31話 隠された神託の願い
白や銀、赤や青や緑の輝きと共に、それぞれの足下に現れ授かった神物の多くは――武器と防具だった。
「これはまた……何とも大層な神物を授かったものだ」
驚きに片眼鏡をかけ直すキトには、布地のような長い、薄茶色の素材の神物。
彼の手が持ち上げ広げたそれは、身体をおおい隠すほど広く、多くは雨除けに使われる外套の形をしていた。
「ああ……これは、とんでもないな」
「す、すっごーいっ!!」
「わぁ……きれいです!」
驚くウイトの手には、大きな銀色の盾。
喜びの声を上げるフーヒオの手には、深紅の剣。
感動するアイルの手には、長い水色の杖。
そして、銀の瞳をまたたかせるノルンの手には――細い柱状の白石を連ねて紐代わりにしたものに、太陽を思わす模様を彫った金の円盤を飾った、首飾りの神物。
(この首飾りは、武器でも防具でもない。
感覚的には……御守り、かな)
胸の内でそう呟き、繊細な白石の留め具を外して首へと飾ると、石や円盤の冷たさとかすかな重みが、神の子の首元をくすぐった。
他の四人もまた、防具の外套をまとい、盾や剣や杖をかかげて、それぞれに授かった神物を確認したのち。
「こんな凄い神物を授かったんだ。
今回の冒険は、大満足な結果になったな」
「うむ。これにて、今回の探索は終わりにして良かろう」
ウイトが爽やかな笑顔で告げた言葉に、キトが深々とうなずき、探索の区切りを告げる。
「あとは、安全に帰るだけ、ですね」
「それならさ、ここでちょっと休んでいこうよー!
アタシのども乾いたし、お腹もすいたー!!」
微笑みながら穏やかに呟いたアイルの隣で、フーヒオが上げた声に、ノルンはコクリとうなずく。
「休憩はだいじ、です」
まだまだ、目覚めてから過ごして来た日々が少ないノルンでも、休憩の大切さは分かっていた。
ノルンのかすかな真剣さを宿した言葉を聴き、キトが心底真面目な表情で口を開く。
「ノルン様の仰る通りかと。
ここは一度、休憩の時間を取りましょう。
――今回の探索の、素晴らしい成果を祝いながら」
最後だけ、ふっと口元をゆるめたキトの言葉に、ワッと三人の解読者が歓声を上げる。
ノルンもまた、小さく微笑みを浮かべてうなずきを返すと、さっそく全員が円を描くように床へと座り込んだ。
「今回は、私が飲み物と食事を出します」
「なんと! いえ、しかし……」
居住まいを正したノルンの言葉に、今まさに布袋の神物から、食事を取り出そうとしていたキトが慌てる。
しかし、ノルンはそのまま細い両手を組み、ここまで共に過ごして来た時間で、なんとなく理解したキトの性格を思い出しながら、言葉を返した。
「これは紋様秘術とは別の奇跡なので、珍しいと思いますよ」
「な……!!
分かりました、大変恐縮ではございますが――ぜひ、お見せ頂きたく!!」
「キトさんは、相変わらずだ」
くるりと意見を変えたキトに、ウイトが苦笑を零し、フーヒオとアイルはうんうんとうなずく。
その様子を銀の瞳に映したのち、ノルンは瞼を伏せて、奇跡を願った。
「《我が父の許しにて、捧げものの食べ物と飲み物を五つ望む。
望みのものよ、サンティアスの大神殿より、今我が元へ》」
まだ帰りの冒険が続くため、多すぎない量をと思いながら発動した、父アトアがいる大神殿からこちらへと、一瞬で食事を持ってくる奇跡。
またたく間に叶い、円卓を囲むように座る全員の中央に現れた食事を、瞳に映した四人は、再び仰天しながらも、ありがたく食事をはじめた。
丸い焼き立てのパンや、こんがりと焼き上げた肉を薄く切り、器に乗せたもの。
野菜がたっぷりと入ったスープや、幾つかの果物。
それらを美味しく食べながら、果汁が注がれているコップをかかげ、一行は休憩と食事を楽しむ。
その中で、ふいにノルンへと青い瞳を向けたウイトが、問いかけた。
「すっかり訊き忘れてた。
ノルンさんは、なんでこの大迷宮に来たんだ?」
一人の解読者の素朴な疑問に、ノルンはサラッと答えを返す。
「私は、知らないことを知るため、過去のなごりを探すために、解読者として生きてみることを決めてから、各地の神託迷宮を巡っているのです。
この大迷宮のことも、知り合った他の解読者の方に教えてもらって、訪れました」
神の子が語った言葉に、納得の表情が四つ浮かぶ。
「――と言っても、巡った神託迷宮は、まだこの大迷宮で三つ目なんですけどね」
「えっ! 少なっ!?」
「……フーヒオ君、不敬だ」
「あっ、えっと、ごめん!」
流れるように続いたノルンの言葉に、反射的に返したフーヒオを咎めるキト。
思わず反応に困って固まったウイトとアイルを置いて、謝罪を伝えたフーヒオにノルンは小さく微笑み、首を横に振った。
気を取り直して、続く小さな祝宴の中。
ノルンだけは、不思議な感覚を覚えて、胸の内で疑問を零す。
(……どうして、危機を感じるのだろう?)
徐々に高まっていく危機感が、何を意味するのか。
神の子にもまだ分からず、ひとまず食事を終えて片づけも済ませた、その時。
唐突に感じた神力の気配に、ハッと銀の瞳が床を見つめる。
刹那、五つの神託を読み解き、すでに何も刻まれていなかったはずの床へ――再び、神の文字が刻まれた。
「な!? また神託が現れるとは!!」
驚きに染まったキトの言葉を聴きながら、銀色の視線でなぞった二つの文を、ノルンは静かに読み上げる。
「[強き心を持つ者よ、願わくば、その力を貸しておくれ]
[ここに封じた混沌と戦い、この神託迷宮に平穏をもたらしたまえ]」
神託の内容を聴いた四人は、一様に表情を硬くした。
「混沌……つまり、混沌の影と戦うことになる、と言うことでしょうか?」
「どうやら、そのようです」
緊張をしながら、問いかけたキトの言葉に、ノルンは素直に肯定を返す。
喜ばしいとは言えないその肯定に、人間たちはそろって悩ましげなため息を零した。
「……やはり、神託を読み解くことが苦手なフーヒオ君が、先の神託を読み解くことを心から楽しんでいたために、このようなことに?」
「そーんなわけないでしょ!!」
あまりの展開に、真顔で告げたキトの憶測を、フーヒオの一喝が吹き飛ばす。
しかしそれでもなお――刻まれた神託への危機感は、誰もがひしひしと感じ取っていた。




