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3話 サンティアスの星の子

 



 石の扉の先――外は、樹々がまばらに立つ、明るい森の中だった。


 鮮やかに土の地面を照らす、陽光の下へと歩み出た少年は、目の前で静かに佇む、美しく神々しい青年の姿をした存在を、銀の瞳に映す。



 まっすぐに伸びた艶やかな純白の長髪が、その頭部に飾られた、小さな透明の結晶が連なる頭飾りと共に、そよ風に揺れて陽の光に煌く。


 真白の長い布衣をまとうその身体は、スラリとした細身の長身で、白皙の肌は眩いほどに美しい。

 その耳や首元や手首には、不思議な夜色の石を雫型に整えて創られた、繊細な装飾品がかすかに揺れていた。


 無言のままその姿を見つめる少年と似た、性別を超越する美麗な顔立ちに、装飾品と同じ深き夜色の瞳がそろい、ひたと少年へ注がれている。


 一見では、兄弟と言われても納得してしまいそうなほど、少年と近しい容貌を持つ青年の姿をした存在。

 その存在が、ふいに持ち上げたしなやかな白皙の片手を、サッと振るった――刹那。


 ハッと振り返った少年は、先ほどまで中にいた石造りの遺跡のような建物が、サラサラと砂粒に姿を変え、またたく間に消滅していく様を見た。


 小さな粒となり、空中でそのひと欠片さえ消えていく光景を、ただただ驚き見つめる少年の後方で、美しい存在が口を開く。


「混沌が創り出したこの神託迷宮は、危険すぎます。

 また被害に遭う者が出てはいけないので、消したのですよ」


 穏やかな、少し高めのやわらかな声が、そう少年へと説明する。


 そろり、と青年へと向き直った少年に、表情のない美貌にそろう、澄んだ夜色の瞳が静かに注がれた。


「――私は、三域に在る星の神、アトア。

 神王国サンティアスの大神殿に姿を置く、唯一地上域に居る神です。

 人間たちには、【サンティアスの星】と言う呼び名のほうが、分かりやすいでしょう」


 よどみなく伝えられた自己紹介に、少年も口を開く。


「えっと……こんにちは。

 その、私の知り合いの方、でしょうか?」


 挨拶の後、少年は不思議そうに銀の瞳をまたたき、小首を傾げてそう問いかける。

 少年の問いに、青年――星の神アトアは、首を横に振った。


「いいえ。直接会うのは初めてです。

 ただ、私はあなたを知っています。

 それを伝えるために、あなたの前へ現れました」


 初対面だが、少年を知っている。

 束の間、少年はその言葉の意味を考え、聞き覚えのある穏やかな語り方に、はたと気づいた。


「あ――もしかして、さきほどまでお話ししてくださっていた、地上からの声さんですか?」

「そうです」


 閃きの確認に、今度は肯定の言葉とうなずきが返され、一瞬だけ嬉しげな煌きを銀の瞳に灯した少年が、アトアへと歩み寄る。


「わあ。色々とご説明を、ありがとうございました」

「どういたしまして。

 まだ重要な説明があるので、そこの岩に座りながら、語りましょうか」

「はい、よろしくお願いします」


 言の葉を交わし、輝いて見えるほど美しい白髪を流した背に導かれ、少年もまた美しい黒髪を揺らして、澄んだ小川のそばにある岩へと腰かけた。


 流れる綺麗な川を、少しだけのぞき込み、少年は今の自身の顔を、はじめてその銀の瞳に映す。


(……綺麗な顔。

 でもどことなく、アトア様に似ている、ような……?)


 多くの者たちの目にも、同じように映るだろう疑問を抱きながら、少年が顔を上げて隣に座るアトアを見ると、ふと瞼を伏せた星の神は、静かに語り出した。


「まずは、あなたの存在についてですが……。

 実は、ただの人間であった本来のあなたの存在性は――すでに、ほとんど消滅しています」


 ピシリ、と少年が動きを止める。

 当然ながら、それほどまでに衝撃的な真実だった。


 しかし、少年のその様子に気づきながらも、アトアは言葉を続ける。


「この世界【ノアティラトア】を創世したはじまりの神、創造と終焉を司る混沌の神ノアが、密かに創り出した神託迷宮こそ、あなたが先ほど居た場所。

 あの場に入ったあなたは、混沌の御手……人間たちが【混沌の影】と呼ぶ、命あるものを終わりへ導く干渉を、受けてしまったのです」


 アトアの説明に、少年は石造りの部屋での戦いを思い出し、そして気づいた。

 あの時戦った、恐ろしさを感じる闇色の何かが、混沌の影だったのだ、と。


「私が異変に気づいた時にはすでに、あなたは存在性を完全に消滅させる、一歩手前の状態でした。

 私は、残ったひと欠片の存在性(あなた)を繋ぎ留め、祝福をして――神に近しい存在でありながら、人間の性質を宿した存在として、今のあなたを再び目覚めさせたのです」


 再度伝えられた衝撃的な言葉に、今度こそ銀の瞳と夜の瞳が交わる。


 少年の鼓動をもう一度鳴らした神は、静かに、大切に、紡いだ。


「今のあなたの名は――ノルン。

 そう、私が名付けました」

「……のるん」


 ぽつり、と少年が告げられた名を復唱する。

 次いでぱちりと銀の瞳をまたたき、少しだけアトアへと身を乗り出した。


「つまり、今はあなたが、私の父さんなのですか?」


 心なしか煌いて見える銀の瞳と、思わぬ問いかけの言葉に、今度はアトアの夜の瞳がまたたく。

 次いで、刹那に察した。


 ――少年ノルンは、星の神アトアが予想していた以上に、したたかで楽観的な子だったようだ、と。


 新しい我が子となった神の子ノルンを見つめ、父神アトアはふわりと口元をほころばせる。


 白い花が咲く瞬間のように、清らかで美しい微笑みを浮かべたアトアは、そっと持ち上げた片手をノルンの頭に乗せ、優しく撫でる動作を繰り返しながら、穏やかに告げた。


「子供が増えました」

「お世話になります、父さん」


 頭を撫でられ、胸に満ちた安心感と喜びに、ノルンもまた小さく口角を上げながら、そう返す。


 無垢さがにじみ出る我が子の様子に、ふっとやわらかな笑みの吐息を零したアトアは、次いで頭を撫でていた手を下ろし、ノルンの名を呼ぶ。


「ノルン。

 あなたはこれから、新たな命として生きて行くことになります。

 記憶の無いあなたにとって、世界は新鮮さに満ちているでしょう」

「はい、もうすでにそうだと感じています、父さん」


 素直にうなずいたノルンを、アトアは深い夜の瞳で見つめ、問う。


「あなたは、どのように生きることを望みますか?」


 それは――神の子の軌跡(ティア・ル・ルーン)の一歩を刻むための、問いだった。




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