木の机が銀の瞳に映る。
かなり明るく、部屋を照らし出しているのは、壁と天井に幾つもはめられた、淡い橙色の光を放つ石。
その石の灯りを飾る、薄黄色の壁や天井には、美しい草花の絵が描かれていている。
透明な石がはめられた窓の外には、夕陽が落ち切った後の夜を迎えはじめた空と、濃い緑の森が広がる景色が見えた。
外の景色を見たことで、ようやくノルンにもこの部屋が、大迷宮の中でもかなり高い位置に造られたものだと分かり、ほぅと感嘆の吐息が零れる。
同時に、直感的に現状を理解した。
――円形の部屋から、この上階の広い部屋へ、またたく間に転移したのだと。
「どうやら……さきほどの地下の部屋からこの部屋へと、私たちを一瞬で移動させる奇跡が起こったようですね」
「なんと、そのような奇跡が私たちの身に!?」
ノルンの説明に、驚愕するキトの横で、フーヒオが勢いよく、煌く赤い瞳をノルンへ向ける。
「これって、がんばったアタシたちへのご褒美だったり……する!?」
「おお、そうだったら最高だ」
声を弾ませて問いかけるフーヒオと、その言葉に口角を上げるウイト。
いまだ驚きながら部屋の中を見回すアイルを、順に銀の瞳で見つめてから、ノルンは口を開く。
「幸い、危険だとは感じませんから――ご褒美と言うことにしましょう」
ノルンの美しい微笑みと共に、一行はこの場で、憩いの時間を過ごすことに決めた。




