30話 最奥で眠る神物
「[夜よりもなお深きに、されど沈まぬ太陽へ。
導きの願いを祈りて、眠りをほどけ]」
少し高めの穏やかなノルンの声が、神託の文を静かに読み上げる。
「と、書かれていますが……」
「流石です。
しかし……確かに、そう聴いても何が何だか、ですな」
ノルンが読み上げた神託の内容を、しっかりと聴いてなお、首を横に振ってそう呟いたキトに、ウイトとフーヒオとアイルもうんうんとうなずきを返す。
あまりにも抽象的な表現を刻んだ神託を前に、一行は今回こそ全員がそろって途方に暮れる状況へとおちいった。
ほっそりとした右手を伸ばし、[太陽]と刻まれた神の文字を掌で撫でたノルンは、ぱちりと銀の瞳をまたたく間に、この状況を先へと進めることを決める。
美しい黒の長髪を揺らし、悩む四人を振り返ると、決めた方針を凛と告げた。
「とりあえず――思いついたことを全部、試していきましょう。
何事かが起これば、その時に対応する、ということで」
神の子の方針に、四人の人間たちは力強いうなずきで応えると、すぐさま神託へ向き直る。
「夜よりも暗いって言ったら、アレしかないよな」
「闇!」
「でしたら、沈まぬ太陽は……光?」
「君たち――私も! その考察に混ぜてくれたまえ!」
三人の解読者が、さっそく閃いて呟いた言葉に、神学者が薄緑の瞳を煌かせてやり取りに加わると、神の子もまた考えをぽつりと零す。
「光の紋様秘術を使うことは、私も合っていると思います」
「おお! では後半の、[導きの願いを祈る]と言う部分は――」
そうして語り合い、片っ端から思いつきを試すこと、数回。
「《光》」
かざした右手に、紋様秘術にて光球を輝かせ、ノルンは願う言の葉を紡いだ。
「導きの扉を開き、眠りに落ちた部屋を目覚めさせて」
少々曖昧な表現で、それでも確かに導きを願い祈るその言葉に――ようやく、神託が淡い白に輝く。
ゴゴゴ……と低く響く音を連れて、独りでに開いた扉の奥。
そこには、広々とした円形の部屋がひっそりと、眠りから覚めて、ここまで冒険を進めてきた者たちを歓迎していた。
一度視線を交し合い、ゆっくりと前へと進んで、暗がりに沈む部屋の中に踏み入った一行は、すぐに壁に埋まった小さな石が放った仄かな白光に、ほっと安堵の吐息を零す。
石の光のおかげで、薄暗くもそれなりに見える状態になった部屋を見回す四人のそばで、ノルンはひたと銀の瞳を床へと注ぎ、見つめる。
銀色の視線が見つめる先の床には、幾つかの神託が小さく刻まれていた。
「あっ、神託があります……!」
水の瞳で床を見たアイルが、そう声を上げると、他の者たちも次々と足下へ視線を向ける。
「おお、一、二……全部で五つか」
銀髪を片手で撫でつけながら、青い瞳を注いで神託の数を数えたウイトの横で、赤い髪を跳ねさせながら、フーヒオがぐるぐると肩を回す。
「よーっし! 読み解くぞー!
さっきのちょーむずかしい神託を解いたあとだから、今ならなんでも解けるきがする!!」
やる気に満ち溢れたフーヒオの様子に、右目にかけた片眼鏡を直しながら、キトが小さく口角を上げて笑む。
「神託を読み解くことが苦手なフーヒオ君が、読み解くことを心から楽しむとは……この後、困ったことが起こらなければ良いのだがね」
「ちょっとキトおじさん! それどーゆー意味!?」
とたんに重なった笑い声が、石造りの部屋と階段に響き、ノルンもまた、二人のやり取りの面白さに、珍しくも小さく笑い声を零す。
頬を膨らませていたフーヒオまで、つられて笑い声を上げ、全員でひとしきり束の間の愉快さを楽しんだのち。
「それでは、一つずつ読み解いていきましょう」
「「おー!!」」
「「はい!!」」
ノルンの一声を合図にして、今度は床に刻まれた、五つの神託の解読がはじまった。
一つの大きく綺麗な円状になるように刻まれた、五つの神託の内、ノルンの足下にあった神託を全員が見下ろして、語り合う。
「あ! 火の紋様がある!」
「ふむ……[火の力を持つ冒険者よ]、と刻まれているようだな」
見慣れた紋様を見て喜ぶフーヒオの横で、布袋の神物から取り出していた石盤を見ながら、キトが文の一部を読む。
その内容に、フーヒオが赤い瞳を煌かせた。
「それって、アタシのこと!?」
バッと勢いよく、自身へ注がれた視線に、ぱちりと銀の瞳をまたたいてから、ノルンはコクリとうなずく。
「たぶん、そうだと思います」
神の子の直感が肯定を告げているからと、そう返したノルンに、フーヒオは鮮やかな笑顔を咲かせた。
「うわー!! それでそれで!?
あとは、剣をなんとかって、書いてるよね!!」
「まあ、待ちたまえ。
……うむ、おそらくは、こう書かれている。
[火の力を持つ冒険者よ、火の剣を神託へ突き刺し、力を示せ]」
神託の内容を読み上げたキトが、隣に立つノルンへと薄緑の瞳を向けると、ノルンはまた肯定のうなずきを返す。
次いで、銀の瞳を他の残り四つの神託へ流したノルンは、そっと真実を告げた。
「これらの神託はすべて、私たちが得意とする力を、それぞれ対応する神託に示すことを求めています」
「流石は、最奥の神託。
まるで、私たちのことを知っているかのようだ」
敬意を宿したキトの呟きに、ノルンは胸の内で呟く。
(きっと、その通りなのだろう。
これまでの探索で私たちのことを知って。その上で、現れている。
この五つの神託……あるいは、さっきの扉の神託や、階段の通路を開いた壁の神託も。
――まるで、私たちを待っているかのような感じが、ずっとしていたから)
言葉なく、そうノルンが考え込む間に、フーヒオを除く三人も、それぞれが対応した神託を見つけ出し、そばへと立つ。
風の盾を打ち付けることを求める神託のそばには、ウイトが。
水の矢で貫くことを求める神託のそばには、アイルが。
そして、蔓を這わせることを求める神託のそばには、キトが。
必然的に残った一つの神託へと、歩み寄ったノルンは、銀の瞳を神託へ注ぐ。
[光の力を持つ冒険者よ、光で神託を照らし、力を示せ]
刻まれた文を読み終わり、銀色の視線が四人を見回す。
一拍の間をあけ――それぞれが発動した紋様秘術が、神託へ力を示したのち。
読み解かれた神託は輝き、各自へと煌く神物を授けた。




